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例えば、預金する。数か月後には利息がついているのかもしれない。その所有権はぼくにあると考える。必要になればカードを入れて、利息もろとも引き出すつもりだ。
管理と権利の問題であるともいえた。
「もし、子どもができたとしてだけど」ぼくらはそういう可能性のある行為の実践者である。「わたし、育てる自信もないから多分、堕ろすと思うよ。そうなったときには」
銀行の窓口係りに徹するべきはずの人間から突然、そう宣言される。ちょっと待って。そもそも、ぼくの預金でもあるのだしね。あなたは貸金庫。ぼくの権利はどこにいくのだ? 宿の予約金もおさめている気でいた。
すると、その行為をしつづけた場合、結果としてこういう結末を迎える心配がでてくる。元本もろとも喪失。ぼくはその立場に魅力を感じない。微塵も。ならば、銀行を変えることにしよう。だが、なかなか金利も上がらなかったし、どの銀行も横並びだ。男女間にフェアなど決してないが、こうした情報が不意にぼくの耳に入った。
何でも買えるということが幸福と達成の直接の近道ではないと仮定する。あるサッカー・チームは潤沢な資産で有能な選手を買いまくる。その結果、やるべき形が失われる。さらに買う。買ったものを安く売る。賢くやりくりという主婦目線の内容をぼくは書こうとしていたのか? 財布には十一円。それで充分。五円玉がいっぱいあっても困るだけだ。
コンビニで商品を選ぶ。お金を払う。お釣りをもらう。その際にレシートの所有権は移管されるはずだが、たまに無視される。ずらっと後ろに次のお客さんたちが並んでいる。効率化も無視できない世の中なのだ。
自分が、自分の所有を主張するのが難しくなる。体験も思い出も自分のものだ。だが、見た方角から異なった感情が起こり得る。
居酒屋で注文の品も出揃い、空腹でもある。さて、という楽しみの瞬間の絶頂にいる。
「なんか、調子悪いんだけど」突然の襲撃。
「え?」
数年経って、この日のぼくの振る舞いが糾弾される。ぼくの家も店から近い。風邪薬でも買って、ゆっくりベッドで寝ていれば、という結論。ほら、このカギ、と言ってポケットから金属片を差し出す。ぼくもささっと食って飲んで帰るから。酔うつもりもまったくない。一時間もいない。
だが、この場合はすべての楽しみを放棄して寄り添って帰るべきなのだ。女性はそれを望んでいた。ぼくは効率ということを常に考慮に入れている。酔いも訪れずに、ベッドのとなりに入る。心配もしている。頼む前じゃない? 体調不良の宣言はとも思っている。冷たさが、ぼくのデフォルトの感情なのだろうか。
別の日。ぼくは別の女性とこの近くの店でケンカをしていた。小さな声での口論である。誰ものぞんでいない。料理がある。彼女は怒って席を立つ。気まずそうな店員。ぼくは酔わなければならない。しかし、そういう場合はそう簡単にやってきてはくれない。ぼくは、この日のことを思いだしていた。楽しく酔おうという低い目標すら達成することがむずかしい。逃げられる男。今度の場合もやりとりを知らない店員は風邪だとも思っていないだろう。フラれた男。そのことに平然といられる度胸。ぼくはベッドで横になっている。ぼくにはお金があるが、きょうは預けることができない。機械はメンテナンス中である。不親切な、終了時刻も表示しない札だけがそのことを告げている。
なぜ、無様なことを書く必要があるのか。誰も得をしない。誰も興味がない。漢字とひらがなと白い空間のバランスにぼくは酔いたいだけなのだ。それを埋めるためには出来事を要する。
ぼくが結婚したいという感情が起こったのはたった一度きりだった。それを過ぎた自分は決定的な関係などないことを当人である自分自身がいちばんよく知っていた。弱小チームは一部リーグにいるだけで御の字だ。世界最強のストライカー集団を買い集めることなどできない。ケガが慢性的で完治しない足の遅い、スタミナのないストライカー。ぼくの正体がそれであり、望むものもそれだった。どうにかやりくりして採算を合わせるように一部にのこる。また、来年もこれの繰り返しだった。
ぼくには失礼という感情すらなくなった。
どこかで本気になっている姿を見せてしまうことを恐れている。同時に恥というものを失ったら終わりだと痛感している。さらに、茶化せるものなら、茶化してこの場を終わりにしようと切望した。その複合体が自分であり、こんな自分の赤ん坊など欲しくないというのも正当な拒否だった。
辞書を見る。「怪我勝ち」ということばがあった。アン・アクシデンタル・ヴィクトリー。思わず、勝っちゃった。常套ではないが、たまには、あってもいい。思わず、できちゃった。困るのか、それを生かすのか。望まないと、結局は虐待につながるという報告もある。ぼくは虐待される子どもをつくらなかった。元本も割れた。ひとり居酒屋のカウンターの端に陣取り、自分の冷たいベッドを夢見る。その温度も分からないぐらい、今日も酔ってしまえと自分に期待していた。金属片はきょうもポケットのなかで冷たい。
例えば、預金する。数か月後には利息がついているのかもしれない。その所有権はぼくにあると考える。必要になればカードを入れて、利息もろとも引き出すつもりだ。
管理と権利の問題であるともいえた。
「もし、子どもができたとしてだけど」ぼくらはそういう可能性のある行為の実践者である。「わたし、育てる自信もないから多分、堕ろすと思うよ。そうなったときには」
銀行の窓口係りに徹するべきはずの人間から突然、そう宣言される。ちょっと待って。そもそも、ぼくの預金でもあるのだしね。あなたは貸金庫。ぼくの権利はどこにいくのだ? 宿の予約金もおさめている気でいた。
すると、その行為をしつづけた場合、結果としてこういう結末を迎える心配がでてくる。元本もろとも喪失。ぼくはその立場に魅力を感じない。微塵も。ならば、銀行を変えることにしよう。だが、なかなか金利も上がらなかったし、どの銀行も横並びだ。男女間にフェアなど決してないが、こうした情報が不意にぼくの耳に入った。
何でも買えるということが幸福と達成の直接の近道ではないと仮定する。あるサッカー・チームは潤沢な資産で有能な選手を買いまくる。その結果、やるべき形が失われる。さらに買う。買ったものを安く売る。賢くやりくりという主婦目線の内容をぼくは書こうとしていたのか? 財布には十一円。それで充分。五円玉がいっぱいあっても困るだけだ。
コンビニで商品を選ぶ。お金を払う。お釣りをもらう。その際にレシートの所有権は移管されるはずだが、たまに無視される。ずらっと後ろに次のお客さんたちが並んでいる。効率化も無視できない世の中なのだ。
自分が、自分の所有を主張するのが難しくなる。体験も思い出も自分のものだ。だが、見た方角から異なった感情が起こり得る。
居酒屋で注文の品も出揃い、空腹でもある。さて、という楽しみの瞬間の絶頂にいる。
「なんか、調子悪いんだけど」突然の襲撃。
「え?」
数年経って、この日のぼくの振る舞いが糾弾される。ぼくの家も店から近い。風邪薬でも買って、ゆっくりベッドで寝ていれば、という結論。ほら、このカギ、と言ってポケットから金属片を差し出す。ぼくもささっと食って飲んで帰るから。酔うつもりもまったくない。一時間もいない。
だが、この場合はすべての楽しみを放棄して寄り添って帰るべきなのだ。女性はそれを望んでいた。ぼくは効率ということを常に考慮に入れている。酔いも訪れずに、ベッドのとなりに入る。心配もしている。頼む前じゃない? 体調不良の宣言はとも思っている。冷たさが、ぼくのデフォルトの感情なのだろうか。
別の日。ぼくは別の女性とこの近くの店でケンカをしていた。小さな声での口論である。誰ものぞんでいない。料理がある。彼女は怒って席を立つ。気まずそうな店員。ぼくは酔わなければならない。しかし、そういう場合はそう簡単にやってきてはくれない。ぼくは、この日のことを思いだしていた。楽しく酔おうという低い目標すら達成することがむずかしい。逃げられる男。今度の場合もやりとりを知らない店員は風邪だとも思っていないだろう。フラれた男。そのことに平然といられる度胸。ぼくはベッドで横になっている。ぼくにはお金があるが、きょうは預けることができない。機械はメンテナンス中である。不親切な、終了時刻も表示しない札だけがそのことを告げている。
なぜ、無様なことを書く必要があるのか。誰も得をしない。誰も興味がない。漢字とひらがなと白い空間のバランスにぼくは酔いたいだけなのだ。それを埋めるためには出来事を要する。
ぼくが結婚したいという感情が起こったのはたった一度きりだった。それを過ぎた自分は決定的な関係などないことを当人である自分自身がいちばんよく知っていた。弱小チームは一部リーグにいるだけで御の字だ。世界最強のストライカー集団を買い集めることなどできない。ケガが慢性的で完治しない足の遅い、スタミナのないストライカー。ぼくの正体がそれであり、望むものもそれだった。どうにかやりくりして採算を合わせるように一部にのこる。また、来年もこれの繰り返しだった。
ぼくには失礼という感情すらなくなった。
どこかで本気になっている姿を見せてしまうことを恐れている。同時に恥というものを失ったら終わりだと痛感している。さらに、茶化せるものなら、茶化してこの場を終わりにしようと切望した。その複合体が自分であり、こんな自分の赤ん坊など欲しくないというのも正当な拒否だった。
辞書を見る。「怪我勝ち」ということばがあった。アン・アクシデンタル・ヴィクトリー。思わず、勝っちゃった。常套ではないが、たまには、あってもいい。思わず、できちゃった。困るのか、それを生かすのか。望まないと、結局は虐待につながるという報告もある。ぼくは虐待される子どもをつくらなかった。元本も割れた。ひとり居酒屋のカウンターの端に陣取り、自分の冷たいベッドを夢見る。その温度も分からないぐらい、今日も酔ってしまえと自分に期待していた。金属片はきょうもポケットのなかで冷たい。