11月6日(金)曇り。
朝は、マルシンのハンバーグ、目玉焼きとナポリタン添え、永谷園の「松茸のお吸い物」にとろろこぶを入れたスープ。福岡在住の後輩が、FBで、「福岡ではマルシンのハンバーグをあまり見かけません」と書いていた。所変われば品変わる。と言うが、テレビの「ケンミンショー」などを見ていると、しみじみと、そう感じてしまう。大熊雄次氏は、マルシンのハンバーグを「おでん」種にするそうだ。魚ニソに今はあまり見かけなくなった四角いプレスハム。子供のころを思い出す。
昼は、焼きそばパン一顧。夜は、牛丼、春巻、マグロの刺身を肴に酔狂亭にて独酌。
子供のころと言えば、私は母と二人で旅行に行ったことがない。旅行と言えば遠足か修学旅行くらいで、貧しかった昭和の30年代は、旅行どころか町内から出ることでも冒険だった。知らない街を旅行気分で訪れるようになったのは、民族派の運動に入った頃からで、街頭活動や各地で行われた、例えば日教組大会への抗議活動などで頻繁に地方に出た。個人的な旅行をするようになったのは25歳を過ぎた頃からだ。
母とは一度だけ旅行をしたことがある。母の生まれ故郷の富山は滑川へお墓参りと、母の妹の家にあいさつに行き、一緒に宇奈月温泉に泊まった。臆病な私は、一人で海外を旅したことが一度もない。最も、一人旅が楽しいなどと思ったこともない。感動を共に喜び合える人のいない旅なんぞしたくもないと真剣に思っている。