映画と渓流釣り

物忘れしないための処方箋

まく子と四万温泉

2019-03-27 20:24:29 | 新作映画
少年は少女に出逢う


分かったことがあります。
少年が美しい少女に出逢うから大人へ近づくんじゃないんだ。
大人の男に成長しつつあるからこそ、可愛い女の子が気になっちゃうんだね。
この映画を観て還暦間近のオジサンはそんなことに気が付きました。

思春期の入り口で出会う恋心はもうファンタジーですよね。
全くないとは言いませんが、その恋心には名誉や自己顕示欲なんてありませんし、ましてや大人に成りきってしまった者が抱く邪念(あわよくば、あんなこともそんなこともこうなってそうなって・・・)もありません。ただ単純に好きという淡い想いだけ。少女が何処から来て何処へ行ったのか、宇宙でも隣町でも少年にとっては同じことです。だってもう二度と逢うことは叶わないんですもの。それ故にファンタジーでいいじゃないですか。

少年が父親をはじめ大人の男へ嫌悪感を露わにしますが、そうやって嫌な部分を忌避しながらも気が付くと自分も大人になっちゃって、結果父親と同じようなことをしているんでしょうね。

この手のお話しは大好物だけど、全く観るつもりはありませんでした。
監督も知らない女の人だし、草なぎ剛なんかこれっぽっちも興味ありませんし。
じゃなんでこんな地味な映画を海老名に、それも早朝8時25分の回へ足を運んだのか(観客はわたくし含めて四人)。

なんと、我が故郷、群馬県四万(しま)温泉が舞台だったからです。
少年と少女が行き交う狭い階段も温泉街の路地も、共同浴場だって川に続く公園に至るまでわたくしが生まれ育った四万温泉の風景です。今も年に一度は必ず帰省しますので、ただ懐かしいだけの風景ではなく、年老いた両親が住み小学校中学校をともに過ごした旧友が生活している地でもあります。

少年が通う小学校ロケ地はわたくしの母校ではありませんし、印象的な岩山の麓も四万温泉ではありませんが、同じ町内でありますし愛着ある風景です。
ただ、ちょっとだけ違和感を感じたのは、河原でお祭りに使ったお神輿を壊すシーンでした。なんで再生を願うために壊す必要があるのか理解できませんでした。少年と少女達が作り上げたお神輿を明け方までかかって見送るところはこの映画の見せ場であると思うのですが、なぜか父親の不倫相手の女性も一緒なんですね。原作読めば理由が分かるのかもしれませんが、これまた理解できないところでした。

草なぎ剛がでしゃばらない脇役に徹していたのは良かったです。良い人イメージが強いのですが、今回はだらしない父親役をゆったり演じていました。こっちの方がサイボーグっぽくなくて良いと思いますけど。



四万温泉は国民保養温泉第一号に指定されたため、草津や熱海のような享楽的遊技場が制限されました。そのことが今となってはプラスになったようです。映画に描かれたほど鄙びた温泉地でもありませんから、家族でのんびり日本の温泉を満喫するにはうってつけかと思います。皆さん是非お出かけください!

わたくしが子供の頃には現在日帰り温泉と診療所がある場所はテニスコートがあり、青山学院のお姉さんたちがパッコーンと優雅に楽しまれてました。フェンスを越えたボールを拾って届けるとアイスを奢ってくれたり、宿舎まで遊びに行ったりしたのも楽しい思い出です。
日活(この作品の配給も日活でした)がロマンポルノを量産している頃は、温泉若女将○○××みたいなロケを河原縁の露天風呂でやっていたので大人の足元から覗いて怒られたりもしましたね。
春先の今時分には虹鱒釣り大会があったり、友達と連れ立って卵焼きを餌にウグイ釣りにもよく行ったものです。映画に出てくる川きれいだったでしょ。(今は四万ブルーとか言って宣伝してますね)

映画の感想と言うより、四万温泉の作文になってしまいました。
最後にね、覚えて欲しいのは、かの有名な(群馬県人だけか?)上毛カルタに詠われた四万温泉の描写。

世の塵洗う 四万温泉

この小道も