白雲去来

蜷川正大の日々是口実

麿赤児を読む。

2017-11-03 07:39:23 | 日記
十一月一日(水)晴れ。

この歳になると、月が改まることに華やぎ感と言うものが感じられない。新しくなった月の行事や予定をカレンダーで見て、気持ちが高揚すると言うことが無くなった。考えてみれば、この歳になるまで、かなり刺激的な人生を送ってきたせいもあるのかもしれない。カレンダーも何か無機質な数字の羅列・・・。としか思えなくなってしまった。これではいかんと思い良い解決方法はないかと考えた結果、来年のカレンダーには、檜坂じゃなかった、権太坂でもない、事務所の前の蛇坂でもない、そうか欅坂46のカレンターにするかな。といってもメンバーの名前を一人も知らない。もう少し年増で家族に言い訳の出来るような・・・。吉田羊はどうだろうか。

そう言えば、先日読了した本がメチャクチャ面白かった。役者の麿赤児と言う人の自伝である。(『麿赤児自伝―憂き世穢れて候ふ』中公文庫)
である。私は、演劇の世界には全くと言って良いほど知識が無い。役者と俳優、タレントの区別もつかないが、この麿赤児という人の存在は知っていた。何と言っても、その風貌怪異は一度見たら忘れられない。当初、ハードカバーで発売された時に、その帯の解説にひかれて買おうかと思ったが、他に本を持っていたので、まあいいか。とパスしたが、なぜか心に残っていた。

その本が小さくなって、行きつけの書店の棚にあって偶然にも再会を果たした。こんなに小さくなっちゃってゴメンナ。と謝って即買った。私の本への直観はほぼ当たる。面白いのなんのって、歯医者の予約をキャンセルして、スタバでイッキに読んでしまった。そして二日後に、某社の記者氏との待ち合わせの時間より一時間半ほど早く行って、井土ヶ谷のマックで再読した。

土方巽や唐十郎や彼が立ち上げた大駱駝館などを知らなくても、絶対に面白いのだ。破天荒で波乱万丈、生き様は、一昔前の右翼浪人のようなのだ。特に、右翼の大物として知られていた三上卓先生宅を訪問し、あわよくば資金提供を受けようとする「武士は死せず、ただ消え去るのみ・テロリストM氏虚実会見記」は出色である。脚本を書いたり、演技をする、いわゆる「表現者」は、当然ながら文章も上手だ。作家になっていたとしても成功していたのではと思った次第。九百円+税、高いコーヒー一杯より満足感があること間違いない。是非ご一読を。

夜は、体調が悪く、珍しく「極ゼロ」一本のみで布団に入った。身体は正直なもので、せっかく作った「おでん」「牛丼」にもほとんど手を付けず、九時過ぎからひたすら寝た。明日は、酒が美味しく飲めますように。

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