☆今回ほんの少しだけ具体的性描写があります。苦手な方・年齢に達していない方、ご注意いただきたく……
【享吾視点】
『好きだよ、キョウ』
そんな言葉を聞けるなんて……
『愛してるよ……哲成』
そんな言葉を言えるなんて……
夢のようだ。いや、夢なのかもしれない。
夢なら覚めないでくれ……と思いながら、哲成の頬に、耳朶に、首筋に、唇を落とし、シャツを捲りあげて、その白い素肌に……
と、思ったのに。
「ちょ、ちょっと待った!ちょっと待った!」
「…………なんだ」
今さらの慌てたような声に、一応手を止めてやる。
哲成は真っ赤な顔でこちらを見返してきた。
「お前、何するつもりだ!?」
「何って……」
何を今さら……
「何って何に決まってるだろ」
「だからその何って何?!」
「…………」
「…………」
これは……
「もしかして……知らない、のか?」
「知らないっていうか知ってるっていうか、いや、知らない?え?知らないって何?!」
哲成がアワアワと言葉の羅列をし続ける。
「だって普通に考えて凹凸の凸だけなんだからゴール見えないだろ!何したら何なんだ?っていうか、何って何?!ってずっと疑問だったんだけど、なんでお前そんな普通にこと進めようとしてんだよ?!ってか、『欲しい』って何!?」
「…………」
知らないのに煽ってたのかよ……と文句を言いそうになったけれど、知らないのはしょうがないか、とも思った。
オレも知ったのは、大学に入ってからだ。お客さんで、男性だけどオレのことを狙っている人がいる、とかで、その話の流れで、歌子から男性同士の性交渉の方法を聞いたのだ。そうでもなければ、今も知らなかっただろう。
聞いた時には、かなりの衝撃だった。納得してそれを妄想に取り込むまでに少し時間がかかったのも事実だ。そう考えると、おそらく、哲成に今説明しても、今すぐ「やってみよう」とは思ってもらえないだろうな……
というか、オレの中では勝手にこっちがタチだと決めつけてるけど、それを哲成が許してくれるのか……
だったら……
「じゃあ逆に聞くけど……お前、今、何したい?」
「え!?」
赤い顔がさらに赤くなった哲成。……可愛い。
「えーと……あのー……」
「うん」
チュッと音をたてて、首筋や鎖骨にキスをする。と、「わー考えがまとまらないからやめろっ」と言って、頭を羽交い絞めにしてきた。だから可愛すぎるって……
おとなしく羽交い締めにされたまま待っていると、哲成は小さな声で恥ずかしそうに、言った。
「あのな……去年の夏にさ、プールに行った時、シャワー室の前でオレが転んだの、お前が助けてくれたこと、あったじゃん?覚えてる?」
「ああ……」
あれはヤバかった。素肌の触れ合いが気持ち良すぎて、速攻で勃ってしまって、慌ててシャワーの冷たい水で落ちつかせたんだった……
「覚えてるけど、それが?」
「あれがいい」
「あれ?」
「うん」
羽交い締めの腕を解いた哲成の手が、オレのシャツのボタンを外していく。
「ピタッて、ギュウウッて、くっつきたい」
「哲成……」
やっぱり、煽ってる……
我慢できずに、その白い額に唇を寄せながら、オレも哲成のシャツに手をかける。
お互い上半身のシャツを脱がせあい、ピッタリと体をくっつける。温かい。鼓動が直接伝わってくる。愛しさが伝わってくる……
「……d<r-r’ 」
突然、呪文のように哲成が言った。
2つの円の位置関係の式だ。dは二つの円の中心間の距離で、rは半径を表している。rの差よりもdが小さいといことは、一つの円が一つの円にすっぽりと包まれている状態ということだ。
「それ、卒業式の時も言ってたな」
「うん。……こうしてくっついてると、いつもよりもさらに、丸く丸く包まれてる感じがする」
「……………」
「ピアノ聴いてる時もそう思うんだけど」
「……そうか」
このまま溶け合えたらいいのに。涙が出るほど愛しいぬくもり……
「d=r+r’ ……」
2つの円が雪だるまのようになる式。優しいキス。
「それから……」
驚かせないよう、ゆっくりと、ベルトに手をかける。と、哲成もオレのベルトを外し始めた。
「パンパンなんだけど」
苦笑しながら言った哲成の唇に、唇を合わせる。
「オレも」
「だな」
ズボンを引きおろす。ようやく全部脱げた。何も纏っていない状態で、寝そべったまま、足と足を絡ませる。自分も当然そうだけれども、哲成のものも、しっかりとした固さでオレの足に当たっていて……。妄想の中の哲成のものよりも、少し小さめ。手の平にちょうどよく収まりそうだ。こんなところまで可愛い。
「哲成……」
「え、あ、わっ」
そっと哲成のものを握ると、哲成が戸惑ったように腰を引こうとした。それをなだめるように、ゆっくりと扱き始める。
「わ……っ、か、かなり恥ずかしいんだけど……っ」
「そうか?」
「ん……んん」
うなずきながら、哲成も遠慮がちにオレのものに触れてきた。温かい、手。
(うわ……っ)
絶対にありえないと思っていた妄想が、現実化することに、くらくらしてしまう。
でも……
(『最初で最後』……)
哲成に言われた言葉を思い出してギクリとなる。
最初で最後……最後の交わり。
「哲成……」
「え……、うわ、それ……っ」
哲成のものと自分のものをくっつけて、一緒に持つ。合わさった部分から伝ってくる熱……粘膜同士の触れ合いに鼓動がますます速くなる。
「キョウ……っ、なんか熱い……っ」
「d=r-r’……ってとこか?」
想像以上の気持ち良さだ。本能的に腰を動かしたくなる。
「ああ、なるほど……円が内接してるって……んん」
ゆっくりと手を動かしはじめる。歯をくいしばって、声を出さないようにしている哲成が可愛すぎる。
「キョウ……ッ」
「ん……」
唇を重ねる。舌を絡ませる。唇と唇、猛りと猛り。混ざりあって、一つになる。
「キョウ……気持ちい……」
「うん」
「キョウ……好き」
「うん」
キスの合間に、哲成がうわごとのように言う。合わさった二つのものもクチャクチャといやらしい音をたてている。自分の手と哲成の手と重なっている熱と、すべてが一つになっているみたいだ。
「哲成……」
「ん」
「哲成……」
「うん」
「………愛してる」
「………ん」
愛してるよ。
哲成の蕩けるような瞳。愛しくて愛しくて溢れていく……
こうして、ずっとグチャグチャになるまでくっついて、達してもまた、すぐに再開して、「好き」「愛してる」と数えきれないほど言い合って、このまま溶け合うんじゃないかっていうくらいくっついて……
ふっと目が覚めた。いつの間に眠っていたらしい。窓の外が明るい。朝か……
「……哲成?」
隣にいたはずの哲成がいない……カバンもない。
「帰った……のか」
スッと心臓が冷える。これでもう会えなくなるのか……?
いや、違う。これからも会えるための、最後の夜……だったんだよな?
「………そう、だよな?」
そう思いながらも、心臓のドキドキという音が静かな部屋の中に響いてくる気がしてきた。苦しいくらいだ。……と。
起き上がってみて、テーブルの上の折りたたまれたレポート用紙に気が付いた。書き置き……?
(こんなの初めてだな……)
緊張しながら開いてみて……
「ああ……」
思わず笑いと、涙が、出てきてしまった。
マジックで書かれた数式。
「d=r-r’=0」
半径rの差が0ということは……2つの円は合同ということだ。
「哲成……」
そうだな。オレ達の円はぴったりと重なりあってるよな。これからもずっと……
紙を抱きしめて、深い深い思いに浸っていたところ、ふいに、ガチャガチャッと鍵の開く音がした。ガサガサとビニール袋の音と共にドアが開き……
「……哲成」
「おー起きたかー?」
哲成がいつもと変わらない笑顔を見せてきた。
「何も食うもんねえからパンとか買ってきたー」
「……ありがとう」
さっさと目の前に朝食が並べられていく。
「ほら、んな格好でウロウロすんな。さっさと着替えろ」
「ああ……うん」
「お前、あいかわらず朝飯食わねえのか? そんなんじゃ大きくなれねえぞ」
「……もう20なんだから、大きくならないだろ」
「オレはまだ十代だからな!まだ伸びるからな!」
ニカッと笑った哲成。いつもの、哲成……
「今日、バイト?」
「うん。お前は?」
「オレもー。ほら、こないだ言ってた、研究所のさ……」
いつもの、朝……
一緒にいられる幸せ……
これを得るために、オレ達は最後の夜を過ごしたんだ。
***
そして、半年の月日が流れ……
「今日はカクテル? 初めてじゃない?」
「ああ」
オレのアルバイト先のレストラン。
哲成のテーブルのオーダーのグラスをみた歌子が、目ざとく気がついて聞いてきたので、コクリと肯く。
「あいつ、今日誕生日」
「なるほど。ハタチね」
白いカクテルが運ばれて行くのを目で追う。差し出され、「わあ」と頬を緩ませた哲成の姿が目に入り、キュッと胸がつかまれたようになる。
「あれ、ムーングロー?」
「あたり」
そう。哲成の初めてのアルコールは「ムーングロー」…月光、と前から決めていた。
「なるほど」
再び「なるほど」と肯いた歌子。歌子は1言えば10わかってくれるので、話していて楽だ。
「時間」
「ああ」
歌子に促され、楽譜一式を持って、ピアノに向かう。
弾きはじめる前に、哲成と一瞬だけ目を合わせる。愛おしい気持ちを手の平に包み込んで、鍵盤に手を乗せる。そして弾きはじめる、哲成の大好きなドビュッシーの月の光……
哲成のうちのピアノで、高校の音楽室のピアノで、二人でくっついて座りながら奏でた音を思い出す。
『丸く丸く包み込まれてる感じがする』
愛しい声が頭の中で繰り返される。
あの日の温もりがよみがえってくる。
『d=r-r’=0』
オレ達はもう、あの日みたい触れることはないけれど……こうして気持ちは重なっている。
一生一緒にいるために選んだ、一つの丸い円。
<完>
------------
最終回までお付き合いくださり、本当にありがとうございました。
……って、え?!これで本当に終わりなの?!
でも、私が19歳の時(1994年6月)にノートに書いたお話を元にリメイクしながら書いているので、結末の変更はできず…。19歳の私、何があった?!
この数年後にも、読み切りで、亨吾と歌子と哲成と真奈の四人で、真奈のうちの別荘に行く話を書いてるんですけど、そこでも二人の関係は変わらず、でした。
それから20年以上経った今、この物語をあらためて「書こう!」と思ったのは、この結末がずっと引っかかっていたからなのでした。
だって、本編主人公の慶と浩介は、今やクラスメートにまでカミングアウトして幸せに暮らしているというのに、同じ学校出身の享吾と哲成がこのままなのは、ちょっと、ねえ……
あ、あと、19歳の乙女の私は、前回の「そして……」のあと、
(改行)
(改行)
翌朝、書き置き発見。
だったもので、改行の中身を書きたかった、っていうのもあったりして。超自己満足。
ということで。次回金曜日はお休みをいただきまして。
4月30日(火)平成最後の日!に、慶と浩介の短い現在話をあげて。
「続・2つの円の位置関係」の続きを、5月の連休明けくらいからスタートさせたいなあ(希望)。
ランキングクリックしてくださった方、読みに来てくださった方、本当にありがとうございます!おかげで最終回までこぎつけることができました。よろしければ今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。
にほんブログ村BLランキングランキングに参加しています。よろしければ上二つのバナーのクリックお願いいたします。してくださった方、ありがとうございました!「風のゆくえには」シリーズ目次 →
こちら「2つの円の位置関係」目次 →
こちら「続・2つの円の位置関係」目次 →
こちら