きのうはやあるきのじいさんにおいぬかれる

犬と酒依存症のおっさんが、車椅子を漕ぎながら、ネガティブに日々見たり聞いたり感じたりした暗めの話題を綴ります。

甘い苦い甘い

2012-02-26 21:25:21 | 徒然に2010-2013
この一週間のこと。

まずは、先日「御褒美」をいただいた日に、ヨメさんがケーキを買ってくれた。

うれしいというより心強い。

次は、先日退勤時に義母の家に寄り「御褒美」の報告をした時の帰りの慰労と帰ってからのヨメさんとの慰労。

空きっ腹に結構来た。深夜の風呂で爆睡していた。

最後は、今日街まで行きあんまり収穫もなくて疲れて電車で帰ろうと駅に寄ったときに飲んだ復刻品。

曇天の空を見ながら、ゆっくりもできなかったが、仕事をたくさんしたということもないまま、休みが終わったなと思った。甘いようで実は苦い一週間の終わりだった。

いいことばかりは続かない。どん底が続いているようでも永遠ではない。
次の一週間、とにかく一つ一つやっていこうかね。

「空気を読む」なんて考えてみれば相当変な日本語だわ

2012-02-25 23:06:26 | 徒然に2010-2013
外国人が日本語を学ぶ時に「壁」として立ちはだかるのではないだろうかこのフレーズ。
「たけしの日本人云々・・・」を見ながらそうだよなあと思う。
和を大切にするとか、不安を感じやすいとか、日本人特有の要素はあるんだろう。鬱になりやすいというのもあるんじゃなかろうか。

空気なんて、呼吸に関係するだけなのになあ。儂は、空気を読むのが苦手だと思う。でも読まなければならないと思って、それでも何とか自分なりにやってるつもりである。
仕事でよく接する「DEAF」の人が時にうらやましかったりする。彼らは文化が違う。それはそれでいいんじゃないかと思う。ただまあ、理解してくれる人はそう多くはないだろうが。

昨日の会議、何とか形にはなったけど、結論というか、はっきりさせたいところはなーんもはっきりしていない。でも、何となくうまくいったという感じは参加者みんなが思っているだろうなと思う。はっきり結論が出て先に進むやり方ではなく、なーんとなく、でもみんなの想いをうけとめなければという雰囲気で先に進む方が、案外うまくいくのだなということが分かった。これは事実だと思うし否定できないな。そんなことを思いながら、テレビを見ていた。

儂は、ろう者でもなくでも聴者でもない。居場所のなさに今更ながら困惑しつつでもそれをカミングアウトできないでいる自分をもて余している。自分流で行きたいのはやまやまだが、そこまでの力がまだないなと思う。
そんなことを想いながら今日は犬の墓参りに行った。いつもより時間がかかった墓に着いたとき結構暗かったでも今月は無理かなと思っていたにもかかわらず決めていたことを果たせた満足感はあった。そして、先日職場でいたただいた「御褒美」を先祖の墓に報告し実家に預けた。親孝行あんまりしなかったが、自分の中では初めて親孝行できた。実の親だけでなく義理の親にも。自分の中で区切りがついたという点で、実は周囲が考えている以上に大きな出来事になっていた自分では。ここから、さあどうするか、だな。

不安を感じやすい日本人の典型だから、空気を読むということに完全には反発できないがせめて「是々非々」を貫き通したいと思う。これから生き方を問われるなあと思いながら、慰労した。

緩やかな快復

2012-02-19 14:35:51 | 徒然に2010-2013
悪くなるときは急激に、良くなるときは緩やかにということらしい。

先週末に自分にとっては相当な「英断」を下し、練習無休日連続記録を止め、月間600キロ連続記録を自分の意志で止める。3、4年振りぐらいかというぐらいの息苦しさと咳。そういえば元々喘息持ちだったもんなと。でもまあ日頃の「貯金」が生きたんだろう。医者に行くことなくなんとか持ち直した。程なくして前の風邪から引きずっていた、夜の咳が出なくなったので楽にはなった。結局病院に行く暇なんかなかったから、36時間の完全安静(睡眠)と、大量のスポドリとカイロ、熱めの風呂、そして「普通に」食べて治していった(消化の良いもの云々は関係なく、肉も生野菜もばんばん食った)。小さい頃から医者にかかることが多く、病気は薬を飲まないと治らないと信じていた儂にとっては、これはすごい発見だ。走る方は、続けるという呪縛から解放され、少しほっとしているのが正直なところではある。

で、先日ようやく走り始めたが、まだぶっ倒れる前の半分も走れない。毎日20キロなんて誰が走ってたんだろうというぐらい、もはや他人事のような感じになっている。とにかく息が苦しくなり咳が出そうになるのであまり無理はできないなと。もう、あきらめてゆっくり快復させるしかないなとは思っているのだが。

一日約3時間の練習を休止している現在、もて余すほどではないにしても、時間にゆとりがあり悪くはない。電車に乗る時間が長くなり、読みたかった本を読む時間ができた。

次は、いよいよ職場のI氏おすすめの「デフ・ブォイス」の予定(まだ読んでなかったんですか?っていわれそうですが・・・すみません)。

昨日は、髪を切りに行く。いつもカットモデルでお世話になっている美容室さんに、今回はお金を出して切りに行く(ヨメさんの「配慮」による)。

見習いさんを指導されている方なので、今回も細かな注文をしなくても「おまかせ」で切ってくれた。とっても有り難い。

PCを衝動買いする。1万円と少し。探していた軽量でそこそこのスペック。思い切って古いPC(一気に4台?)を処分することができそうだ。

これについては、新年度に間に合うようにぼちぼち「造って」いこう。

無理をしないということがこんなに楽とは思わなかった。しかし、楽することで向上することはあり得ないので、気を緩めずに、隙あらば早く元通りに・・・という気持ちはある。今日はようやく連続で10キロ以上走れた。ゆっくりではあるが。
それに、少しずつ駅伝の練習をしないとなと、少し焦っている。3月上旬の県クラブ駅伝に、今年はいよいよ初めて職場でチームを作り出ることになった(昨年は大震災があり、幻のエントリーという結果になった)。全力でいけるんかいなと不安は大きい。

まあ、仕事は普通に次から次へとという感じだし、いろいろ想いはあるが、少しずつ、というしかないか。悪くなるときは急激に、良くなるときは緩やかに。我慢かな。

数年ぶりの献血

2012-02-17 22:00:00 | 徒然に2010-2013
先日数年ぶりの大風邪のことを記したが、これも先日数年ぶりに献血をした。
数年間隔が開いたのは理由があり、儂の場合、血管が細くて針を刺すのに難儀し、しかも時間もかかるので採血する方に結構嫌がられることが多かったからである。本当に「もっと頑張ってください」と重い激励を受けたことが何度あったか。
それでも何度か協力し2桁の回数はしてきたが、ある時、針がうまく入らず、さすがに「痛い」といって訴えたのに「そんなことないでしょう」とか「もう少しで慣れます」とかいわれてなかなか対応してくれなかったことに加え、針を抜いた後も「男の人はすぐに痛い痛いっていうのよね」ときこえるようにいわれ、もうさすがに嫌だと思って止めていた(まあ、すぐに痛い痛いというのはたぶんそうなんだろうとは思う)。もう、10年近く前のことだ。

協力することになったのはたまたまである。久々なので本人確認をしていると「体重変更ございませんか?」と聞かれる。「変わってないと思いますが、いくらになってます?」と儂。

「60ですけど」
「!!!」

そういえば、当時の仕事場には遠距離通勤していて、運動はせんし、朝早くから車や単車で移動するしで腹が減り、朝はコンビニとかで菓子パン2つと甘いカフェオレ(締めて1000キロカロリー?)、昼は2人前、帰りも途中のコンビニで御菓子買って夜遅くに晩酌とご飯みたいな食事していたから増えてたのかと思い出した。身長止まってから57キロぐらいでずっと推移していたから、そこから考えても少し増えている。

で感心しながら中に入り、「すみませんねいつも細いとかよく言われるので刺しにくいし時間がかかると思います」と先にカミングアウトする。いいえいいえと、まあここまでは昔の対応と同じ。でも大体は時間が本当にかかるので「もっと頑張ってください」っていわれるんだが。実際指しにくそうで、どの血管にするかで2度3度変更し、やっと採血。

以前と違ったのはその後。

「普通の時間で済みましたよ」との声に安堵。
走り始めてからこういうところにも影響したのかなと思った次第。

まあとりあえず安堵。

48時間~自分でも莫迦だなあとは思うが性分なんだから仕方がない

2012-02-12 09:19:01 | 徒然に2010-2013
とはいえ、仕事に穴を空けてはいけない。

先週、声が出なくなりそれが収まって夜に咳は出ていたが昼間は至って元気で、何となく今回は短くて済んだと思ったのが運の尽き。この時点で、どうも別の風邪にやられていたらしく、週末には昼間の咳だけでなく喘息っぽいゼロゼロ音も出始めたため、ラン中止。体調不良でラン中止にするのって4、5年ぶりじゃなかろうか。原因はよく分からん。知らない間に抵抗力が落ちていたのかもしれんし。

病院行く暇がない(昨日は祝日だったし)ので、とりあえず昨日今日とイチバチでひたすら寝て対応することにする。トイレと水分補給以外は寝た。しばらく医者にも行ってなかったので、薬もなく、ひたすら安静状態でとりあえず現在36時間ほど経過。24時間過ぎるまでは全く改善されんかったが、その後咳が止まり少しずつ汗が出始め、この分だと何とか仕事には行けそう。ただゼロゼロ音は少しひどい(以前の発作の時に比べれば全くマシな状態ではあるのでそう悲観してはいない)。

走って治すどころかこじらせた訳なので、本当に社会人としては失格。このまま回復してくれれば最小限の失態で済みそうだが・・・。早めにランセーブして養生すればおおごとにはならなかったのかもしれないが、あそこで止めるとたぶん精神的にものすごい落ち込んでしまうと思うので仕方がないかと思ったりもする。ただまあ今回きつかった。次回の風邪は、早めにセーブするだろう。
24時間マラソンなんてこれに比べればという気さえした。それが収穫か(まだ懲りてない)?

とはいえ、仕事に穴を空けてはいけない。本当に。
昨日も今日もすばらしく穏やかな青い空を見ながら想う。反省。

吉備路

2012-02-10 22:00:00 | 遠くへ~少しだけ非日常
吉備路

これもまた先日のこと。
最近、研修会みたいなものには出かけることが少なくなってきたが、思い立って県外の研修会に顔を出すことにした。主目的は、あくまで研修である。
がしかし、自費で出向く研修だし、せっかく時間があるわけだしと「少しだけ」走った。「吉備路」である。
吉備路の傍や通過のみなら、単車で走ったことは一度や二度ではない。でも、そのときは惹かれるものはあまりなかった。きっとその先の蒜山であったり大山であったり、そこへ行くことが目的だったからだろう。単車は車よりいろいろものおもうことができる手段だがそれでも通り過ぎるだけになってしまうところは多い気がする。今回の研修先である岡山からなら牛窓や宇野、津山(さすがに少し遠いか・・・)等に行くこともできたが、はじめから頭の中では吉備路になっていた。特別吉備路に惹かれた理由は見あたらない。でもまあ、一昨年ぐらいから、気になっていたのは確かか。以前とあるスポ少みたいな運動クラブに入っていたムスコやムスメの送迎や応援によく行っていたが、その一つの総社で行われる大会に行ったときに「吉備路」という看板を目にして、この辺がそうなのかと漠然と思ったことを覚えていて、どうもそれを引きずっていた気がする。
走り終えた後、岡山の駅で手にした総社市の観光パンフには、「古代吉備王国」とある。実を言えば、日本史は最も得意だったが、古代の歴史に関して言えばさほど興味があるわけではない。でも奈良の「吉野」とか「明日香」とか聞くだけで、走りたくなる。それも確かだから、「吉備路」という文字を目にして、走らずにはいられなかった。事前のリサーチは忙しくてほとんどしていない。JRの時刻表と自転車道のことを調べたぐらいか。

前日勤務を終え、長距離バスで岡山に到着(バスの中で早速慰労)。駅に近いカプセルに宿泊(カプセル内でも慰労)。久しぶりのパドが良かった。

快適でサービスのいいカプセルだった。パンと卵、コーヒーの朝食サービスもありがたい。朝早くから結構人の動きがあってちょっとびっくりした。儂も暗い中出発した。
国道を西へ西へと進む。コンビニでトイレ休憩をする。

トイレ休憩の間隔は通勤ランの時ほどではない。朝食をがっつりは食べていないからだろう。
備前一宮の駅の手前から吉備津彦神社に入る。


ここから、自転車道。田舎道だが表示が細かく出ていてわかりやすい。

吉備線もゆっくりと通り過ぎる。

しかしコンビニ等がないからトイレのことが多少心配になる。地図やら街中の表示やらでおおよその見当がつかないかといったん自転車道を出る。いろいろ確認してとりあえず元に戻る。時間的目的的にちょこちょこロスが生じるが、織り込み済みなのでそれほど気にならない。
吉備津神社は思ったより大きい。

迷ったが中には入らずに先を行く。あっち、こっちと表示板の指示通りに進み、ただただ田圃の中を走る。


明治天皇の御野立所らしい。小さな公園になっている。

カモが泳いでいる。風はずっとやや抵抗を感じるくらいの逆風。

高速のジャンクションを過ぎた当たりで道に迷う。

おおよそで見当をつけ造山古墳の方角を見つけ事なきを得る。

古墳を過ぎると、ガイドブックには載っていない牧場を見つける。馬が暮らしている。


そろそろかなとトイレを我慢しつつ先を急ぐ。国分尼寺跡当時はかなり大きかったようである。

でようやく国分寺が見える。おそらく吉備路のメインであろう国分寺である。


国分寺周辺では、学生が走る姿やリュックをしょって走るランナーの姿も散見した。国分寺でトイレ休憩し、出発。しばらく行くと作山古墳があった。古墳のすぐ近くに家があるのがいい感じだった。後でガイドブックを見たらミニ「お四国」霊場巡りができるようになっていたらしい。写真とってなかった。風も気温もほとんど変化がない。ペースもそれほど変化がない。しかし、腹が減ってきた。総社市内に入り、総社宮を目指すが、道を間違え(後で地図見たら何で?って感じだった我ながら)、もういいかとそのままコンビニに入る。

カロリーチャージをすると気分に余裕が戻る。市役所を通過し(マラソンがあるんですね)、駅を確認して南下することにする。まだ時間はある。

伯備線の線路を見ながらとことこと進む。

見たことのある風景があった。ようやく記憶がつながったという感じだった。

応援に行った試合会場の学校、それから体育館。見つけたら頭の中で地図が瞬く間に完成した。道一つ外したら、さっきの総社宮のように行き着けなかったのに、偶然というか、巡り合わせというか、一人で勝手に感動していた。「吉備路」に導かれるきっかけのあの道路も走ることができた。出発前は全く見通しがなかったのに。総社には、縁があるのかなあと思った。

実はここからがとてもとても長く感じた。清音の村を通り、高梁川に出る。

後で見たら、もう少し我慢して、軽部神社というところに行ってもよかったか。でも、のんびりとした風景の中にある伯備線の線路を見ながら、ゆっくりと走ることで充分満足だった。ただ、ぼちぼち疲れてきたのか、ペースはややダウン。地図で見た時はそう思わなかったのに、長かった。エネルギー切れか。さっきシュークリーム食べたのにな。クリーム食べ損ねて思ったより落としていたかなと思ったり(来ていたピステにべとっとつくぐらい大量にこぼしていた・・・)。井原鉄道の鉄橋を見る。

山陽新幹線と山陽自動車道の高架をくぐる。

くぐる前後に、小野小町の墓という案内碑(?)があった。パンフにも載っていた。研修開始時刻を考え、残念ながらパス。
長い信号待ちの交差点。青になった瞬間に、右手にある表示に気付く。倉敷駅北口0.9㎞。
ようやく安心する。

三井アウトレットも美観地区もパスして、来た電車に乗り込む。山陽本線の時刻は調べていなかったが、吉備線と違ってまあまあ本数はあるだろうと思ってはいた。これは当たりで寒い想いをすることなく、結構いいタイミングで来た電車に乗り込むことができた。暖かい車内で休息した。とにかく腹が減った・・・。

この後、昼ご飯にクレープとお握りを食べ、研修先の東岡山へJRで行く。しっかり勉強して再び駅に戻り、土産も買ってバスに乗り込む。そして慰労する。

土産は、愛媛にはないワッフルが好評だった。定番の吉備団子もよし。


今回のルート。

ろくにリサーチもしないので、吉備路の奥深さは相変わらずよく消化できていないが、自分にとって得るものがあったから充分。写真を見るとどれも曇り空で寒々としているけれども、ぼんやりと走るには良かったのかなと思う。何故か人にもほとんど会わんかったがそれもまた良しだった。ただまあ、お金は結構かかったかな。それでも、大会出るのもいいけど、こういうのも(が)いい。(研修の)機会見つけてお金貯めて時々したいなと思ってます。

2012-02-08 22:00:00 | 遠くへ~少しだけ非日常
先日、今年度になり所用でたびたび訪れているN市の外れにある集落の方に行ってみた。時間の関係で片道のみ。JRの駅の場所だけ確認した。交通量の多い県道を東に進み、いよいよ山というところの手前のコンビニで栄養補給した。今年2本目。粒を残さないように飲むと一気のみになってじっくり味わえんなあと思った。

飲みながら、山を見る。

午後というより夕方少し前。風はやや逆風。寒い日だった。遠くの山が白い。結構降っているようだ。

のどかな道をぼんやりと進む。大型のダンプやトラックが行き交う。だいたい市町村境というのは峠にあるもんだが、ここは何故か峠の手前の集落で突然現れた。

平成の大合併で愛媛は「村」はない。以前のそして今の市町を形成する村や集落が集まるいきさつというのはいろいろあるんだろうなと思った。必ずしも地形などの自然ではないんだな。ここからやや傾斜がきつくなり、山の道になった。工場がいくつかあった。やがて峠に出た。

峠を越えると、同じのどかさでもちょっと雰囲気が違うなと思った。風が強くなった。

頭の中の地図を頼りに、JRの駅を目指す。間違えたかまあ仕方ないかと、どきどきした頃に駅が見えた。列車が来るまで3分。トイレで着替えようと思ったが列車内は暖房が効いているから大丈夫だろうとそのまま乗り込む。

白い山は、峠の手前で見たのと同じように感じた。

何もしない贅沢

2012-02-06 12:45:14 | 徒然に2010-2013
繰り替え休業日。
何もせずだらだら過ごしているが、半ば確信犯的にだらだら過ごすことにしたので、気持ちはゆったりのんびり。ここんとこ、ずっと追われていたからなあと思う。休んでいるようで本当には休めていなかった。

風呂にでも行こうかとか、図書館で過ごそうかとかいろいろ考えたけど、根がおうち大好きなんで、家で過ごしています。風邪が治っている訳ではないので、こういうのもいいかなと。
この後は、ベッドに入って本でも読みます。やらなければいけないことはありますが、しません。

睡眠、食事といった生理的欲求が満たされることは大切ですし、それが満たされるのは、案外気持ちのゆとりが必要なんじゃないかと。気持ちより先に睡眠や食事なんじゃないかというのは当然なのでしょうが、案外、現代人は気持ちが先というパターンもあるんじゃないかなと思ったりしています。

勝手に第一回裏愛媛マラソン(36.5キロの部)

2012-02-05 17:02:52 | 徒然に2010-2013
応援に行く予定はなかったが、ヨメさんの「行かんの?」に思わず「行く」と応えたこともあり、とりあえずコースまで走っていってみようと思った。あくまでメインは走り。応援はついで。も一つ云えば、帰りにクロワッサンを買うのが目的、といったところか。

コースに着いたとき、ちょうど上位ランナーが通過。この辺はここまでくれば大丈夫?いやいやまだまだ気が抜けない40キロ地点。

スタート時間を計算してコースに向かったが早すぎたらしい。

力を振り絞ってコース走るランナーとすれ違うようにしてコース脇の道を行く。意識してか、少し姿勢が良くなるのを感じる。しばらく行くと、応援している職場の方々に会う。昨年初挑戦で見事完走するも儂と同じく抽選漏れのTさんや十分に走れる総力があると思うのに何故かハーフで止めているNさん、それからMさんも。みなさん一人一人にきちんと声を掛けて応援していて頭が下がる。もう少し先に行きますと告げ、さらにコースを北に向かう。知り合いを捜しながら行くが、なかなか見つからん。腹が減ったので最近行きつけのローソンでソーセージマフィンを買う。

時間が早いので予定より北へ行き、出場している職場の人を探すことにする。
フィニッシュが3時間少々と思われるランナーでも、35キロ付近は、かなりペースが落ちている印象がある。外から大会を見たことなどこれまでなかったのでなるほどと思う。自分では結構なペースで走っているようでも周りから見ればそうでもないんだな。
時間が後になるほどランナーの顔に余裕がなくなる。立ち止まり、風邪で出ない声を振り絞って「頑張れ」と拍手を送る。「頑張れ」という言葉を人に掛けるのはあまり好きではない。でも、それしか浮かばなかった。そしてただただ拍手をした。寒くなると少し走り、立ち止まっては拍手をした。それしかできないが、そうしたくなった。

職場の方3名は確認でき、声を掛けることができた。一ヶ月前からカーボローディングと称してがんがん食事を採り(というより彼は年中そうではあるが)、今日はロッテのユニフォームで参戦したS君は、向こうから気付いて声を掛けてくれた。余裕が感じられた。毎日自転車通勤で儂に声を掛けてくれるSくんの姿も見た(この日儂の方は声を掛けそびれた)。先日大阪を完走しているMさんにも会えた。去年の愛媛は途中の関門に引っかかったが、今年はいいペースで走っていた。何より、30キロ付近で、周囲の表情に生気がない中でも笑顔で走っているのが素晴らしかった。ゆとりはそれほどないはずだが、きっと周囲に感謝しながら走っている気持ちというかそういうのが出ているんだろう。改めて彼女の人の良さを認識した。昨年初マラソンでサブフォーのTさんは、脚の具合が芳しくないと聞いていたがどうだったのだろう(今確認したら見事二年連続サブフォー!気持ちでやりましたね)。また初挑戦のKさんも(やったねこちらも根性で完走!)。二人は結局探せなかった。昨日は職場の備品整理があった。儂の場合、整理した3階にある不要品を1階まで何度も運び(エレベータとかそういうのはないので)、片道48段を大体30往復あまりしたから、3000段の上り下りをしたことになる。ふくらはぎも太もももぱんぱんになっている。今日儂の職場から出場した5人も似たようなことをしていたはずだから、仕事とはいえ、大会を迎えるに当たってはちょっと不利な条件だったかもしれない。

寒くなってきたので、歩道橋を渡って道路の反対側に出、旧道を使って市内に戻ることにした。ランナーに対して逆送はともかく併走するのは失礼だろうと。淡々と走り、職場の近くまで来た時にまた腹が減り、コンビニでシュークリームを買う。郊外電車の駅まで無事に走り、終了。
指示されたデパチカのクロワッサンはタイミングが悪く切れていて、変わりにキャラメルナッツというやつを買った。

先日も記した儂が「出演」した今年の愛媛マラソンのCM、あれからずっとこれでもかこれでもかと流れまくり、最近では儂が5秒ぐらい延々映っているバージョンが出ていたらしい。あまり会わない人や話をしたことがない人からも言われたりするようになった。あのしんどそうな顔が、制作者の狙いと合致するんだろうか。30キロ、35キロ、40キロって本当に壁というか、その都度脚が止まるからね。ハーフや30キロ走にはない壁があるんです。
(これは先日帰宅ランの時に撮ったもの)
ともあれ、完走された方々、おめでとうございます。
来年はどうするかな。ますます参加者増えそうだな。参加資格ギリギリの別大とか防府とかそういう大会で、自分を追い込むという形もとらないかんのかなと思ったり。思うだけになりそうだが、少なくともそう思わずにはいられなくなるような今日のマラソンでした。別の角度からマラソンを見ることができたのは収穫ですかね。

ちなみに予定では勝手にフル走るつもりでしたが、昨日泊まり勤務関係のKさんと飲みしっかり酒が残るほど飲みまくったので出発が遅れ、今日の走行は30キロ余りになりました。本当はここからが踏ん張りどころなんだがなあ。まだ頭が痛い。

1勝2敗

2012-02-03 22:00:00 | 徒然に2010-2013
豪雪で北の方は被害が出ているらしいですが、テレビで見る尋常でない雪の量に、ただただびっくりしています。行政等々の支援でまずは早く安心できる状態になることを願うのみです。

さて、南国四国も雪ですが、少しの雪でも慌てふためくのが雪に慣れていない地方の「性」です。

今日は朝から救急車やらパトカーやらをたくさん見ました。
ということでまずは1勝の話。
今日は車に勝ちましたね。もちろん歩道も凍結していましたが、車輪があるものに比べ、回避動作は取りやすいようです。車もチャリも原チャリも走っているときは何とかなるのですが、ブレーキをかけると良くないみたいですね。

この雪、出勤後もしばらく溶けませんでした。愛媛というところは南に行くほど雪が降る(ある意味本当)のですが、このM市も年に1回ぐらいはこういうのがありますね。

で2敗の話。

しもやけできました。
それから、風邪を引きました。声が全く出ねえです。
今日は、来客や電話で結構支障をきたしました。雑談は声なしの手話で・・・。
でもまあ、早朝ランは普通にできましたから。車に勝つぐらい。
「KAZEは吹いている」なんて格好着けているヒマないな。早く治さんと。明日も出勤です。

家人は「愛媛マラソン落ちててよかったね」と温かい言葉をくれました。そだなたしかに。

浦安うろうろ薄明かりの中誰もいない中だらだらと走る

2012-02-01 22:00:00 | 遠くへ~少しだけ非日常
昨年末、家族行事を企画し東京方面に出かける。
2日目と3日目の早朝、早速走りに出かける。
御用納めの日までに600㎞クリアしていたので、もうこの2日間は「おまけ」というかだらだら走りが許される日である。
2日目(ということは浦安ラン初日)。TDLからシャトルバスで15分(とパンフにはあったが実際は20分ぐらいかかった)のホテルを出発し、まずは、バス通りを走る。

四国にはない某イトーヨーカドーの手前に、これも四国にはない某セブンイレブンで水分を買う(ホテル内にもコンビニはあるのだが、珍しいので)。

場所は、前日、ムスメとホテルから買い出しに行くときにチェックした。出不精のムスコと乗り物酔いで体調不良のヨメさんは付いてこず、ムスメと二人だったので路線バスを利用したが、距離的にはバスに乗るほどじゃなかった。でもこういうのもいいかと思った。まだ走り始めだが、店を出ると少し明るくなった気がする。東の方向に行く(ここでいう西とか東とかはたぶん正確ではないおおよそである)。少し走れば海が見えるはず。


大きな建物が多い。マンションばかりである。シャトルバスに乗っている時に気付いたが、JRより内陸側と海側では、建っている建物の様子が違う。こちら側は一戸建ての家はほとんどない。空き地も多い。開発時期が違うんだろうか。まったく人がいないわけではないんだろうけど、マンションに人の気配は感じられない。静かである。行き止まりになる。海を目指す。また行き止まりになる。海ははるか向こうにあった。


ぐるりと進路を南にとる。海に行く道は通行止めである。公園を入ってみる。最後の最後に、工事のフェンス越しに海を見る。まだ時間があったので、西に行き、公園の遊歩道から海を見る。

柔道の大会でよく目にする名前の大学の傍を通り、ホテルに帰る。1時間弱で5㎞そこそこ(でも歩いたわけではないんだこれが)。
3日目(ということは浦安ラン最終日)。昨日と同じくイトーヨーカドーの方に向かう。そこを通り越したところにある大学の周囲を回るように、西に向かい、南に(つまり元の方に)向かう。

まだホテルに帰るには早いかと思い、西に向きを変え、川を渡る。

川沿いに南に行き、また川を渡る。ここから先は行き止まりらしい。

ホテルの方角に戻ろうとして何となく目星をつけて走っているとすると、昨日来た道に遭遇する。そこから公園に入り、海沿いを走る。

地元のランナーが走っている。散歩に来た人がいる。海沿いを東に向かうと、人だかりがあった。今年最後の日の出を見ようと集まった人たちだった。


夕日のような朝日だった。以前、家族でその年最後の夕日をよく見に行っていた。
もうけもんの今年最後の日の出を見て、ホテルに帰った。


で、おまけとして今回の東京探訪記。
TDLは、実は何回か来たことがある。

でも子どもの様子をみていると何回来てもそれなりに楽しいらしい。鳥やら豚やらチュロスやら、そして全種類?のポップコーンを食す。この不規則な食生活がたたり、正月は胃もたれしていた。行列に並び1時間~2時間半待ちなんてのは以前は考えられんかったが、それでも二日間で3~4回はやった。

待っている間、中国語やら英語やらが飛び交っていた。

子どもが大きくなってからのTDLは、食べ物のことを心配しなくていいとか、待つ時間を気にしなくていいとか、コースター系が全員で楽しめるとか、やっぱり楽しみ方が違ってくるなと思う。我が家の場合、子どもたちから「行きたい」という希望が出ることは稀なので、今回は奮発した。それなりにお金をかけた価値はあったのかなと思う。



最終日は、これも以前に来た築地と浅草上野を探訪する。
築地は、ぶっつけで海鮮丼の店を探し、何とか目的を達成。どこがいいのか事前リサーチをしていなかった割には美味しい店にあたり、まあうまくいったのではないかと。

大晦日で正月買い出しの人混みにも紛れる。動きがとれない。十数センチずつ前に移動する。一つだけ、マグロの煮付け?を買う。

浅草は、スカイツリー経由で行く。写真とりまくる。


以前来たときは、東京タワーに行った。そのときに、東京タワー近くでテレビの取材に遇いムスコがインタビュー受けている様子が全国に流れた(地元の知り合いから「映っとったよ」といわれたのでたぶん間違いない)。そのときに「今度もっと大きなタワーができるんですよ」と教えてもらったことをムスコも覚えていた。子どもたちは、今回も東京タワー行くかという話も出たぐらい、結構好きみたいだ。

スカイツリーを見ながら(背にしながら)浅草まで歩く。浅草寺に行く。

竜が見えた。
人だかりである。初詣は明日の筈だがと話しながら進む。ムスメは自分で買ったデジカメでいろんなものを撮影している。もう二人とも写真嫌いになって、儂がカメラを構えると背中を向け、なかなか写真をとらせてくれない。もう諦めて歩いていると、若い女性四人組に「お願いします」といわれスマートフォンを渡される。スマートフォンというだけでどきどきする。うまくとれたかどうかを確認してもらい解放してもらう。
浅草でお決まりの人形焼きを買い、上野に移動する。

アメ横の人混みに挑戦しようとしたが、あっさり止める。たくさんの警官と尋常でない人の数で、店見ることなんてできんわあれは。止まらないで前に進んでくださいとずっと言っているのだから。
まあ、見るだけでも価値があったかと、一同、その隣の筋をぶらぶら歩き、安いランシューを買ったりしてそれなりに楽しんだ。儂は北アフリカ?か何かのバーガーを食した。この旅行中、よく食べた。

帰りの飛行機、大阪上空で、キャビンアテンダントさんの御厚意で座席を移動し、夜景をしばし眺める。地図と同じように神戸が見えた。これもまたもうけもんだった。