爪の先まで神経細やか

物語の連鎖
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雑貨生活(5)

2014年10月24日 | 雑貨生活
雑貨生活(5)

 ぼくは万引きを常習とする。

 私の家の玄関にきれいなパンプスが置いてある。
 黄色と黒のリボンがついている。

 彼女の部屋にそのような靴はない。これは現在のことではないのかもしれない。しかし、趣味からいっても、彼女がそのようなタイプの靴を好んで履くようにも思えなかった。

 別に自分自身のことしか書いてはいけないという法則などないのだ。ぼくにもオリバー・ツイストが書けるのかもしれないし。

 ぼくは彼女が録りためたテレビのドラマを見ていた。俳優論。俳優というのはどこかにいる誰かになるべきだというのがぼくのつまらない持論だった。海での生活が舞台であれば漁師になり、山ならば木こりになる。もちろん、それらのひとが主人公になるドラマをぼくは急に想像できない。誰か、もっと機転の利くひとがいつか作ってくれるのだろう。「あまくん」

 オマージュ。リメイク。むかしの着物はきれいに洗って仕立て直したらしい。ぼくは彼女の無数のメモを、引き出しごと抜き取り、床に置いた。紙片はカサカサとしている。自分で書きのこしたものでありながら、日が経つと客観的な隔たりもできる。芸術への奉仕への快感と同時に、冷静な審美眼も求められている。だが、それは共存するのだろうか。

 彼女が書いたドラマが今度、一回だけ放映される。評判が良ければ次があるそうである。試写の段階ですでに内定のようなものが出されているそうだ。よく聞けばそこには政治のようなものがある。政治というのは内密と多数派の派閥に気に入られるという大雑把なぼくの印象で、そう表したに過ぎない。

「どういう話?」
「復讐と気付かないで、潜在的な復讐する原動力に支配される話」
「え?」

「あなたみたいに」
「ぼくみたい?」
「前の女性を美化して忘れられないフリをしているけど、正反対にいる私を選ぶということで、きっちりと復讐しているのよ」
「好みが変わるだけだろう」
「変わらないよ、そんなの」
「変わるよ」
「たけのこが好きなひとは、ずっと、たけのこが好き」

 ひとの目に触れる。その第一段階がそもそも難しかった。ゼロからイチ。それを二にするのは簡単な気もする。永続して三十や四十にするのもまた難しい。枯渇。干上がった井戸。ぼくは一匙の水も得ないまま、将来を心配している。

 翌朝、彼女は出勤する。寝不足気味でも元気があった。

「仕事が終わったら、ちょっと、打ち合わせがあるから遅くなる」

 政治。段取り。票数。経費のやりくり。ひとは参加した場合は、勝たなければならない。アマチュアでも。

 ぼくは自分のスニーカーを天日に干した。殺菌にでもなるという漠然とした予想とともに。となりに彼女の分もそろえて置いた。足のサイズが分かる。だが、なかまで見ない。サイズというのはなんなのだろう? 胸のサイズ。美しいことばの数々をぼくは声に出す。第一位は、「勇敢」のようにも思えた。つづいて「柔らかい胸」も候補として首を長くして待っているのだ。

 玄関の戸を閉め、「柔らかそうな胸」という。そこには期待値があるため、より美しくなる。短いスカート。短くなったスカート。ネクスト。未来に向かって書きながらも、それは過去の集積の美しい沼、たまった澱みのなかから選ばなければならない。ひとはどういう風に行動するのか? なにを怒りにして、どう優しさを際限もなくあらわすのだろう。

 ぼくは復讐をもとにして物語を書こうと挑む。ふたつに対しての挑みだ。新たなものを書き、フッタ女性を冒涜できる機会として。愛が憎しみに転換する分岐点はあそこだったのか。しかし、中間地点もある。なぐさめを要する時間。考え直してほしいと要求できる波打ち際。その浅瀬は絶えず形を変える。そして、いまいる場所と違うところにすすんでしまった錯覚を与える。夕日が落ちる。朝の鮮烈な太陽が新たな一日をためらうはずもない。柔らかそうな胸。柔らかそうな日差し。強烈な紫外線。

 ぼくは彼女の化粧品のうらの小さな文字を読みはじめてしまっていた。文字を読むという病気なのだ。文字がなくなるという強迫観念とも戦っている。

 冷蔵庫を開ける。昨夜のたけのこののこりがラップの下で冷たくなっている。レンジで温め直すこともできるし、その冷たい感触も捨て難かった。ぼくのあの恋の再燃も、このように簡単に保温できればよいのにと思うが、脳の奥にしまわれているタンスの引き出しの取っ手は、もうボロボロになってしまっているらしい。なかなか、開かない。

 労働しなくてもお腹だけが空く。考えることが、すなわち仕事なのだ。

 彼女は帰りが遅くなると言っていた。手渡したものが読まれて結果がでる。書き直しを命じられる。期限がある。反響や、反対の侮蔑があり、投票らしきものもある。ゴー・サインが出る。黄色の信号や赤が青に変わる。黄色と黒のリボンがついている靴と彼女は書いていた。それは通行止めのときに横たわる棒と同じ色だった。その靴はこれ以上の侵入を防ごうとしている。あるいは、もっと時間をかけてという懇願のサインでもある。

 柔らかそうな胸と、ぼくは何度も頭に浮かべている。期待値を越えるものはこの地上にないと自分を慰めようとしていた。まだ見ぬ土地のために冒険者があらわれ、未開の地の草をなたのようなもので切り開きすすんでいく。

 ぼくの書くものが袋とじのなかにある。みな、一刻も無駄にしたくないようにあわてて切り裂く。その為に、文字の途中で分断され、読みづらくなる。読みたい本。読みたそうな本。立派そうなひと。遅くなりそうな帰り。

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