白雲去来

蜷川正大の日々是口実

楯の会関係の本二冊目。

2023-07-04 17:30:29 | 日記

6月27日(火)気晴れ。

朝食は、昔ながらのナポリタン、豆腐の味噌汁。昼は、伊勢佐木町のインド・カレーの「モハン」へ。何でもビルの建て替えのために今月一杯で閉店するとのこと。秋に他の場所で再営業と書いてあった。このお店の「ナン」が好きだ。夜は、久しぶりにハンバーグ・ナポリタン添え、エシャレットとトマトのサラダ、ナス炒め。お供は「黒霧島」。酔狂亭にて独酌。

アマゾンにて元楯の会の本多清氏の『三島由紀夫「最後の1400日」』(毎日ワンズ)を購入し、読了する。本多氏とは、昭和57年7月に、沖縄祖国復帰10周年を記念して行われた「民族派青年有志・戦跡慰霊巡拝団」に参加した折に、ご一緒させて頂いた。この時が確か初対面で、その後お会いした記憶がない。先日、この戦跡慰霊巡拝団を犬塚博英先輩と共に主催した、大日本赤誠会の笠原正敏さんに電話した所、本多氏の参加は笠原さんのご縁とのことだった。私は、この時、本多さんが楯の会の会員だったことを知らなかった。

本多さんの本の中で、驚いたのは自衛隊の体験入隊の訓練の厳しさ、当然ながら三島先生への思慕と森田烈士への慙愧の思い・・・。それは村田春樹氏の本を読んだ時にも感じたことだった。三島先生の死後、数えきれないほど様々な評論や検証をする本が出ている。当初は、幾冊か読んだが、正直言って食傷気味となっていた。その当時、村田、本多両氏のように実際に楯の会にいて三島・森田両烈士と共に、汗水流し「男の涙」を共有し、「楯の会」の真なる目的を知ったならば、楯の会に関する私の考えは、相当違っていたのに違いない。なぜ楯の会のように優秀な人たちが、その後政治運動に参加する人が少なかったのか・・・。私は、それが疑問でもあり、心の中にわだかまっていた。村田、本田両氏の本を読んで理解したことは、楯の会の人達は、いわゆる右翼・民族派の運動をするために楯の会に入ったわけではないと言うこと。まあ考えてみれば、あの優秀な人たちが、事件後に揃って民族派運動に参加したならば、私のような者の立場もなく、出番もなかったかもしれない。

20代の純粋な時に、三島由紀夫というノーベル賞候補ともなった文学者と接し、また同志でもあった森田必勝氏が三島先生と共に壮烈な自決をする。この衝撃的な出来事は、楯の会の人たちのその後の人生においても、それ以上の出来事に遭遇することはなかっただろう。普通に生きて行くことの方が難しかったのかもしれない。勝手な推測ですみません。

読後、岐阜の伊藤好雄さんに電話し、長話をした。交通事故の後遺症で体調が良くないとのこと。考えてみれば、私を含めて皆さん古希を過ぎている。病気と縁がないという方の方が少ないのかもしれない。


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