旅のプラズマ

これまで歩いてきた各地の、思い出深き街、懐かしき人々、心に残る言葉を書き綴る。その地の酒と食と人情に触れながら…。

土の匂いのする電話

2022-03-25 11:14:15 | 時局雑感



 昨夜、遅く、けたたましく卓上の受話器が鳴った。
 「オイ、首藤か?…、分るか、オレが…池田だ」
 懐かしい高校時代からの友人の声だった。声は続く…
 「ある友人にお前の本『蔵元の薦める飲み屋』を渡しておいたら、今日電話があって、『いい本だなあ。こんな本が書ける友人がいるのか、お前は幸せだなあ』と言われた。うれしくなって久しぶりにお前に電話したんだ」
 彼は私が出版するたびに読んでくれ、「本が書けるなんて羨ましいなあ。俺には絶対にない才能だ。首藤、お前は俺の誇りだ」と言ってくれていた。
 高校時代の彼と私は、全く生き方を異にしていた。彼はラグビー部で、放課後はグランドの土にまみれていた。私はいわば図書館族だった。そして私は、自分に絶対にない能力を持つ彼を、いつも羨望の目で見ていた。
 図書室から出た廊下で、グラウンドから上がってくる彼とすれ違うことがよくあった。彼の太ももの傷には血が滲み、汗にまみれたジャージには土の匂いが溢れていた。
 ほとんど口をきいたこともなかった高校時代を経て、東京の同窓会で度々会うようになり、私は、彼が豊かな感受性の持ち主であることを度々知った。そしてそれは、泥まみれのスクラムの中で、相手選手の息遣いを感じながら育んだものだと思った。つまり、私などが到底持ちえない豊かな感受性を彼は持っているのだ。
 久しぶりに、遥か臼杵高校の土の匂いを伝えてくれた電話であった。


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