SNSに縛られ過ぎるのとモノが増えるというのは共通性がある気がする。切れない捨てられないいつの間にか激増している、みたいな。
この記事、投稿するといっておきながらなかなか上げられず。
リフォーム工事で業者さんの車が駐車しているため、帰宅できなかった6月のある日、郊外の商業施設で時間をつぶした。その時に、儂が車から降りる姿を見て、1時間以上、帰ってくるのを待ち続けた方がいた。
車に帰ったところで声を掛けられ、20分ぐらいお話をさせていただく。娘さんが近くの支援学校に通っているというお母さん、今年卒業するのだと。で、車の免許が欲しいどうだろう手が上手く動かないからどうかなでもいろいろなところに自分の意志でいけるのっていいよねみたいなまあそういう話を親子でしているらしい。
乗り降りしている様子とか車の運転の方法とか、求めに応じてみていただき知っている情報を伝えた。
1時間は待たせ過ぎたよなあ。でも親の想いって凄いなあたぶん2時間でも3時間でも待っているんじゃないかと思った。
で、その後たまたま秋に選挙の不在者投票で市役所へ行ったときに偶然再会した。娘さんもいた。思ったより障がいの程度は軽くはないように見受けられた。掛ける言葉が見つからなかった。
明るい感じで親子でおしゃべりする様子が眩しいと感じた。
この記事、書き留めておきたかったので年越さずに済んでよかった。
ただ、仕事はどうしても一つ残してしまったので、来年に続く、である。
娘さんの車に乗りたいという気持ちも、まだまだ続くんだろう。
技術の進歩がその想いに追いついてほしいなと思う。
事情により、年末は在宅勤務で過ごすことにする。わざわざ出て行かなくてもよく、かつしなければならないことがそこそこあったということ。
年明けに報告するレポートになかなか取り掛かれないでいたが、今日はじっくり向き合う。以前、研究していた手話に関する内容。
昔書いた論文をネットで検索する(便利になった)。とある学会誌に投稿して、7回落ちて(不採用並びに再査読)、掲載されるまでに4年かかった。通常は1年かからない筈だから、異例中の異例だと思う。そして。
今回、他の論文に引用されていることが分かった。ここ最近の論文。
引用されることは、論文の有用性を測る一つの尺度だと思っていたから、これは相当嬉しかった。
もう新しいことはそれほど(というより全く)できないが、今までやってきたことを自信をもって示していいのかなと思った。そして。
論文書くときにお世話になった、E大のT先生が今年度で退官されるということを聞き、何かしら「間に合った」なあと。元々聴覚畑の先生と、手話信者の私が組んだコラボは結構珍しかったのではないかと思う。聴覚か手話かではなく、現場や子ども(と親)に何かしら還元できる研究をというT先生の思いと懐の深さと的確な御指導で、しっかりしたものが書けたのだと思う。
退官記念パーティーに行けんのが残念だが、記念品代、振り込ませていただきました。
改めてありがとうございました。
課題はそれほど簡単に解決はしない、ということか。
最近の漕走。
変な力は入って加えたい力が入らない、という状態はそれほど去年とそれほど変わっていない。
速度が出ないと力を入れ過ぎるらしい
今日も自転車道へ。漕ぎ始めて暫く経ってから海からの風が強くなり、下りのスピードがかなり落ちる。で、今日は気付く。ここで力を入れてしまうのがいかんのかと。今日は気になるス......
ただまあ、いきなり次元が違うところに入ったのは確かで。3分どころか「17分」速い世界の景色を見ることができたわけで。
とりあえずあと3分に向けて
大分から記録証が届く。ハーフ1時間15分46秒で、クラス71人中58位。クラスの中では遅い。それでも自分としては、そんなに恥ずかしくない十分な成績だと感じている。出し切った......
陸上でも冬にどれだけやったかが結果に出るというし、地道に漕いでいこうと。
今朝は寒かった。写真はまだ温かい11月2日のもので、朝の「やり切った」感は、そのときに比べると倍ぐらい違うのかもしれない。ただ、大会前で感じるもろもろの不安は確かにあって。
今もいろいろ不安は多いが、とりあえず「漕ぐ」ことに専念したいなあと。
オレンジフェリー使うとかも考え、あれやこれやと行ける手段を模索していたが、つい先日決定的なことが。
マラソン開催日の前日(土曜日)が職場イベントに変更となる。しかもその代休は、後の日ではなく、一週間早い月曜日で「前取り」の形に。日曜の前後が出勤日になるのに加えて、イベント日も含めて2日休むとなるとさすがに難しい。
因みに、代休が1週間前に設定された関係で、その前の週は3連休。「長野」はもともとこの日開催予定だったとのことで、もしサミットがなくて例年通りならば、もう「鉄板」で行けた筈。
残念なのは確かだが、運と云うか巡り合わせというか、これも一つの「縁」かもしれない。
車いすマラソンの関係で、Nさんが地元局(南海放送)にちょこちょこと取材されていて。それにちょっとだけ「出た」わけで。
平日の夕方のニュースの時間帯。時間が短いから家族にも親にも「出るよ」とは言ってなかったのだが、思ったより声を掛けていただき(YouTubeの南海放送だけでなく日テレにもアップされたらしく…Yさんは、海外転戦していたレベルの方だからともかくとして、「弟子」のNさんいきなり全国区!)。
ワタシも出させてもらった形で申し訳ないです恐縮です。そして。数少ない親孝行ができ。
YouTubeを見たムスメからも温かいメッセージが(!!!)。
そして、10月の終わりに続いて先週も「大分参戦」ということで密着取材があり、NさんとYさんの師弟対決が放送され(これ自体フィクションかというぐらい劇的な結果でしたYouTubeの南海放送Ch4でも見れます検索して是非!!!)、そこにもちょこっとワタシがインタビューされていたのが映っていて。
今まで連絡が取れていなかった方からわざわざ「見たよ頑張れ」と。
もう涙が出るくらい(実際は出た)嬉しかった。NさんYさん、そして取り上げてくださったSさんありがとうございます(編集が滅茶苦茶大変だったとのこと)。
放送には出ていませんが個人的にも1時間切り(サブワン?)できていて格好がついて結果的によかったわいと。ただ。
インタビューのときにしていたマスク姿が、かっこ悪いなあと思い。
コロナ対策で「不織布」指令が出る直前に買ってお蔵入りしていたスポーツマスクを引っ張り出す。今のマスクにあてがって使うのうと悪くはない感じで。
いやもう取材はないんですがね。ははは。