白雲去来

蜷川正大の日々是口実

詐欺師との誹りを受けるかも・・・。

2009-03-11 09:27:21 | インポート

三月九日(月)晴れ。

 午前中は病院で検査。一旦自宅に戻り、着替えを済ませてから東京へ。今日は、午後二時半から、大行社の本部事務所にて、作家の大下英治氏の取材を受ける。事務所に着いたのは、時間ピッタリ。すぐに取材が始まった。私が運動に入った動機や、野村先生との出会い、さらに野村先生の自決前後の様子などについて、約二時間程度の取材を受けた。

 本題の取材が終了した後に、今回の「週刊新潮」のガセ記事について話し合った。大下先生いわく「『週刊新潮』は、もう廃刊以外にない。事の重大さが全く分かっていないのだろうか。だとしたら、腐っているのではないか。これは過去に朝日新聞が行った゜『伊藤律会見捏造報道事件』(昨日の私のブログを参照して下さい)に匹敵する出来事」と、あきれていた。

 昨日のブログで朝日の過去の不祥事について書いたので、今日は、その不祥事の中でも、少しまともな話に触れてみる。 

 平成四年、野村先生は、当時日本青年社の会長であった故衛藤豊久先生からの要請を受けて、参議院選挙に立候補することを決意。戦う国民連合「風の会」を結成し、同志と共に全国において選挙戦を展開した。その選挙戦の最中に、「週刊朝日」の巻末イラストの「ブラックアングル」で山藤章二が、「風の会」を「虱の会」と揶揄した。

 これに対し、野村先生が激怒して朝日新聞社に抗議。野村先生は、「私は『虱』と言われようが構わない。しかし、今回立候補して頂いた人たちの中には、長年の大学教授としての功績で、陛下から勲章を賜った方や、弁護士、僧侶といった人たちがいる。その人たちを『虱』とは何だ。それも選挙期間中に」と・・・。そして朝日新聞社と熾烈な戦いが始まった。

 朝日新聞社と「週刊朝日」は、この野村先生の抗議に対して非を認めて謝罪。野村先生の自決当日に、全日空ホテルにて行われていた民族派のシンポジュウムの席で、当時の出版局長が謝罪をした。更に、朝日新聞社の東京本社社長室において、朝日新聞の社長の謝罪を受けた後に、社長らの見ている前で、野村先生は壮烈なる自決を遂げる。

 その週の、「ブラックアングル」は白紙のまま刊行され、「週刊朝日」は誌面上に謝罪記事を掲載した。

20448 白紙の「ブラック・アングル」

※クリックすると大きくなります。

  山藤章二はもとより、朝日は、「週刊朝日」の編集長、出版局長、更に、最高責任者である、朝日新聞社の社長自ら、野村先生と「風の会」の同志に対して謝罪したのである。これがマスコミの最低限のあるべき姿ではないのだろうか。

 この朝日の態度に対して、新潮はどうか。五万部も増刷し、センセーショナルな宣伝を行い、捏造記事を四週にわたって掲載した。現在、島村証言が捏造と、日本中のマスコミから指摘されているのにも関わらず、反省するどころか、恬として恥じない。

 もし「虚報」と知っていながら、報道し、五万部の増刷を行ったとすれば、これは詐欺に等しい。伝統的な出版社が、一部の心無い社員によって、社長はじめ、社員が「詐欺師」のそしりを受けることになるのだ。そういった危機感もなければ、ジャーナリストとして職を賭して、この愚挙、虚報を糺そうとする反骨の社員一人としていないのだろうか。

 「反骨」と言えば、私の頭に思い浮かぶのは、「斉にあっては太子の簡」の故事である。

 孔子が編纂したと伝えられている歴史書「春秋」に魯の左丘明が注釈をつけたと言われているのが「春秋左氏伝」である。その中に斉の宰相であった崔杼が、君主である荘公を殺した時、太子(国の歴史の記録管)が、竹簡に「崔杼其の君を弑(しい)す。」と彼を恐れずに記録に残したために崔杼に殺されてしまった。しかし、後を継いだ弟の太子も、同じことを記録に残したために、また殺されてしまった。更に、その末弟も堂々と同じことを書いたので、さすがに崔杼もあきらめて、彼等が書くがままにしておいた。

 これを「太子の簡」として、後世に示したのが、中国は南宋の軍人であった文天祥である。彼は、滅亡へと向かう宋の臣下として戦い、宋が滅びた後は元に捕らえられ、何度も元に仕えるようにと勧誘されたが、忠節を守るために断って刑死した。彼が残した最も有名な詩に「正気の歌」がある。

 その中に「動乱の時代になれば、節義が顕れ、一つ一つ歴史に残る」として、正気の顕れた歴史的事実を並べている。その最初に出てくるのが「太子の簡」である。

 今回のガセ、虚報記事を糺したとも、まさか命までは取られるまい。

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1 コメント

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・・・あの朝日でさえも一応、筋は通したというこ... (ツカモトカズヒロ)
2009-03-12 23:20:42
・・・あの朝日でさえも一応、筋は通したということですか。
新潮は生きながら恥といえますね。
迷っているのなら天を見よ、答えは出ていますよネ。
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