夢幻泡影

「ゆめの世にかつもどろみて夢をまたかたるも夢よそれがまにまに」

秋の野の 草の袂か 花薄

2007年11月10日 23時27分33秒 |  気になる詩、言葉
薄は大好きで、これから薄の写真が何度も出てきますと警告を出しておりましたね。
今日も薄の写真です。ごめんなさいね。



秋の野の草の袂か花薄 穂にいでてまねく袖と見ゆらむ
                 古今和歌集
                 在原棟梁

在原にいる大工の棟梁さんの名句。なんちゃって、ほんと私の書くものを信じちゃ駄目ですったら。

なに? 訳をしろって私に言うのですか? 人に言っちゃ駄目ですよ、貴方が馬鹿にされるからね。

花薄は秋の野の草の袂のようだ。 穂の身振りで私を招いている、、、
なんちゃって、、ほんとうかな~?
ちゃんと自分で調べなきゃ駄目ですよ。





花見つつ人待つ時は白妙の 袖かとのみぞあやまたれける
                 古今和歌集
                 紀友則

はいはい、訳ですね。
花を見ながら人を待っていると、白妙の袖だとばかり間違ってしまう。
意味がわからない? 困りましたね。
これは知人の恋人の陶淵明さんが重陽の節句に菊の花を摘みながら、酒を飲みたいな~って思っていたら、白い衣を着た王弘の使いが酒を持ってやって来た。それで酒を一緒に飲んだ。という盈把(えいは)の故事を踏まえているんですね。



まあ、これからも薄はたくさんアップします。
その都度、私はU20が私に袖を振ってくれているのか、お酒を持ったお届けやさんがくるのを待っているのか、どちらかを思いながら、どちらでもなくてただひたすら一人寝の侘しさを囲っているのかもしれません。

次に伝えるもの

2007年11月10日 22時26分06秒 |  岬な日々

普段はそれほど自分を主張しているとは思えない木々が、今は思いっきり自分の成果を主張している。



自分の後を継ぐものを誇らしげに晩秋の暖かい日差しの中に差し出している。



赤や金色に染められた彼らの後を継ぐものたち、それは見るからに生き生きとして確実に次への遺伝子が残されていることを主張している。



もちろん、これは単なる私の思いいれにしか過ぎないものだろうけど。



でも、種の起源から連綿と続くこの過程は、誇りに足るものだと思う。



それは木々にとどまらない。



ともすれば靴の下に踏みにじられそうな雑草でも同じ。



見てやってよ、私の子供たちを、って声が聞こえてきそう。







あきくさのしとろかはしにものものしくいきをさかゆるつわぶき

2007年11月10日 00時25分39秒 |  気になる詩、言葉

あきくさのしとろかはしにものものしくいきをさかゆるつわぶき
                      伊藤左千夫
ちょっとこのままでは読み辛いですね。「秋草のしどろが端にものものしく生きを栄ゆるつはぶきの花」 秋草が終わり、枯れ果てた庭に石蕗の花が凛として咲いているということでしょうね。

いま見しを月下の石蕗に時雨来る
                   水原秋桜子
これもどこか共通したイメージを受けるのです。

子供のころはなんとなくあまり綺麗な花ではないと思っていましたけど、よく見ると実は素晴らしく美しい花じゃありませんか。
特に群生ではなく、ちょっとだけ咲いていると毅然とした、端然とした雰囲気が感じられます。



でも群生しているとそれはそれでまた華やかなのですね。