三月二十三日(月)曇り。
機関誌の発送を終えてひと段落である。今月は、後半、来月は前半に用事がつまっている。まず、今日は、夜の七時から、情報文化センターで田母神俊夫氏の講演会がある。明日二十四日は、午後一番で「WiLL」の花田編集長と関内駅で待ち合わせての打ち合わせ。夜は、恒例の「ヨンドン会」。
二十五日は、やはり午後一番で、朝日新聞社のO記者と待ち合わせ。夜は、宝島社のI編集長と打ち合わせ。I氏とは久し振りなので、怒涛の酒にならないように気をつけなければ。
二十六日は、東京で諸先輩との一献会がある。二十七日は、一日原稿書き。二十八日は、私が呼びかけ人の末席を汚している朝鮮の志士、金玉均先生の墓前祭が青山墓地にて行われるので出席。夜は、マスコミ関係者向けの講演会「フォーラム神保町・現代深層研究会」という会合にゲスト出演する。コーディネーターは、お世話になっている猪野健治先生や宮崎学、二木啓孝の両氏。会場のキャパは九十名で、申し込みはインターネットとのこと。二十九日は、家族で伊勢原にお墓参り。彼岸の中日に行けなかったので、和尚さんにお経を上げて頂く。夜は、堀善太郎君のお世話で、如月の望月の頃の夜桜会。
四月は、二日に、坪内隆彦氏が上梓した「アジア英雄伝ー日本人なら知っておきたいに十五人の志士たち」(展転社刊)の出版記念会があるのだが、生憎、三日に、「北海道青年フォーラム」があり、山浦嘉久先生の講演の前座を務めるために、打ち合わせなどで、前日から札幌に入る。四日も、行事が重なってしまった。朝一番の飛行機で羽田に戻り、午後一時から行われる後輩の結婚披露宴に出席するのだが、同じ時間に、九段会館で「戦艦大和を旗艦とするー艦隊戦士慰霊塔再建基金」のチャリティーコンサートがある。恐縮だが、代理出席とさせて頂く。六日から一週間は、検査入院の予定。当然、禁酒が続くのでゆっくり読書と原稿書きに励むつもり。と、まあこんな具合に、体だけは忙しい。
田母神氏の講演だが、さすがに月に二十五回も講演を行っているだけあって、とても聞きやすい。東京裁判史観や教育、戦後政治について一時間半。アット言う間だった。終了後は、友人達と直会。サリーの店で仕上げして、松本君に送って頂き帰宅。いい一日だった。
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