きのうはやあるきのじいさんにおいぬかれる

犬と酒依存症のおっさんが、車椅子を漕ぎながら、ネガティブに日々見たり聞いたり感じたりした暗めの話題を綴ります。

年末休業にて

2015-12-31 13:21:08 | 徒然に2014-2015
年末休業に入ってから休業らしく毎日規則正しく食べ過ぎ呑み過ぎ夜更かしし、規則正しく遅めに起きる。

午前中は気まぐれに散歩とか年賀状書きとか読書とかちょこっと掃除したりして、午後は目的のないだらだらラン。走らないよりはマシという程度に軽く。

年末休業に入ってから寒くなった。が、それでも昨日一昨日は天気が良かったので、とりあえず休まずに走れた。

これは、一昨日の松山城。

これは昨日の久々石手川緑地。ここ数日、傷めたことなどない左の膝が何故か痛いが、土の上はやはり具合がよかった。アスファルトに戻った途端にまた痛くなったが。
いずれもペースは全く上がらんが、それでも渋滞中の車より速いこともしばしばである。

今日は雨のためまだ自宅待機中。でも雨が上がりそうにないので、この後郵便局までの10キロラン片道のみで今年終了予定。雨が多かった今年を象徴するかのような終わり方。

早かったです。はい。

看過できん

2015-12-29 15:47:40 | 徒然に2014-2015
年の瀬でいろいろな話題がありますが。

これ、どっちでもええやんと思いがちですが、実はきちんと対応すべきものだと思います。
私は、公のモノに六曜はおかしいと思います。ですから、回収するのは当然のことだと思います。
一部、反論している人もいるようですが、便利か不便かという観点でなく、いわば偏った見方が主となることが拙い、ということです。
一方、どっちでもいいやんという考えもあるようですが、ここをなあなあにするのが、いわゆる日本の世間一般の感覚で、ただここをなあなあにすると、なんの解決にもなりません。
ただ、人が信じることにとやかくはいいません。
でも、「公」の部分については看過はするつもりはありません。

今日はランオフにして、年賀状作成と風呂とトイレの掃除。やるつもりはなかったが、やっぱ落ち着かん。
掃除の方は、以前は1日かけていたこともあったが、今年は少し考え、値段の高い、強力な洗剤なら楽に落ちるかなと思い、洗剤買いに行くところから始めて約3時間と少し。
結果は、そこそこは落ちるが、頑固なのはやはり落ちんなあという感じ。
今日買ったのより倍以上する業務用みたいなのじゃないと駄目か。
後、しっかり力入れないと駄目みたい。
さらっとやるつもりだったが、後から後から気になって、洗面所もとりあえず最低限はやった。

年賀状も掃除も去年はする気がしなかったから、感覚が少しはまともになってきたか。
但し、呑む量以外は。

仕事納まらず

2015-12-28 20:48:00 | 徒然に2014-2015
今日は定刻に出ようと思っていたにもかかわらず、あれやこれやと、急なクライアントの対応やらデータ集計やら文書作成やら記録確認の判子押しやら。
今日は、外部からの依頼もないから落ち着いてマイペースで仕事ができると踏んでいたのに、完全な見当違い。
でも去年は年末休業に仕事に来ていたようなので、納まらないなりに無理矢理にでも終わらせたのは収穫か。
来年初っ端の二日間は、時間があるから、そこで一気かな。

で今日は、今年最後の出勤ラン(予定)。

仕事場を明るいうちに出て、最寄り駅までの退勤ラン。10%OFFを延長するからおいでメールに乗り、途中、スポーツ用品店でお買い物。

駅は風を避けるため、柱の影で立ち呑み。
明日から寒くなりそうですが、とりあえず、今月ノルマの600キロクリア。
一昨日、本番ペースで30キロをこなしたのが今日ぐらいから身体に来て、太腿やら腰やら結構違和感有り。でもしっかり身体酷使した割りには走れているのは、本当に残りの12キロ1時間というのがとんでもなく苛酷だということなのだろう。

充実感の反作用で昨日も呑み過ぎ食べ過ぎ。今日も見えとるな。
納まってはない、ということは来年も続く、ということなんだな。

38年前と19年後

2015-12-27 15:08:16 | 徒然に2014-2015
今年のクリスマスは満月が重なっていたようで。

確かに出勤途中、でっかい月が西に沈んでいた。上手く写ってはいないが写真では線路の真正面の橙色。

38年前は小学生だった。19年後は微妙だな。宇宙時間なら、ほんの一瞬であることに変わりはない。
天体ネタは、年単位の話なので、前は、とか、次は、とか勝手に想うことが多い。朝の散歩で犬たちとともに夜空を見上げて、何かしら想ったり、想っているフリをしたり。

なあ。本当に。
年スケールとか、光年スケールの話を目の前にすると、何とまあ、些細なことで日々ぐだぐだ云っているのかと想うことも多い。

今日はゆっくりと街まで10キロ。昨日は米(日本酒)換算で七合酒。まあいいかと、今日も呑む。

雀が近くに来る。寒いという予報だったがそうでもない。

灯りというのは暗いからこそ映えるし価値がある。
限りあるから、一生懸命にしなければならないと想う。

まりもさんにつまみをいただく。ありがとうございます。なくなるん早いです。ははは。

当然良い田圃である。
もとい。
当然酔いたんぼである。

お葬式

2015-12-25 21:42:00 | 徒然に2014-2015
今日は仕事帰り、脚が前に進まないながらも街へ。

昨日は仕事休み、両親を連れて香川へ謂わばこれも一つの仕事。

親戚の葬儀。急に亡くなったらしい。
告別式から収骨、精進落としまでこなし、一日がかりであった。

「葬儀辺り」では、実際残った者にとって特に関係が近い人ほど、死は観念的ではなく、俗っぽいものであるように思える。兎に角「こなさなければならない」ことが続く。
また関係がほどほどに近い人にとっては、死は身近であり、日常に突然起こる「ハレ」なのかもしれない(葬儀をハレの日とする見方は珍しくない)。

それでも最近は精進落としすら、火葬中に済ませる場合もあると聞く。何せ一時間半。仏教解釈的に有りならそれもまた時代の流れ。
儂自身、火葬中は歳の離れた従兄弟(10以上歳上である方々しかいない)の思い出話を拝聴していたが。故人にまつわる話から、やがて葬式やら供養やら諸手続きやらお金やらの話になり、それだけでは収まらす仕事のこととか、娘の旦那がJリーガー(しかもJ1日本代表2回らしい)だとかいう話になり、結婚式の写真を見せながら、いろいろと。それはもう、いろいろと。

そぐわないようでそういうものなのかもしれないし、それでいいのかもしれない。
親戚ばかりが集まって家族葬に近い葬儀だったが、ウチの親父も含めてかなり歳とった兄弟が集まり。
みんなが集まり厳かに賑やかに見送るのもまたアリなのかもしれない。
死は自分だけのものではない。残った者にとっての死を考えとく必要が、当事者にはあるのだと改めて想う。
呆けず介護もなくぽっくりは理想だが、現実的に残務整理は大変である。何とかノートでも本当に作っとかないかん。昔に比べて、家人も知らない個人の抱えているものって多いのかも。

香川までの片道一時間半の車移動の長かったこと。いい歳の両親、文句も言わず後部座席で休憩無しで。
おかんのお喋りには正直閉口したが。
ただ、他に喋るところもなしそういうものかもしれないし、それでいいのかもしれない。

クリスマスに想う。

勉強する自分の形に咀嚼する

2015-12-23 15:00:02 | 徒然に2014-2015
5月の書きため。

萩本欽一さんが大学に行くという記事を見る。
痴呆に立ち向かうという気持ちもさることながらその具体的な方略にさすがと思う。

勉強するということは自分の形に咀嚼できるということなんだなと改めて想う。
参考書を読むだけではそれができない。
自分なりにまとめるというのは1つの方法だが、えらくまとめられすぎている参考書もあるしで高校生の時に困ったことがある。

闇雲に問題をひたすら解いて、突破したのが教員免許の資格認定試験とSTの試験。
傾向とか過去問とかをネットで調べまくり、そのお題に沿って、参考文献を見ながら解答を自分なりに作ったり、あるいはひたすら問題を解いたり。
問題を解くということは問題を自分の中に取り込むことだと気付く。

実は今、平日のみだが朝4時起きで20分だけこういう感じで勉強している。今年の春、出勤前の早朝ランを止める口実を作るために始めたのだが、少しずつ重ねていくと、勉強というのは咀嚼できる形でないと身に付かないし、咀嚼できる形にするには手間暇がかかると云うことが分かる。

本来、勉強というのは、誰でもどこでもどういう形ででも気持ちがあればできる筈。お金の問題は、学校に入るときはどうしてもつきまとうものが、実際にそれしかないというケースばかりではないとも思う。これを言っている間はやはり言い訳にしかならない。
気持ち次第で、工夫はいかようにでもできる。

もっと早く気がつけば良かったと思うが、まあ、それができないのもまた然り。

心の中はいつも「うるせえ」

2015-12-21 20:43:16 | 徒然に2014-2015
テレビで「タイゾー」氏が曰う。
普通にそうだと思う。エスカレートして「しるかいや」「ほっとけ」みたいなレベルまで普通に針がびゅんぴゅん振れる。

まあこれで氏の言うように「世の中のこと大概カタが付く」とは思わんが、「世の中のこと大概乗り切れる」とは思う。
こういうのって性格悪いか。
でもこれがあるから強い人はいるな。「ホリエモン」氏だって、トライアスロン完走したもんな。練習の成果というより気持ちの強さだな。うん練習の成果ではない(断言)。気持ちの強さは、才能とか努力を凌駕するのかもしれない。でもそんなことを考えている人に限って「神風」信仰から抜けられない。
本当に気持ちが強い人ほど、冷静に局面の判断はできている筈。

で閑話休題。
昨日、銭湯の入場券買う自販機でおつりを取り損ねる。入場券より高い額。しかもそのことに朝まで気付かないでいる。
こういうのは「うるせえ」とは云えん。単なる阿呆。
ひたすら反省する。朝まで気付かないくらいだったから、我が身の莫迦さに阿呆かという感じでさほど引きずらなかったといえるのかもしれない儂にしては。

今朝は、予報より予定より雨が降り続き散歩を回避。出勤ラン途中も結構濡れる。

帰りは、昨日通った大学前にルートをとる。写真の松山城、たけし城みたいで風情があったがうまく撮れんかった。この後体力消耗し、ペースががくんと落ちて予定していた5キロ手前で断念。

しかし高い銭湯代になった。極小缶にしたのはやっぱ少し引っかかっている、からか。

「とうじ」と「すいじ」と「そうじ」

2015-12-20 16:31:41 | 徒然に2014-2015
昨日は、2時間走って昼過ぎから家で呑み始めるも、気分が悪くなり炬燵で昼寝(身体には良くないなと思いつつ)。口内炎と、吐き気と寒気でこりゃどうしたもんかいと。久々に感じる体調不良感。泊まり勤務から飲み会に直行したから、案外身体に堪えたのかもしれん。次年度は外してもらうように頼まんといかんかもしれんと真面目にそういうことを考えたりする、
夕方、家人が帰宅するも調子は元に戻らず、食うだけ食い呑むだけ呑んで19時半から今朝の6時過ぎまで床に伏す。

今朝。
何とか調子が元に戻ったので、今日も2時間ほど走り、風呂屋へ。

ベタにここに行くつもりだったが、予想以上の観光客の多さに踵を返す。

結局E大学近くの前から少し気になっていた銭湯へ。

スーパー銭湯のように、いろいろな風呂があると入らないかんと構えて疲れてしまうので、スーパーでない銭湯ぐらいのこぢんまりとした空間は気分が落ち着いた。
入るといきなり入れ墨のおっちゃんがいたり、洗面器は黄色い「ケロヨン」だったり、掃除は「スーパー」に比べるとそんなに徹底的にはしていない感じだったり、一畳ほどのサウナでおっちゃんに話しかけられられたり、スチームサウナの砂時計は蒸気の影響からか全く用をなさなかったりと、約1時間余りで、いろいろな経験をする。
そういやあ、大学生の時に、高校の同級生で京都のD大に行っていたK君(現在某銀行勤務)に会いに行ったときに、アパート近くの銭湯に入ったのが結構記憶に残っている。儂自身あの頃は、湯船はなくても良いからシャワーができるユニットバス付きのアパートにこだわっていたが、そのK君は普通にトイレ有り風呂なしのアパートに住んでいた。丁度時代的には、そういう物件が半々ぐらいだったか。懐かしい。
サウナでバテて半分ぐらいは呆けていたし、身体を冷ましすぎて帰り30分程市駅までの歩きは少し寒かったが。

でまた呑む。

思えばラン開始3年目ぐらいまでは普通に風邪引いたりしていたが、それを過ぎてから持病だった喘息すらだなくなったし、ここ7,8年ぐらい風邪薬飲んだことはない。ひたすら、食って水分(アルコールではない)摂って寝るのみ。薬を飲まないのは酒が呑めなくなるからである(本当)。変なモチベーションに支えられて走っているといえる。

「湯治」と「睡治」と「走治」で治るレベルなら、まだマシ。
ちなみに季節柄「とうじ」はともかく「炊事」と「掃除」に移らなければならない時期だが、去年の事故以来、気分的に全くやる気がしないので「放置」している。
これだけは「放治」というわけにはいかん。数ミリずれとったら死んどったかもしれんという程の経験故に、どこかで気持ちの歯車はずれたままである。元々の経年劣化もあって、修正は厳しいと思う。せめて走ることだけは止めてはいかんぞと思ったりする。

そういえば、銭湯で張り紙を見た。明後日はゆず湯らしい。
ほお。
「冬至」か。去年と違い、ここまで寒さに神経使うこともなく来れたのが不思議。
明日からまだ一週間ある。そして明日は雨。
頑張ろ。

せわしい

2015-12-16 19:36:00 | 徒然に2014-2015
せわしいを変換すると忙しいになった。
でも忙しい(いそがしい)ではない。あくまでせわしいはせわしい。
隙間隙間の時間に、いろいろな対応をしなければならなかったので疲れた。尤もいつものことではあるが、寒いので余計に堪える気がする。

明日は泊まり勤務なので体力を考えて早めに職場を出る。チョウチンアンコウのような雲。数分で消える。
今日は流石に最寄り駅までのラン。

今日は、極小缶。数分で消える。それでも呑み過ぎ対策には有効か(因みに85円クイックペイで払っても文句言われんから有り難い)。

でもせわしいなあ。やっぱ。

同じ、けど違う

2015-12-14 20:45:02 | 徒然に2014-2015
温いので退勤ランで用もないのに市内まで。流石に先週のように家まで走ったりはしていないが、いつもは最低限しか走らないから、最近にしては十分異例かつ久々。

職場近く。これで17時半。そういえば後10日も経たないうちに冬至か。

市内花園町のイルミ。数年前からあるにはあったが、今年はフリーペーパーで紹介されたりしているのを見た。いつもの年よりちょっと力が入っているかも。
いつものカメラではイマイチうまく撮れてない気がしたが。

スマホに元々あった高解像度のカメラで撮ると、綺麗だが標識まで写る。
ほどほどの性能というのは、案外大事だったりする。アナログ的ではあるが、敢えてその良さがあるみたいな。

何度か走っていたのに初めて気付く。ここが「くるりん」のど真ん中。

JAの温度計、昔は高めの提示のような気がしたが、今日は妥当な気がする。

いつもと違うスーパーのいつもと違うお買い得の麦で慰労。昨日9本呑んで体調イマイチだったがこの時間になると元に戻る。
戻るので懲りずに呑む。

さすがに9本は呑まんが、帰宅後服を脱ぐと、ドラム缶のような胴がそこにあった。

標題は、以前に記したことがあると思うが、昔かかわっていたクライアントの子供が発したコトバ。同じ、だが違う、というのは単なるコトバ足らずなようで実は深いなとつくづく思う。

近くにある海へ

2015-12-13 16:32:00 | 徒然に2014-2015
休日出勤後、近くの海へ。

今日は、遠くの島の様子までくっきりと見える。
温かい。温い。

これから暫くは外で呑めることも少なくなるか、な。

太平洋のようなひたすらだだっ広い感がある海もいいが、島が見え船が行き交う海もまたいい。

癒される、なや。
有り難い、なや。

腹のその後

2015-12-12 16:21:01 | 徒然に2014-2015
腹がおかしい。
昨日のバリウムを出すための下剤の影響でか、明るくなりかかるぐらいに目が覚める。
犬達との散歩。途中で腹が痛くならんかとひやひやする。

油断すると平気で5日ぐらい便通がなくなるタイプなので多めに飲んだのだが、何か翌日になって効いてきたようである。

昼前に、風呂に行く準備をして家を出る。
1キロ走って方向を変え、2キロ走って方向を変える。その後腹が猛烈に痛くなり、何とか自分を誤魔化しながらやっとの思いでコンビニへ駆け込む。
とりあえず10キロで止めようと思い再び走り始める。

ようやく、この辺で落ち着くかと普通に来れば家から5キロ程の風呂屋へ。迷走の結果、既に10キロぐらい走っているので良し。
650円という料金に怯み、とりあえず入らずに出る。
どの辺まで走るかと思いながらいつもの通勤ルートを街へ。

何とか自分を誤魔化しながらやっとの思いで街まで辿り着く。
予定外だったがまあいいか。
風呂に行く気はとうに失せている。

以前の呑み会の時に見つけて気になっていた「ちょい呑み」へ。

小ジョッキ150円×2杯と牛皿210円で、風呂代より安く上がる。
腹がいっぱいになった。

タイプA

2015-12-09 20:59:00 | 徒然に2014-2015
今日は、手間ヒマかけた割りには成果なし。そうそう上手いことはいかん。
そうは思うが、溜まっている仕事の量を考えると正直疲れる。横から横から仕事が入り込んでくるので、見通し立ててやっていても予定が狂う。

愚痴はこれくらいで、さて。

かなり前になるが、こういうのを見つけたことがある。
性格というのは、見る人や捉え方でずいぶん印象が変わる。

攻撃的というのは積極性と紙一重だったりもする。
自分から見れば攻撃的とは全然思っていないのに、他者から見れば充分攻撃的だったりということもある。

テンションが上がっているときは、こういう面も確かにありそうだが、さて。テンションの振れ幅をどう捉えるかでも見方は随分違う。

50年近く生きていて、未だに自分というものを把握しかねている。

ちぐはぐ、ゆるゆる

2015-12-06 19:07:18 | 徒然に2014-2015
風呂に行こうと家を出る。
どこに行こうか迷ったが2時間近く走って(距離はそんなに稼いでいない)以前住んでいた家の近くの温泉へ。
1時間ぐらい入る。
でその風呂屋石鹸が置いてなくてあららと言う感じになる。
別にどうということはないが帰り際に「石鹸20円」とあるのを見てああしまったと思う。
買っといても良かったかと。
で近くの松屋に麦摂りに行こうと風呂の後なのに走って結局麦が置いてなくて市駅まで走る。
ゆるゆるとキロ8分。

暖かいから良かったが何ともまあ中途半端な休日になった。

風呂は今時にしては結構古めの感じだがまあ悪くはないがという感じであった。