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BL小説・風のゆくえには~続・2つの円の位置関係10

2019年04月12日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 続・2つの円の位置関係

【哲成視点】

 享吾は高校まではオレのためだけにピアノを弾いていたけれど、今はアルバイトでレストランのお客さんのためにも弾いている。でも、オレが店に聴きに来た時は、オレのために弾いている、らしい。

「音が全然違うのよ。お客さんでも耳が良い人は気がついてるわ」

 以前、歌子さんが教えてくれた。

「哲成君が来てる時の享吾君のピアノは、とても、切なくて、優しい音がする」
「優しい音……」

 確かに、オレに聴かせてくれるピアノの音はいつも優しい。優しさで丸く包んでくれる。オレはその優しさにずっと甘え続けてきた。


 享吾の店にはいつも夜の10時少し前に行く。それで、10時からの享吾のピアノの演奏が始まるまで、運ばれてきた飲み物を味わいながら、その品名を当てることを楽しみにしている。
 初めて店に来たときに「メニュー表の上から順番に注文する」と宣言して以来、毎回、上から順に頼んでいたけれど、夏休みに入ってからは、亨吾が席の予約と一緒に注文もしてくれるようになったため、オレ自身は何を飲んでいるのか分かっていないのだ。

(これ、紅茶だけどお茶みたいな味だな……)

 うーん……と唸っていたら、享吾がピアノの前に現れた。いつもながら、カッコイイ……

 チラリ、と、オレに目線をやってから弾き出したのは、ドビュッシーの『月の光』。オレの大好きな曲の一つ。亡くなった母がよく弾いていた曲だ。

「素敵ねえ……」
「今日は一段と色っぽい」

 近くの席のOL風のお姉さんたちが溜息まじりに言っているのを、内心誇らしく思いながら、享吾の音の温もりに包まれる。オレのために弾いてくれているピアノ。享吾はオレのことが『好き』……


***

 公営プールでうっかり素肌を触れ合わせてしまったのは、数日前のことだった。
 享吾はその後も今までと全く変わらなかったけど、オレは内心、妙に意識してしまって、いつものように泊まりにいって、一緒のベッドで寝た際にも、どうにもこうにも寝付けなかった。

(キョウの『好き』が『そういう意味』の好きだとしたら……)

 なんで何もしてこないんだろう?と単純に疑問に思う。
 今までも、抱きしめられながら眠ったり、手を繋ぎながら眠ったりしたことは何度もあるけれど、それ以上のことは何もなかった。まあ……『何も』の『何』が何なのかはよくわからないけれど……でも、こうして何もせずに同じベッドに寝てるってことは、やっぱり『そういう意味』ではないんだろうか……

(うーん……)
 ちょっと、近づいてみようかな……

 なんて、実験的な気持ちで、寝返りをうつフリをしながら、後ろから抱きつくみたいに、腕を享吾の腰に回してみた。……ら、

(え?)
 優しく腕を掴まれ、腰から引き離されてしまった。そして、享吾自身は静かにトイレにいってしまい……

(起きてたのかな? 起こしちゃったのかな?)

 だったらこっちも起きてるっていえば良かったなあ……

 うーん……と思いながら、広くなったベッドの上でゴロゴロしていたけれど、享吾が戻ってくる気配がないので、心配になってきた。

(ずいぶん長いな……腹でも痛いのかな?)

 それで、ベッドから下りて、トイレの方に行ってみる……と。

(なんだ。違うか。良かった)

 トイレのドアの小さな窓に、人影が写っている。ということは、便座には座ってないということだ。じゃあ、腹が痛くてこもってるわけじゃないんだな。

 そう思ってから、ハタと気が付く。

(じゃ、何してんだ?)

 トイレに入って、便座には座らず、立ったまま? もう5分近くは経ってると思うんだけど………

 ………。

 ………。

 って。

(……って!)

 わずかに聞こえる衣擦れの音……息遣いはまったく聞こえないけど、でも、でも、これって……これって……

(うわ……っ)

 恥ずかしいのと居たたまれないので、あわてて、でも静かに、ベッドに戻る。タオルケットにくるまって、享吾の寝るスペースの方に背を向ける。

(うわ……うわ、もしかしなくても、オレが腕を回したせいで……?)

 うわ……やっぱりオレのこと『好き』なんじゃん!

 ドキドキドキ……と心臓が口から飛び出しそうになってる。今さら、だ。本当に今さらだけど、実感を持って気が付いた。享吾の『好き』は本当の『好き』……

(……って!)

 物音がしたので、思考をやめて寝ているフリに徹する。
 とてもじゃないけど、起きてるなんて、享吾のしていたことに気が付いた、なんて、言えるわけがない!

 ベッドが人一人分の重さで少し沈んだ。享吾の気配を隣に感じる……。と、

(!)
 ビクッとなりそうになったのをどうにか耐えた。享吾の唇が、オレの後頭部に触れたのだ。それからゆっくり、ゆっくりと、頭を撫でられる……なんて温かい……

(ああ……)

 オレは愛されている……

 泣きたくなるほど信じられるぬくもり……

 その優しさに包まれていたら、いつの間にか眠りについていた。


***


 享吾のピアノを聴いていると、頭を撫でられたり、優しく抱きしめられているような錯覚に陥る。

 店の中にも関わらず、うっとりと、昨晩のぬくもりを思い出しながら、夢心地でその音色に包まれていたのだけれども……

(あれ?)

 残り5分のところで、歌子さんがピアノの横にやってきた。今日は享吾の当番の日なのに……と思ったら、享吾が左にずれて座り直し、歌子さんがその隣に座った。背もたれのない椅子なので二人並んで座れないこともないけれど、かなりの接近だ……、と思ったら、

「え……」

 突然始まった、連弾。『星に願いを』のジャズバージョン。かなり難易度の高そうな音の動き。二人の腕が交差したりしながらの演奏。当然ながら音の重なりが倍なので迫力もある。

「享吾君、かっこいい!」
「わ~歌子ちゃんとの連弾!初めてみた」

 常連のお客さんから、感嘆の声が聞こえてくる。
 難しそうな曲なのに、享吾は淡々と、歌子さんは飄々と、弾きこなしてて……すごい。すごい……けど……

(…………あ)
 グッと心臓のあたりが何かにつきさされたように痛くなった。

(キョウ……笑った)
 タイミングを取るためなのか、今、享吾が歌子さんの方を見て……歌子さんも享吾の方をみて……ちょっと笑ったのだ。近くにいたOLさんもそれをみて「きゃあ♥」と小さな悲鳴を上げた。いつも淡々としている享吾の笑顔……

(…………キョウっ)

 頭にカアッと血がのぼった。

(なんで……っ)

 目の前が真っ赤だ。心臓が痛い。押さえながら、なんとか息をする。

(お前が笑いかける相手はオレだけだったのに)

 何、女に笑いかけてんだよ。お前が『好き』なのはオレなのに。

(お前のピアノはオレだけのものだったのに)

 こんな風にみんなに聴かせるのはやっぱり嫌だ。

 苦しい……苦しい。

 美しい音の重なりが体中に突き刺さる。

(もうやめて。やめてくれ……っ)

 うずくまりそうになりながらも、理性をかき集めてなんとか身を起こしていたところ、ようやく演奏が終わった。お客さんから盛大な拍手が送られる……

(キョウ……)

 並んでおじぎをしている享吾と歌子さんの姿を見ていられなくて、冷め始めている紅茶を無理矢理喉に流し込んだ。……だから、これはお茶なのか?紅茶なのか?

「素敵な演奏ありがとう」
「いえ、とても弾きごたえのある編曲で……」

 二人は、歌子さんの知り合いと思われる人達の席で挨拶をしている。たぶん、歌子さんの音大の友人が、今の連弾の編曲をした人で、そのお披露目ということだったのかな……

「……哲成?」
「ああ……」

 いつの間に、挨拶の終わったらしい享吾がオレのところに来てくれていた。OLさん達がキラキラした目でこちらを見てる……

 ぼんやりとしたまま、どうでもいいことを享吾に問いかけた。

「これ、紅茶?」
「ああ。ええと何ていったか……」
「お茶っぽい」
「そうか?」
「うん。飲んでみて」

 差し出した飲みかけのカップを躊躇なく飲む享吾。コクリと飲んでから、「ホントだ」と肯いた。

「確かにお茶っぽい」
「これ、ティーカップに入ってるから紅茶かなって思うけど、湯飲みで出てきたら、確実にお茶って思うよな」
「だな」

 クククと笑った享吾に、OLさん達が「きゃあ♥」とまた悲鳴をあげた。

(ほら……この笑顔)

 胸が痛くなる。この笑顔を向けられるのはオレだけなのに……

「キョウ……」
「なんだ?」

 ふわりと優しい笑顔を浮かべた享吾に、今、言いたい言葉は……

『好き』

 お前のことが、好きだ。

 だけど……口に出して言うことはできなかった。




------------

お読みくださりありがとうございました!
今回のお話は 「続・2つの円の位置関係」の5(享吾視点)の途中まで、の哲成視点でした。
次回も哲成視点で……

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BL小説・風のゆくえには~続・2つの円の位置関係9

2019年04月09日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 続・2つの円の位置関係

【哲成視点】

 大学生になって、亨吾は独り暮らしをはじめた。
 ご両親がお母さんの実家に同居することになったので、亨吾とお兄さんはそれぞれ大学の近くにアパートを借りることになったそうだ。

「母の病状も良い方に向かってるらしくて……」

 めったに家のことを話さない亨吾が、安心したように言っていたのが印象的だった。だから、オレも決心した。

 亨吾のためにオレが出来ること。
 それは「一緒にいること」だ。
 
 母親との別離のきっかけを作ったのが、オレだというならば、オレはその責任を取って、何があっても一緒にいて、亨吾を支えよう。

 そしていつか、亨吾とお母さんが、笑って話せるようになったらいいな、と思う。母を亡くしているオレには、もう出来ないことだから、余計に、そう思う。



 亨吾は、レストランでアルバイトも始めた。
 ウェイター兼ピアニストだ。ピアニストの方が時給は高いらしい。

 亨吾のピアノを独り占めできないのは、少し寂しいけれど、亨吾のピアノをみんなに聴かせられる、というのは、誇らしくて嬉しい。

 時々聴きに行くと、亨吾は必ずオレのお気に入りの曲をいくつかプログラムに入れてくれる。特に大好きなドビュッシーの『月の光』は必ず弾いてくれるんだけど、これがまた絶品で、弾いているうちに、レストランの中が静まり返ってしまって、曲が終わった後には、ため息と拍手が起こることもある。でも、これについては賛否両論、らしい。みんなピアノを聴きにきてるわけじゃなくて、食事やお喋りを楽しみに来てるのだから、あんな風に注目を集める演奏をしてはいけない、と。でも、ピアノが素晴らしいからまた来る、と言ってくれるお客さんもたくさんいるし、なかなか難しい。……と、もう一人のピアニストの歌子さんが言っていた。

 歌子さんは、オレ達より一つ年上の音大生。この店の店長さんの娘さんらしい。亨吾のことを「渋谷の楽器屋でスカウトした」そうだ。

「見た目も良いし、ピアノの腕も確かだし、これ以上ない人材ね」

 歌子さんは満足そうに言っていた。なんというか……透明感のある、掴み所のない、不思議な感じの人だ。彼女のピアノはまだ一度も聴いたことがないので、そのうち聴きに来ようと思う。


 亨吾はサークルにも入らず、アルバイトとピアノの練習に勤しんでいる。

 オレの方はというと、高校時代の数学部の先輩が同じ大学のため、強引に先輩のいる数学研究会というサークルに入らさせられた。

 アルバイトもその先輩のゼミの教授の紹介のなんとかかんとかでいいようにこき使われている。おかげでとても忙しい。

 おかげで、家に居場所がないことを、あまり気にしないでいられる……


 義母は相変わらず、オレに対する当たりがキツい。父の手前か、夜ご飯は作ってくれるし、洗濯はしてくれるけど、オレの存在を無視したい、という感じがヒシヒシと伝わってくる。

(何でかなあ……)

 どんな努力も虚しいだけ。もう諦めよう、とも思うけれど、諦めきれない自分がいる。だから時々心が折れる。

 でも、大丈夫。オレには居場所がある。亨吾のそばと、大学と、サークルと、バイトと……。だから、大丈夫、だと思う。



 そんな感じに一学期は終わり、大学生になって初めての夏休み。

 周りはチラホラ恋人ができたりしてるけれど、オレと享吾は相変わらずで。男二人で海に行ったり花火大会に行ったりしている。

 享吾とは何というか……友達以上恋人未満、みたいな感じだ。友達以上にくっついたりはするけれど、それ以上のことはしない。(あ、キスは時々するけど、軽い、ふざけたようなキスだけだ)

 好きだと言われたのも、中3の卒業式の日が最後。それ以来一度もない。
 行動言動の端々から、まだ、享吾はオレのことが好きなんだろう、とは思う。でも、確証はない。オレに気持を聞いてくることもないし、オレとどうこうなりたいわけじゃないんだろう……

(って、男同士で『どうこう』ってなんだ?って感じもするしな……)

 だから、深いことは考えず、高校時代と同じように、仲良く過ごしていた。このままでいいと思っていた。

 それなのに。

 それなのに。それなのに。

 オレは今さら、気が付いてしまったのだ。

 村上享吾のことが『好き』だという事実に。



***


 きっかけは、なんてことはない。ちょっとしたアクシデントだった。

 夏休みの終わり頃、享吾と一緒に初めて公営のプールに遊びに行ったときのことだ。
 そのプールは眼鏡着用禁止のため、眼鏡をロッカーに置いていくことにしたのだけれども、オレは裸眼が0.03で乱視も入っているので、ほとんど何も見えない。おかげで予想通り、シャワーコーナー前の何もない段差を踏み外して……

「哲成っ!」
「!」

 後ろによろけたのを、享吾に抱きとめられた。
 抱きとめられた、は、いいんだけど……

(………うわっ)

 いつもと違う、布越しでない身体の密着に、血のめぐりがぶわっと早くなった。

(うわ……うわ、なんだこれ)

 息が止まる。心臓の音が大きく聞こえてくる。

(素肌同士って、こんなに気持ちいいんだ……)

 享吾の固い筋肉にオレの背中が全部吸い付いてぴったり合わさって……

「大丈夫か?」
「……っ」

 耳元で言われて顔がカアッとなったのが分かった。なんかいつもより色っぽい声……

 って、何思ってんだオレ!

「だ……大丈夫」

 何とか冷静さを取り戻して、コクンとうなずいた。けれど……

「……?」

 亨吾の腕が緩まらない。緩まらないどころか、ぎゅうって……ぎゅうって……

(……って!)

 うわ………うわ、これ………っ

 尾てい骨のあたりに当たってるもの、硬化が始まってるような…………っ

「キョ……ッ」
「ほら、シャワー。いくぞ?」

 でも、オレが振り返るよりも早く、亨吾はあっさりとオレから離れて、上から注がれるシャワーの下に入っていってしまった。

「…………キョウ」

 前にもこんなことがあった。
 あれは中3のクリスマスの朝。寝ぼけた亨吾がオレに抱きついてきて、それで……

「…………っ」

 ヤバイ。その時と同じ現象がおきる!

 慌てて、オレもシャワーの中に飛び込む。
 と、あまりもの冷たさに、うわ!と叫んでしまった。

「つめてー!」

 マジで冷たい!

「つめてーつめてーつめてー!」

 冷静さを取り戻すため、ということもあって、大声で「つめてー」を連発していたら、こちらを見た亨吾が、ふっと笑った。

「なんだよっ」

 条件反射的に聞くと、

「…………別に」

 亨吾は、口ではそう言いながらも、いつものあの『愛しくてたまらない』って目でオレを見た。その目……っ

(うわ…………っ)

 なんだよっなんだよ……っ

(その目、もしかしなくても、やっぱり、オレのこと好きってことじゃんっ。しかも、ただの好きじゃなくて……っ)

 その水の滴る裸体を見ているうちに、さっきの尾てい骨の感触がまざまざとよみがえってきて、一つの結論を導き出した。

(あれ、オレで勃ったってこと……っ)

 うわ……っ直視できないっ。眼鏡かけてなくて良かった!

「哲成。もう、いいだろ。行こう?」
「う、うん。うんうんうん」
「そこ、また段差ある」
「お。おお……」

 腕を取られ、並んで歩きだす。掴まれている腕が熱い……

「……キョウ」
「なんだ?」
「……………」

 さっきのことなんてなかったみたいに、シレッとしてる享吾。

(お前って……)

 お前って、オレのこと「そういう対象」として『好き』なのか? 

 ……なんて、聞けるわけがない。


 この日を境に、オレの中の享吾に対する認識が微妙に変わってきて……そして、数日後、享吾のことが『好き』だとハッキリ気付くことになる。


------------

お読みくださりありがとうございました!
今回のお話は「続・2つの円の位置関係」の5(享吾視点)の途中まで、の哲成視点でした。
次回も哲成視点で……「ハッキリ気付くことになる」の話をお送りします。

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BL小説・風のゆくえには~続・2つの円の位置関係8

2019年04月05日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 続・2つの円の位置関係

【哲成視点】

 高校3年生のクリスマスイブ……
 オレは一晩中、村上享吾の寝顔を見ながら考えていた。

(オレはこいつに何をしてやれるだろう……)

 ひょんなことで話してもらえた真実。
 享吾と享吾の母親が別れ別れになってしまった原因が、オレだったなんて……

 布団の中で繋いだ手に力を入れると、条件反射のように享吾もギュッと握り返してくれた。その温もりに胸が痛くなる。

(中3の4月……オレがこうして享吾の手を掴んで、無理矢理手を挙げさせて、学級委員をやらせたのが、すべてのはじまりだったんだ……)

 オレは、こいつに何をしてやればいいんだろう……


***


 高校3年生の5月に、突然、父が再婚した。

 小5の時に母が亡くなって以来、父は母の月命日にも欠かさずお墓参りにいっていたし、よくアルバムを見返していたし、母のピアノを処分もせずに毎年調律も頼んでいたし、亡くなった母に対する依存度は高かったので、再婚はないと思っていたから、本当に驚いた。

 でも、連れてきた再婚相手が臨月のお腹をしていたので、何となく……納得してしまった。

(本当に、父ちゃんの子供なのかな?)

という疑問は大いにあるけれど、父もまだまだ現役の男で「そういうことをした」という事実があって、その責任を取る、ということなら、やむを得ない、と思ったのだ。だから、

「オレ、妹欲しかったから、すっげー嬉しい!」

 大袈裟にはしゃいで、新しい家族を歓迎した。

 それで、父とオレとお手伝いの田所さんとで送っていた穏やかな日々は終了して、嵐がやってきた。


***


 理由は全然分からないのだけれども……
 10月頃から、突然、新しい母に避けられるようになった。それまではわりと上手くやっていたし、生まれてきた妹の世話もオレなりに頑張っていたんだけど……

「理由、ホントに全然分かんないんだよ……」

 音楽室のピアノを弾いてもらいながら、村上亨吾に打ち明けると、亨吾は「そうか」と小さくうなずいた。余計なことを言わないでくれるのが有り難い。前からそうだ。オレの一人言みたいな話を亨吾はいつも文句も言わず聞いてくれる。

 母の写真を全部撤去されたときも、ピアノを勝手に処分されたときも、延々と話を聞いて、慰めてくれた。亨吾は母と同じ音色でピアノを弾いてくれる。

「家いるのつまんないし、勉強がんばっちゃおうかな~」
「……自習室、付き合う」
「うんうん。よろしく」

 享吾と一緒に通っている予備校には、結構広めの自習室があるのだ。家には居場所がないので、とても助かる。

 第一志望の大学は今のオレには偏差値が足りない。ここで頑張ろうと思う。そうしたら、義母にも少しは認めてもらえるだろうか。父と天国の母も喜んでくれるだろうか。


 そんな理由で利用が頻繁になった自習室。居心地は結構良い。一人で勉強していても、まわりも頑張っているから自分も頑張ろうと思えるし、分からない問題は先生に聞きにいくこともできる。ただ、面倒くさいのは……

「今日は享吾君はいないの?」

と、女子に聞かれることだ。オレは享吾のマネージャーじゃねえっつーの。

 村上享吾のモテっぷりは日に日に増している。奴自身は女子に冷たいから、余計にオレを仲介させようとする女子が増えていて、迷惑極まりない。

「享吾君って彼女いるの?」
「いない」
「好きな人は?」
「知らねーよ。本人に聞けよ」

 なんてやり取りをしょっちゅうしている。なんだか、女子の間でも「オレ」という存在が蔑ろにされてる感じがして、気分が悪い。

 そんなことが何回もあった、ある日曜日……

「隣、いい?」

 高めの声に振りあおぐと、見覚えのある女子が立っていた。オレよりも背の低い、可愛い感じの子。1回、話したこともある気がする。

(……またか)

 辟易してしまう。亨吾が来ることを狙って、オレの近くに座ろうとする女子の何て多いことか。思わず吐き捨てるように、

「亨吾なら夕方にならないと来ないけど?」

 そう言うと、その女子はキョトンとして言った。

「きょうご?きょうごって……あ、村上亨吾君? 別に用事ないよ?」
「え、あ」

 しまった、と思った。確かにみんながみんな、亨吾狙いなわけじゃないよな……

 あわててはみ出していた参考書を自分の方に寄せた。

「ごめんごめん空いてる空いてる。それにオレも今から昼食べにいくから、1回どくし」
「え、そうなんだ」

 その子は、可愛らしく口許に手を当てると、にっこりとして言った。

「じゃ、一緒に食べよ?」
「え」
「真奈、おにぎり作ってきたけど、パン食べたくなっちゃったから売店で買おうと思ってて。だから、テツ君、おにぎり食べて?」
「え…………」

 テツ君って……オレの名前知ってるんだ?

 そう言うと、その子はにっこりとした。

「もちろん知ってるよー村上哲成君。真奈ね、ずっと前からテツ君とお話ししたかったんだー」
「え?」

 お話ししたかった?

 首を傾げたオレに、その子は更にニコニコとして、言った。

「だって、テツ君、真奈の好きなタイプの男の子にピッタリなんだもん!」
「え………」

 好きな、タイプ?

「え……?」

 好きな、タイプ? 好きな……

「え、えええええ!?」

 思わず叫んで飛びのいてしまい、周りから「シー!」って注意されてしまった……


***
 

 森元真奈は、明るくて可愛らしくて、一緒にいると、何だか元気になれる子だ。

 オレのことが「好きなタイプ」だと言ったけれど、「好き」と告白されたわけではないから、普通に、友達の一人として接していた。

 亨吾がいないときは、森元と一緒にいることが多い。そのせいか、亨吾は森元のことを良く思っていない。

「哲成!あっちに席取ったから!」

 自習室で、森元と並んで勉強していると、亨吾は有無を言わさず、オレの勉強道具を勝手にまとめて、席を移ってしまう。

(「好きなタイプ」だって言われたなんて……)

 絶対に言えないなあ……

 なんて思いながら、内心ちょっと気分が良かった。

(女にモテモテの亨吾が、こんなにヤキモチ焼くくらい好きなのはオレで。そのオレを「好きなタイプ」だって言ってくれる女子もいて)

 ここは、居心地がいい。


 家では相変わらず、新しい母はオレとは必要事項以外話してくれない。でも、夜ご飯は作ってくれるし、洗濯もしてくれるんだから、贅沢は言っちゃいけない、と思うようにはしてる、けど……

「クリスマスはうちの両親を呼ぶから。テツ君は高校生だし、お友達とパーティーとかするんでしょ?」

 だから、帰ってこないわよね?

 そう、威圧的な目で義母に言われて、「うん」とうなずくしかなかった。今までも、休日にオレだけ留守番で父達だけ出かけたことは何度もあったけれど、「帰ってくるな」と言われたのは初めてで……さすがに心が折れた。



(いつもクリスマスは亨吾が泊まりに来てたんだけど……)

 それが出来ない、ということは分かっていたので、「どうしようか」と亨吾とも少し話してはいたのだけれども……

(帰ってくるな、か……)

 もうあそこはオレのうちじゃないのかな……

 そんなことを鬱々と考えながら予備校に行ったところ、

「テツ君!テツ君、テツ君!」

 森元真奈がいつものように、ニコニコ笑顔で駆け寄ってきてくれた。そして、

「クリスマスイブ、うちでパーティーするの!」

と、招待状と書かれたサンタとトナカイの切り絵の貼ってあるカードを差し出してきた。

「絶対来てね!美味しいものたくさん出すから!」
「え……」
「絶対絶対来てね!」
「…………」

 森元の屈託のない笑顔が眩しくて、グッと喉が痛くなったけど、なんとか涙はこらえた。

(森元……)

 絶対来てね、と言ってくれる存在が、有り難い。

 そして………

「あ!キョウ!待ってたぞ!」

 いつもオレを丸く包んでくれる亨吾が、そばにいてくれることが、嬉しい。


***


 森元の家でのパーティーは、それなりに盛り上がったまま終わった。期待通り、料理もケーキもすごく美味しかった。

 けど……

「どうかしたのか?大人しいけど」

 一緒に行った亨吾にそう聞かれてしまうほど、帰り道は無口になってしまった。でも、理由は亨吾にある。

 せっかく一緒に行ったというのに、亨吾はずっと森元の友人達に囲まれていて、オレとはほとんど話もできなかったのだ。そんな中で、みんながコソコソと話している内容も聞こえてきて、余計に腹が立ったし、悲しくもなった。

『亨吾君は、見た目もモデルみたいにかっこよくて、バスケ部のエースで、志望校は東大で。テツ君、一緒にいても引き立て役になるだけなのに嫌にならないのかな』

 そういうのを余計なお世話というんだ。
 でも……言ってることは当たってる。オレは引き立て役だ。

(森元も……)

 オレが『好きなタイプ』だといった森元。でもそれは、大好きな父親に似てるからなのだと気がついてしまった。

 どうせオレは、誰にも認められない。親にさえも。

 みんなに囲まれている亨吾を見ていて、痛いほど思った。

 オレは、亨吾と釣り合わない………


「オレ……お前と釣り合わないよな」

 ほとんど八つ当たりで享吾に問いかけたところ、享吾は「それは違う」と、珍しく慌てたように言葉を並べたてた。

「何もかも、お前のおかげなんだよ」

 そして……話してくれた真実。
 中学の時は、お母さんの意向で本気を出せなかったこと。それをオレが強引に本気を出せさるようにしたこと。勉強も、部活も、合唱大会も、オレの『おかげ』で本気で挑めたこと。高校生活もオレの『おかげ』で毎日楽しいこと。

「オレは、お前がいなかったら、何もできない……っ」
「キョウ………」

 泣きそうな様子に愛しさが募って、そっと頭を撫でてやると、享吾は静かに目を閉じた。


(オレはこいつに何をしてやれるだろう……)

 それからずっと考えている。

 オレの『おかげ』で本気を出せた、と享吾は言った。でも、それは、オレの『せい』で本気を出したために、お母さんが苦しんで病気になってしまった、ともいえるのだ。

(オレは……どうすればいいんだろう)

 答えの出せない問題を、オレはずっとずっと考えている。



------------

お読みくださりありがとうございました!
今回のお話は「続・2つの円の位置関係」の3(享吾視点)「続・2つの円の位置関係」の4(享吾視点)の哲成視点でした。
次回も哲成視点で……

ランキングクリックしてくださった方、読みに来てくださった方、本当にありがとうございます!
こんな真面目な話にお付き合いくださり感謝感謝でございます。今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

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BL小説・風のゆくえには~続・2つの円の位置関係7

2019年04月02日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 続・2つの円の位置関係

【哲成視点】



『お前のことが、好きだよ』

 中学の卒業式の後、村上亨吾は真剣な瞳を真っ直ぐこちらに向けて言ってくれた。

『誰にも取られたくない。お前のことが欲しい、と思う』
『でも、その感情を優先させて、お前に離れられるのは本末転倒なんだよ』
『お前が欲しいって思う感情よりも、お前と一緒に一緒にいたいって感情の方がずっと大きいから』
『だから…………一緒にいてほしい』

 だから、一緒にいた。ずっと、ずっと一緒にいた。


***


 村上亨吾は、高校生になって、ますますかっこよくなった。見た目もだけど、中身も、何というか……遠慮がなくなった。中学の時は、色々なことに遠慮していたのに、卒業の頃から殻が破けてきて、高校になってからは、それこそ、翼が生えたみたいに自由だ。

 同時に、愛想が悪くなった、とも言える。元々そんなに愛想が良い方ではなかったけど、さらに、だ。周りに余計な気を遣うのをやめたらしい。でも、それを女子達は「クールでかっこいい」と言ってる。

(まあ、そうは言っても………)

 オレにだけは、優しい笑顔をみせる。時々、愛しくてたまらないって瞳でオレを見ていることも知ってる。オレは『愛されてる』。その優越感は何ものにも代えがたい。


「亨吾君って好きな人いるの?」

 高1の文化祭前、同じ中学だった荻野夏希に聞かれた。

「バスケ部内で一番可愛いサッチンが告白したけど撃沈したから、みんな「誰ならいいんだよ!?」って騒いでるんだけど」
「んなこと言われても知らねーよ」

 肩をすくめてみせると、荻野は「教えてよー」と拝んできた。

「だって亨吾君に聞いても、シラ~って目でチラッとこっち見るだけで、何も答えてくれないんだもん」
「あはは」

 その様子が目に浮かんでちょっと笑ってしまう。
 荻野はムーッとしたまま続けた。

「みんなさ~文化祭が迫ってるから焦ってるんだよ~」
「焦ってる?」

 何で?
 聞くと、荻野は「知らないの?!」とビックリしたように叫んだ。

「白浜高校七不思議の一つ。後夜祭で手を繋いだカップルは幸せになれるという……」
「え…………、知らなかった」

 幸せになれる……?

「だから、後夜祭で告白してカップルになるって人も多いらしいよ~」
「………………」

 幸せ…………幸せ?

「カップルになる……」

(村上亨吾はオレのことが好き)

 だから、誰からの告白も受けない。でもそうすると、幸せになれない? じゃあ、オレが村上亨吾とカップルになればいいのか?

 でも……よく分からない。男同士なのにカップルって何なんだ?



「キョーゴ、ホントにいいのか?」

 正直に本人に打ち明けてみた。「キョーゴと一緒にいたいけど、付き合うとかは分かんない」と。そして、

「告白してきた女子って、あれだろ? 後夜祭に誘ってきたんだろ? もしかしたらキョーゴ、幸せになれたかもしれないのに……」

 オレのせいでそのチャンスを逃すなんて……

 すると、村上亨吾は優しく笑って、額にそっとキスをくれた。

「今、お前とこうして一緒にいられることがオレの幸せだから。これ以上の幸せなんかいらない」
「…………」

 …………。

 その真っ直ぐさに、胸がぎゅっとなる。
 こいつ、本当に、オレのことが好きなんだよな……

 そんなことを言ってくれるこいつに、オレは何を返せばいいんだろう……



 そう思ってたところ、ものすごく良いことを思い付いた。

 ヒントをくれたのは、中学の同級生の渋谷慶だ。
 渋谷は、今までは誰にも名前を呼びつけにすることを許さなかった。中学の時、ふざけて「慶」としつこく呼んだ奴を、歯が折れるまでボコボコにしたっていう有名な話があるくらいだ。

 それなのに、

「慶! 待たせてごめんね!」
「いや、全然大丈夫」

 そんな会話が耳に飛び込んで来て、ビックリし過ぎて思いきり振り返ってしまった。

 そこにいたのは、キラキラオーラの渋谷慶と、村上亨吾と同じバスケ部の奴……確か名前は桜井……

「慶のクラス、終わるの早いよね」
「うちが早いっていうより、お前のクラスが遅いんだよ。何にこんな時間かかってんだ?」
「んー、小林先生が、同じ話何回もするせいかも」
「なんだそりゃ」

 楽しそうに話しながら、オレの前を通り過ぎようとしたけれど、渋谷がオレに気がついて立ち止まった。

「おー、テツ。今日は部活ないのか?」
「ああ、うん」

(渋谷……)
 いつもよりもさらにキラキラしてるように見えるのは気のせいだろうか。

 桜井は、ニコニコしながら「自転車持ってくる」とゼスチャーをして、駐輪場に向かって行った。

「テツの数学部、すごいんだってな」
「あ、ああ。うん。先輩たちのおかげだけどな」
「へ~。なんかそういう話聞くと、おれも部活やれば良かったかなあって思うよ」
「あー……」

 渋谷は帰宅部だ……って、そんな話よりも!

「渋谷さ……今、『慶』って呼ばれてなかった?」
「あ? ああ、うん」

 渋谷は少し笑って頬をかいた。なんだその嬉しそうな顔。

「お前、『慶』って呼ばれるのすごい嫌がってたのに、解禁したのか?」
「あ、いや」

 ブンブン、と手を振った渋谷。

「あいつだけ特別。あいつは特別だからいいんだよ」
「え」
「あ、浩介!」

 渋谷は駐輪場から自転車を転がしてきた桜井に「そこで止まれ」のゼスチャーをすると、

「じゃ、テツ、またな!」
「え? あ、うん……」

 オレに手を振って、桜井の元に走っていってしまった。あいかわらず爽やかな後ろ姿を見ながら、今の話を反芻する……

(渋谷も桜井のこと名前で呼んでたな……)

 二人、寄り添って歩いていて、本当に仲が良さそうだ。オレと村上享吾の身長差と同じくらいだから、オレ達が一緒に歩いててもあんな風に見えるんだろうな……

(特別……特別……)

 いいな……特別……

(ってあ! そうだ!)

 二人が門を出て行くのを見送っていたら、いいことを思いついた!

(二人だけの特別な呼び方! それだ!それだ!)

 村上享吾にしてやれること。そしてオレがしたいと思うこと。それは、

(オレ達は特別仲が良い)

 その、証明だ。



 その日の放課後、委員会が終わってからうちに遊びにきた村上享吾に、

「オレ達だけの、特別な呼び方を決めよう!」

と、提案した。村上享吾もなんだかんだとノリ良くその話にのってくれて、二人であーでもないこーでもないと検討した結果、「キョウ」と「哲成」に決定した。これは誰にも呼ばれていない呼び方だ!

「キョウ」

 そう呼ぶと、享吾はいつもの『愛しくてたまらない』って瞳をして、そっとキスしてくれた。

(村上享吾はオレのことが好き……)

 そう実感できる瞬間だ。でも……

「このキスはなんだ?」

 そう聞いても、享吾は軽く肩をすくめて、「つい、なんとなく」としか言ってくれない。

「だと思った」

 笑いながらも、少し、寂しく思う。



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お読みくださりありがとうございました!
今回のお話は「続・2つの円の位置関係」の2(享吾視点)の哲成視点でした。
次回も哲成視点で……

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