【哲成視点】
高校3年生のクリスマスイブ……
オレは一晩中、村上享吾の寝顔を見ながら考えていた。
(オレはこいつに何をしてやれるだろう……)
ひょんなことで話してもらえた真実。
享吾と享吾の母親が別れ別れになってしまった原因が、オレだったなんて……
布団の中で繋いだ手に力を入れると、条件反射のように享吾もギュッと握り返してくれた。その温もりに胸が痛くなる。
(中3の4月……オレがこうして享吾の手を掴んで、無理矢理手を挙げさせて、学級委員をやらせたのが、すべてのはじまりだったんだ……)
オレは、こいつに何をしてやればいいんだろう……
***
オレは一晩中、村上享吾の寝顔を見ながら考えていた。
(オレはこいつに何をしてやれるだろう……)
ひょんなことで話してもらえた真実。
享吾と享吾の母親が別れ別れになってしまった原因が、オレだったなんて……
布団の中で繋いだ手に力を入れると、条件反射のように享吾もギュッと握り返してくれた。その温もりに胸が痛くなる。
(中3の4月……オレがこうして享吾の手を掴んで、無理矢理手を挙げさせて、学級委員をやらせたのが、すべてのはじまりだったんだ……)
オレは、こいつに何をしてやればいいんだろう……
***
高校3年生の5月に、突然、父が再婚した。
小5の時に母が亡くなって以来、父は母の月命日にも欠かさずお墓参りにいっていたし、よくアルバムを見返していたし、母のピアノを処分もせずに毎年調律も頼んでいたし、亡くなった母に対する依存度は高かったので、再婚はないと思っていたから、本当に驚いた。
でも、連れてきた再婚相手が臨月のお腹をしていたので、何となく……納得してしまった。
(本当に、父ちゃんの子供なのかな?)
という疑問は大いにあるけれど、父もまだまだ現役の男で「そういうことをした」という事実があって、その責任を取る、ということなら、やむを得ない、と思ったのだ。だから、
「オレ、妹欲しかったから、すっげー嬉しい!」
大袈裟にはしゃいで、新しい家族を歓迎した。
それで、父とオレとお手伝いの田所さんとで送っていた穏やかな日々は終了して、嵐がやってきた。
***
理由は全然分からないのだけれども……
10月頃から、突然、新しい母に避けられるようになった。それまではわりと上手くやっていたし、生まれてきた妹の世話もオレなりに頑張っていたんだけど……
「理由、ホントに全然分かんないんだよ……」
音楽室のピアノを弾いてもらいながら、村上亨吾に打ち明けると、亨吾は「そうか」と小さくうなずいた。余計なことを言わないでくれるのが有り難い。前からそうだ。オレの一人言みたいな話を亨吾はいつも文句も言わず聞いてくれる。
母の写真を全部撤去されたときも、ピアノを勝手に処分されたときも、延々と話を聞いて、慰めてくれた。亨吾は母と同じ音色でピアノを弾いてくれる。
「家いるのつまんないし、勉強がんばっちゃおうかな~」
「……自習室、付き合う」
「うんうん。よろしく」
享吾と一緒に通っている予備校には、結構広めの自習室があるのだ。家には居場所がないので、とても助かる。
第一志望の大学は今のオレには偏差値が足りない。ここで頑張ろうと思う。そうしたら、義母にも少しは認めてもらえるだろうか。父と天国の母も喜んでくれるだろうか。
そんな理由で利用が頻繁になった自習室。居心地は結構良い。一人で勉強していても、まわりも頑張っているから自分も頑張ろうと思えるし、分からない問題は先生に聞きにいくこともできる。ただ、面倒くさいのは……
「今日は享吾君はいないの?」
と、女子に聞かれることだ。オレは享吾のマネージャーじゃねえっつーの。
村上享吾のモテっぷりは日に日に増している。奴自身は女子に冷たいから、余計にオレを仲介させようとする女子が増えていて、迷惑極まりない。
「享吾君って彼女いるの?」
「……自習室、付き合う」
「うんうん。よろしく」
享吾と一緒に通っている予備校には、結構広めの自習室があるのだ。家には居場所がないので、とても助かる。
第一志望の大学は今のオレには偏差値が足りない。ここで頑張ろうと思う。そうしたら、義母にも少しは認めてもらえるだろうか。父と天国の母も喜んでくれるだろうか。
そんな理由で利用が頻繁になった自習室。居心地は結構良い。一人で勉強していても、まわりも頑張っているから自分も頑張ろうと思えるし、分からない問題は先生に聞きにいくこともできる。ただ、面倒くさいのは……
「今日は享吾君はいないの?」
と、女子に聞かれることだ。オレは享吾のマネージャーじゃねえっつーの。
村上享吾のモテっぷりは日に日に増している。奴自身は女子に冷たいから、余計にオレを仲介させようとする女子が増えていて、迷惑極まりない。
「享吾君って彼女いるの?」
「いない」
「好きな人は?」
「知らねーよ。本人に聞けよ」
なんてやり取りをしょっちゅうしている。なんだか、女子の間でも「オレ」という存在が蔑ろにされてる感じがして、気分が悪い。
そんなことが何回もあった、ある日曜日……
「隣、いい?」
高めの声に振りあおぐと、見覚えのある女子が立っていた。オレよりも背の低い、可愛い感じの子。1回、話したこともある気がする。
(……またか)
辟易してしまう。亨吾が来ることを狙って、オレの近くに座ろうとする女子の何て多いことか。思わず吐き捨てるように、
「亨吾なら夕方にならないと来ないけど?」
そう言うと、その女子はキョトンとして言った。
「きょうご?きょうごって……あ、村上亨吾君? 別に用事ないよ?」
「え、あ」
しまった、と思った。確かにみんながみんな、亨吾狙いなわけじゃないよな……
あわててはみ出していた参考書を自分の方に寄せた。
「ごめんごめん空いてる空いてる。それにオレも今から昼食べにいくから、1回どくし」
「え、そうなんだ」
その子は、可愛らしく口許に手を当てると、にっこりとして言った。
「じゃ、一緒に食べよ?」
「え」
「真奈、おにぎり作ってきたけど、パン食べたくなっちゃったから売店で買おうと思ってて。だから、テツ君、おにぎり食べて?」
「え…………」
テツ君って……オレの名前知ってるんだ?
そう言うと、その子はにっこりとした。
「もちろん知ってるよー村上哲成君。真奈ね、ずっと前からテツ君とお話ししたかったんだー」
「え?」
お話ししたかった?
首を傾げたオレに、その子は更にニコニコとして、言った。
「だって、テツ君、真奈の好きなタイプの男の子にピッタリなんだもん!」
「え………」
好きな、タイプ?
「え……?」
好きな、タイプ? 好きな……
「え、えええええ!?」
思わず叫んで飛びのいてしまい、周りから「シー!」って注意されてしまった……
***
森元真奈は、明るくて可愛らしくて、一緒にいると、何だか元気になれる子だ。
オレのことが「好きなタイプ」だと言ったけれど、「好き」と告白されたわけではないから、普通に、友達の一人として接していた。
亨吾がいないときは、森元と一緒にいることが多い。そのせいか、亨吾は森元のことを良く思っていない。
「哲成!あっちに席取ったから!」
自習室で、森元と並んで勉強していると、亨吾は有無を言わさず、オレの勉強道具を勝手にまとめて、席を移ってしまう。
(「好きなタイプ」だって言われたなんて……)
絶対に言えないなあ……
なんて思いながら、内心ちょっと気分が良かった。
(女にモテモテの亨吾が、こんなにヤキモチ焼くくらい好きなのはオレで。そのオレを「好きなタイプ」だって言ってくれる女子もいて)
ここは、居心地がいい。
家では相変わらず、新しい母はオレとは必要事項以外話してくれない。でも、夜ご飯は作ってくれるし、洗濯もしてくれるんだから、贅沢は言っちゃいけない、と思うようにはしてる、けど……
「クリスマスはうちの両親を呼ぶから。テツ君は高校生だし、お友達とパーティーとかするんでしょ?」
だから、帰ってこないわよね?
そう、威圧的な目で義母に言われて、「うん」とうなずくしかなかった。今までも、休日にオレだけ留守番で父達だけ出かけたことは何度もあったけれど、「帰ってくるな」と言われたのは初めてで……さすがに心が折れた。
(いつもクリスマスは亨吾が泊まりに来てたんだけど……)
それが出来ない、ということは分かっていたので、「どうしようか」と亨吾とも少し話してはいたのだけれども……
(帰ってくるな、か……)
もうあそこはオレのうちじゃないのかな……
そんなことを鬱々と考えながら予備校に行ったところ、
「テツ君!テツ君、テツ君!」
森元真奈がいつものように、ニコニコ笑顔で駆け寄ってきてくれた。そして、
「クリスマスイブ、うちでパーティーするの!」
と、招待状と書かれたサンタとトナカイの切り絵の貼ってあるカードを差し出してきた。
「絶対来てね!美味しいものたくさん出すから!」
「え……」
「絶対絶対来てね!」
「…………」
森元の屈託のない笑顔が眩しくて、グッと喉が痛くなったけど、なんとか涙はこらえた。
(森元……)
絶対来てね、と言ってくれる存在が、有り難い。
そして………
「あ!キョウ!待ってたぞ!」
いつもオレを丸く包んでくれる亨吾が、そばにいてくれることが、嬉しい。
***
森元の家でのパーティーは、それなりに盛り上がったまま終わった。期待通り、料理もケーキもすごく美味しかった。
けど……
「どうかしたのか?大人しいけど」
一緒に行った亨吾にそう聞かれてしまうほど、帰り道は無口になってしまった。でも、理由は亨吾にある。
せっかく一緒に行ったというのに、亨吾はずっと森元の友人達に囲まれていて、オレとはほとんど話もできなかったのだ。そんな中で、みんながコソコソと話している内容も聞こえてきて、余計に腹が立ったし、悲しくもなった。
『亨吾君は、見た目もモデルみたいにかっこよくて、バスケ部のエースで、志望校は東大で。テツ君、一緒にいても引き立て役になるだけなのに嫌にならないのかな』
そういうのを余計なお世話というんだ。
でも……言ってることは当たってる。オレは引き立て役だ。
(森元も……)
オレが『好きなタイプ』だといった森元。でもそれは、大好きな父親に似てるからなのだと気がついてしまった。
どうせオレは、誰にも認められない。親にさえも。
みんなに囲まれている亨吾を見ていて、痛いほど思った。
オレは、亨吾と釣り合わない………
「オレ……お前と釣り合わないよな」
ほとんど八つ当たりで享吾に問いかけたところ、享吾は「それは違う」と、珍しく慌てたように言葉を並べたてた。
「何もかも、お前のおかげなんだよ」
そして……話してくれた真実。
中学の時は、お母さんの意向で本気を出せなかったこと。それをオレが強引に本気を出せさるようにしたこと。勉強も、部活も、合唱大会も、オレの『おかげ』で本気で挑めたこと。高校生活もオレの『おかげ』で毎日楽しいこと。
「オレは、お前がいなかったら、何もできない……っ」
「キョウ………」
泣きそうな様子に愛しさが募って、そっと頭を撫でてやると、享吾は静かに目を閉じた。
(オレはこいつに何をしてやれるだろう……)
それからずっと考えている。
オレの『おかげ』で本気を出せた、と享吾は言った。でも、それは、オレの『せい』で本気を出したために、お母さんが苦しんで病気になってしまった、ともいえるのだ。
(オレは……どうすればいいんだろう)
答えの出せない問題を、オレはずっとずっと考えている。
ほとんど八つ当たりで享吾に問いかけたところ、享吾は「それは違う」と、珍しく慌てたように言葉を並べたてた。
「何もかも、お前のおかげなんだよ」
そして……話してくれた真実。
中学の時は、お母さんの意向で本気を出せなかったこと。それをオレが強引に本気を出せさるようにしたこと。勉強も、部活も、合唱大会も、オレの『おかげ』で本気で挑めたこと。高校生活もオレの『おかげ』で毎日楽しいこと。
「オレは、お前がいなかったら、何もできない……っ」
「キョウ………」
泣きそうな様子に愛しさが募って、そっと頭を撫でてやると、享吾は静かに目を閉じた。
(オレはこいつに何をしてやれるだろう……)
それからずっと考えている。
オレの『おかげ』で本気を出せた、と享吾は言った。でも、それは、オレの『せい』で本気を出したために、お母さんが苦しんで病気になってしまった、ともいえるのだ。
(オレは……どうすればいいんだろう)
答えの出せない問題を、オレはずっとずっと考えている。
------------
お読みくださりありがとうございました!
今回のお話は「続・2つの円の位置関係」の3(享吾視点)と「続・2つの円の位置関係」の4(享吾視点)の哲成視点でした。
次回も哲成視点で……
ランキングクリックしてくださった方、読みに来てくださった方、本当にありがとうございます!
お読みくださりありがとうございました!
今回のお話は「続・2つの円の位置関係」の3(享吾視点)と「続・2つの円の位置関係」の4(享吾視点)の哲成視点でした。
次回も哲成視点で……
ランキングクリックしてくださった方、読みに来てくださった方、本当にありがとうございます!