爪の先まで神経細やか

物語の連鎖
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悪童の書 bl

2014年10月11日 | 悪童の書
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 キャッチャーという役割が好きだった。小学生のころ。野球の達者な子が投げる早いボールを見事に受け止める。バッターは空振りする。そのバットとすれすれの場所にぼくのミットがある。恐れてはいけない。

 女性の本気になった気持ちを闘牛士のようにスルリとかわしている。重いのだ。すべてが、重いのだ。

 ぬかに釘。のれんに腕押し。

 運命を。もっと、運命を。ナンパという行為にも運命的な要素を。

 その通りにぼくがいて、その瞬間に、その通りを誰かが歩いている。

 失恋を。もっと、失恋を。失恋三部作と勝手に命名している。エターナル・サンシャイン。500日のサマー。シルヴィアのいる街で。映画。楽しい経験を上回る辛さ。差し引き。しかし、しないわけにもいかない。まっさらのページを何かで埋める。

 絶対という観点。観念。怨念。まだ中学生である。ある友人は、告白する日付けを自分で決めていたそうだ。この日が来たらという具合に。青春という再ダウンロードが不可の通過点。その前日、別の男性が彼女に自分の気持ちを伝え、見事、成就。彼の口から自分の失敗した要因と焦燥を何度も訊かされる。もし、その実行を数日だけ早めていれば結果はどうだったのだろう? もう、ぼくの問題ではない。そもそも、ぼくが悩むこともない。神のみぞ知る。

 その女性はぼくが知っているだけでも四人の同級生と交際した。モテる方なのだ。絶対という問題は「主体」であることから派生する子どもなのだろうか。受容や受け身に絶対などないようにも思える。彼女は少なくとも四回は受容した。絶対的に。そして、四人の男性はその後、等分とは限らないが苦しんだかもしれない。四つの生まれた苦しみ。種が恋であり、失恋は実であり甘い果実だった。ものごとを一段階ずつずらせば。

 ぼくは友だちの家でその彼女の手を握って眠っている。なぜ、そんなことをして、なんで、そこまで止まりなのかも分からない。ぼくは四人に加わらない。交際したいとも思っていない。可愛いが、ぼくにとってパンダが可愛いぐらいと等しい立場にいる。パンダのことを思って、夜も眠れないという柔な誘惑は遂に訪れなかった。ぼくは安心だけがほしい。彼女もイヤそうな素振りをしなかったし、その後、どこかで会っても、ぼくらはその日の両者に関連する思い出を話題にしなかった。

 添い寝というのが最上の部類なのだ。コンセントプラグのような確実な密着ではなく、セロハンテープでの仮止めぐらいがぼくに合っている。そして、本気の気持ちから逃げ出そうとしている。逃げおおせる。

 なんだか、追い駆けられて困っているという優越感があるように書いている。ただ、がっぷりよつを避けているだけだ。

 自分の体内でどう住み分け、同居しているのかさえ納得ができない。でも、直ぐ好きになる。ズボンを履いて、エプロンをして、健気にビールのおかわりのジョッキを運んでくれるだけで。

 コピー機に向かって作業をして、背中をこちら側に向けている姿を好きになれない。会社員、失格である。それだけで。オフィスの愛などないに等しい。仕事が終わって、香ばしい匂いが充満する酒場にぼくのすべてがある。運命を論じる。無数の店があり、無数の女性がいる。どこかで邂逅する。告白するという前後にまたがる機会を、ぼくは知らないと急に理解して不安になる。

「ねえ、顔、かわいくない?」と、当人が答えらえない(答えにくい)質問を無数に投げかけている。度胸も勇気も介在しない。口を開けば、これである。

 友人のことに戻る。付き合って数日目の女性に(再)告白することなど不可能だったのだろうか? やはり、子どもである。虫かごのなかの虫には所有権が存在し、その扉を開き、採取する行為は楽しみではない。単純な盗みである。

 では、自分は一時的にせよ、盗んでこなかったのか? 指輪が告げる主張。無言で。

 朝、知らない女性が横にいる。虫かごに勝手に入っている。向こうからのこのこと。タコやうなぎを捕まえる方法に似ている。習性を利用する。その瞬間を覚えていない。網を振り回したはずなのに。精一杯の力量で。横にいる。突ついてみる。生きている。誰だろう?

 下着に名前が書いてある。そんなはずもない。身元不明。捜索願い。こちらから依頼することは可能なのか? ここにいるひとを探す。彼女も受容した。絶対にぼくである必要もない。七十億人中の三十五億番目の人間。

 目を開ける。戸惑いとよろこび。歓喜と困惑。ぼくの名前を間違うこともなく言う。

「それで?」

 名前を今更、どう訊ねるのだ? 彼女はキャッチャー。ぼくのボールを受け止める。棒も受け入れる。添い寝の及第点。いや落第。

「電話して、ね」電話を見ると女性らしい下の名前が登録されていた。ぼくは彼女の何を知っている? 足のサイズ。指の数。よろこびの源泉。髪の毛の本数。名前を覚えられない。顔は覚えられる。手の平の温度。数値より絶対的な感触。相性。後半に、作り話をもちこんでしまった。失格である。

 何度かうちに来るようになる。下着に名前が書いてある場合もある。ピチ山ジョン子。とても変わった名前だ。

コメント
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