吉村昭は、綿密な取材を元に、ノンフィクションよりリアルなフィクションを書く作家ですが、この作品は完全なフィクションであるらしいのです。
しかし、実話を元に書かれたようなリアリティがあり、人を殺してしまう人、殺さずにいる人の根本的な違いが描かれているような気がします。
主人公の男は、無期懲役を言い渡された殺人犯なのですが、仮釈放されシャバに出てきます。刑務所内にいた十六年の歳月を経た社会は、変化が大きく、浦島太郎のような状態であり、恐怖や不安の中で、社会に溶け込む静かな戦いがはじまります。
それを暖かく見守る周りの支援者たちに囲まれて、少しずつ社会になれていき、いつもと同じ日常が繰り返す平穏な生活のリズムを整えていくのです。
吉村昭の淡々とした文章が、心地よく、平凡な日常を望む主人公の気持ちとシンクロして心地よく感じました。
しかし、無期懲役犯である彼は、やはり無期懲役犯だったのです。
ネタバレにしたくないので書きませんが、吉村昭の隠れた傑作だと思います。この主人公のキャラは出色の出来かと。
ラストの解説で、ドストエフスキーの『罪と罰』と比較して語られていますが、ラスコーリニコフより、彼の方がリアルな犯罪者のような気がするのは、わたしが日本人だからでしょうか。