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無料でも迷惑。
ヨシュア・トゥリー。1987年の発売。名盤。とある雑誌のランキングでも歴代のアルバムで二十六位という快挙。自分も実際に何度、聴いたかも分からない。その後もリリースされた新盤も、発売とともに買った。二十七年後の世界。音楽配信のサイトで新しいアルバム全曲が無料でダウンロードできる。儲けを度外視した世界に彼らはもういた。左団扇。
「知らないアーティストの曲が勝手に落とされ、容量くって困るんだけど…」
「え?」
あの可愛かったアイドルも毒舌タレントに「ババア」呼ばわりされている衝撃。まさに。アイルランドの英雄も過去の遺物。
ただでも迷惑。
自分を可愛がってくれたひとがいる。過去に部長までいったひとだが、退職したあとも働いている。偉そうな素振りもまったくせず、滑稽というか洒脱というか、そういううらやむべき地位にいる。ああなりたいなとまで思わせる軽みがあった。
たまにいかにも手作りのお弁当を食べていた。妻は亡くなっている。金曜の勤務時間が終わりそうなときに、そわそわしだして、ネクタイを別のものに取り換えている。あそびがあるという自信。
ぼくのことを誉めてくれた幾人かのひとり。その職場を去るときにランチをおごってくれた。優しいひとである。処分に困ったのか分からないが、やらしい映像の銀の円盤も多数くれた。家に帰り、再生させると、最初の主題になる。遠回り。「趣味が合わなくて、全部、つまんないんだけど。ただでも、いらないよ」とひとり言。即刻、ゴミ箱に放り込んだ。むずかしいものである。ストーリーが好きな自分。試合だけを見ても、なんとなくがっかりで、例えるなら、相撲の塩をまいている瞬間が好きであった。
このひとのエピソードでいくつか覚えているものがある。
六十代。帰り道のレンタル店でやらしい映像を借りようとしている。
「あと、一本足すと、割引になりますよ」と、若い女性店員にアドバイスされている。
「まさか、探しにいったりしてないですよね?」と、ぼくは質問した。
「いや、そこに置いて、もう一本、どうでもいいのをもってきたよ」赤面地獄。
さらに、同年代のひとと週の半ばあたりに半分ずつ交換して見ていた。男性の持続力を求める社会である。
若いころ、かなり遊んだらしい。天罰という大げさなことばを信頼していないのに持ち込む。
「娘三人が年頃になって、暑いさかりにクーラーでガンガン冷やした部屋で、彼氏を呼んで、みな大合唱だよ」
「注意しないんですか?」でも、どうやって?
「しないよ。あの夏の電気代、ものすごい高かったんだけど」
家を買ったが、日本の土地、家信仰のピークのときで、ローン代がもっとも膨らんだ時期に購入を決断したそうだった。やっと、終わるとも言っていた。孫があそびにきて、余計なものを発見してしまい、娘におこられている。大合唱後の世界でもある。
いっしょに外回りをしている。役目もすめば喫茶店でぼんやりである。カバンもちのような位置にいるが、かといって威圧的なところがまったくない。世の中、楽しく過ごそうね、という無意識のこだわりがある。こういう主義をつらぬくには、仕事ができてこそといまの自分は知っているが、当時は、その軽みだけをありがたかっていた気もする。
先輩受けするひともいるし、上司にいたく可愛がられるひともいる。ぼくは、そういうタイプでもないが、まれにぼくという犬のあたまを撫でてくれるひとも出現する。尻尾をふる。そういう単純な行為にも疑問を感じるタイプでもあった。もっと素直になれば良かった。
音楽もやらしい映像も、自分の好みや嗜好に応じたものを、きちんと選んで鑑賞するのが最善であるのだろう。
仕事で外出した。クレームの解決も師匠のおかげで片付いて、どこかの居酒屋で飲んでから帰るかということになった。ぼくは先に店を探し、料理も注文しておく。
「オレ、固い鳥、ダメなんだよ!」と悲しそうに彼は言う。
むかしの歯科治療の不備で、直ぐに歯を抜いてしまい、結果として焼き鳥が苦手だった。ぼくの気転は自分の胃袋におさまった。その店を出て、彼は近くの目に付いたうなぎ屋に行き、ぼくは可愛い店員がいる居酒屋に行った。汗をながす時間をショートカットして眠りにつく。
他人との触れ合いでイライラがまったく生じないことなどないと思っていたが、この日々をふりかえってみると皆無であり、和やかな自分しか再発見できない。会うべきときに、会うべきひとと、会って生じた思い出。円盤がなくてもぼくのあたまのなかで再生され、何度かリピートも加える。感謝を告げる機会がいつかもてればいいが、わざわざ刻印を押すようなことを避けたいとも願う。これが軽みの究極的なあるべき形でもあるのだろう。重厚さ、きらびやかさ、ヴェルサイユ宮殿的な威光。そんなことよりも、日本の書にも似たささいな筆の薄いかすれのようなモーメントや体験を大事にしたい。
これはお金を払ってでも、味わうべき事柄だった。こんな四十代の最初の日々。ウイズ・オア・ウイズアウチュー。
無料でも迷惑。
ヨシュア・トゥリー。1987年の発売。名盤。とある雑誌のランキングでも歴代のアルバムで二十六位という快挙。自分も実際に何度、聴いたかも分からない。その後もリリースされた新盤も、発売とともに買った。二十七年後の世界。音楽配信のサイトで新しいアルバム全曲が無料でダウンロードできる。儲けを度外視した世界に彼らはもういた。左団扇。
「知らないアーティストの曲が勝手に落とされ、容量くって困るんだけど…」
「え?」
あの可愛かったアイドルも毒舌タレントに「ババア」呼ばわりされている衝撃。まさに。アイルランドの英雄も過去の遺物。
ただでも迷惑。
自分を可愛がってくれたひとがいる。過去に部長までいったひとだが、退職したあとも働いている。偉そうな素振りもまったくせず、滑稽というか洒脱というか、そういううらやむべき地位にいる。ああなりたいなとまで思わせる軽みがあった。
たまにいかにも手作りのお弁当を食べていた。妻は亡くなっている。金曜の勤務時間が終わりそうなときに、そわそわしだして、ネクタイを別のものに取り換えている。あそびがあるという自信。
ぼくのことを誉めてくれた幾人かのひとり。その職場を去るときにランチをおごってくれた。優しいひとである。処分に困ったのか分からないが、やらしい映像の銀の円盤も多数くれた。家に帰り、再生させると、最初の主題になる。遠回り。「趣味が合わなくて、全部、つまんないんだけど。ただでも、いらないよ」とひとり言。即刻、ゴミ箱に放り込んだ。むずかしいものである。ストーリーが好きな自分。試合だけを見ても、なんとなくがっかりで、例えるなら、相撲の塩をまいている瞬間が好きであった。
このひとのエピソードでいくつか覚えているものがある。
六十代。帰り道のレンタル店でやらしい映像を借りようとしている。
「あと、一本足すと、割引になりますよ」と、若い女性店員にアドバイスされている。
「まさか、探しにいったりしてないですよね?」と、ぼくは質問した。
「いや、そこに置いて、もう一本、どうでもいいのをもってきたよ」赤面地獄。
さらに、同年代のひとと週の半ばあたりに半分ずつ交換して見ていた。男性の持続力を求める社会である。
若いころ、かなり遊んだらしい。天罰という大げさなことばを信頼していないのに持ち込む。
「娘三人が年頃になって、暑いさかりにクーラーでガンガン冷やした部屋で、彼氏を呼んで、みな大合唱だよ」
「注意しないんですか?」でも、どうやって?
「しないよ。あの夏の電気代、ものすごい高かったんだけど」
家を買ったが、日本の土地、家信仰のピークのときで、ローン代がもっとも膨らんだ時期に購入を決断したそうだった。やっと、終わるとも言っていた。孫があそびにきて、余計なものを発見してしまい、娘におこられている。大合唱後の世界でもある。
いっしょに外回りをしている。役目もすめば喫茶店でぼんやりである。カバンもちのような位置にいるが、かといって威圧的なところがまったくない。世の中、楽しく過ごそうね、という無意識のこだわりがある。こういう主義をつらぬくには、仕事ができてこそといまの自分は知っているが、当時は、その軽みだけをありがたかっていた気もする。
先輩受けするひともいるし、上司にいたく可愛がられるひともいる。ぼくは、そういうタイプでもないが、まれにぼくという犬のあたまを撫でてくれるひとも出現する。尻尾をふる。そういう単純な行為にも疑問を感じるタイプでもあった。もっと素直になれば良かった。
音楽もやらしい映像も、自分の好みや嗜好に応じたものを、きちんと選んで鑑賞するのが最善であるのだろう。
仕事で外出した。クレームの解決も師匠のおかげで片付いて、どこかの居酒屋で飲んでから帰るかということになった。ぼくは先に店を探し、料理も注文しておく。
「オレ、固い鳥、ダメなんだよ!」と悲しそうに彼は言う。
むかしの歯科治療の不備で、直ぐに歯を抜いてしまい、結果として焼き鳥が苦手だった。ぼくの気転は自分の胃袋におさまった。その店を出て、彼は近くの目に付いたうなぎ屋に行き、ぼくは可愛い店員がいる居酒屋に行った。汗をながす時間をショートカットして眠りにつく。
他人との触れ合いでイライラがまったく生じないことなどないと思っていたが、この日々をふりかえってみると皆無であり、和やかな自分しか再発見できない。会うべきときに、会うべきひとと、会って生じた思い出。円盤がなくてもぼくのあたまのなかで再生され、何度かリピートも加える。感謝を告げる機会がいつかもてればいいが、わざわざ刻印を押すようなことを避けたいとも願う。これが軽みの究極的なあるべき形でもあるのだろう。重厚さ、きらびやかさ、ヴェルサイユ宮殿的な威光。そんなことよりも、日本の書にも似たささいな筆の薄いかすれのようなモーメントや体験を大事にしたい。
これはお金を払ってでも、味わうべき事柄だった。こんな四十代の最初の日々。ウイズ・オア・ウイズアウチュー。