9月1日に奈良女子大学記念館で、山田昇先生を偲ぶ会が開催された。追悼の意を込めて、その文集に書いたものを掲載させていただく。
山田昇先生は教育学の中でも教育史、特に教員養成史をご専門にされておられました。自立した学問としての教育学の確立と政策・実践としての教育政策と教育実践の創造的進展を、教員養成を中軸にして構想されておられました。それまで、「なら県民教育研究所」の設立などでご一緒させていただいていましたが、山田先生の教育学的見識と構想力に直に触れることになったのが、1990年代後半でした。1990年代半ば、橋本首相の下での財政構造改革の一環として高等教育をめぐって大きな揺れが走ることになりました。奈良教育大学も奈良女子大学もその揺れの中にあったときに、山田先生とともに各大学の将来について議論する機会をもたせていただき、山田先生たちの高等教育の未来像から多く学ぶことがありました。
教員養成学部・大学をめぐっては、少子・高齢化社会の進展の中で、教員採用数が激減し、その影響を直接に被っていました。計画養成のために設置されてきた教育大学・教育学部は、教員の需要の減少は、大学・学部の死活問題にかかわり、その便宜的な応急処置として新課程が設置されてきました。しかし、このような措置にもかかわらず、需要のない分野領域の計画養成は、成り立たないとして、教育大学・学部の行政改革の査察でも指摘されてきていました。教育大学・学部の大幅なリストラは、引き続いて強力に要請され、ついには、教員養成系における学生定員の5000名削減が決定されてきました。奈良女子大学においても、大学院の再編との関係の概算要求の過程で、「近隣の大学(特に、奈良教育大学)との関係」が問われていたこともあったようでした。
奈良女子大学の有志の方々が集まり、また、奈良教育大学の有志もそれに加わり、奈良における高等教育機関のあり方のみならず、閉塞する社会への学問的発信も含めて、構想の輪は広がっていきました。その中心にあり、まとめ役を行っていたのが山田先生でした。当時、問題提起された文章を抜粋しながら、山田先生の総合大学への真摯な希求をご紹介させていただきたいと思います。
まず、奈良における大学の可能性についての思いを次のように述べておられます。
「我々は、奈良県・奈良市に、豊富な文化財と自然を生かした景観と新しい大学の街として発展させる可能性を見いだしたい。文化財と景観の保護された古い街奈良は、土地の経済効率の決して高いとはいえない街である。そのため、府県庁所在地の中でも、土地効率の点からは、経済的にも発展性の乏しい街になっている。しかし、そのことが奈良の希少価値でもある。大学と街が融け合った新しい学術文化都市として発展させるのにふさわしい数少ない地域である。」
その上で、新しい大学の理念と目的を次のように示しておられます。
「奈良県に、真に、21世紀の創造に前向きにかかわる大学をつくれるかどうか、新時代の大学を創造できるかどうか、我々は、現在その重大な岐路に立たされている。
人類は、現在、環境、人口、南北、民族、生命など、様々な問題を抱え、滅亡の危機に立たされていると言っても過言ではない。その中で、政治も、経済も、文明も、混沌と模索の中にあって、人類の進路を正しく展望することが出来ない状況にある。国際連合も大国による「力」への信仰によって迷わされつつ、それでも「人間の尊厳」のための努力によって、「人間の顔をした国連」をかろうじて維持している。
その中で、ひたすら経済大国をめざした我が国は、今、政治も経済も、そして、資源保護や生産、新しい生活と文化の創出のあらゆる面において、かつて経験したことのない深刻な空洞化に直面している。教育や人間能力の涵養に関してもいたるところに深刻な空洞化が浸透しつつある。
このような状況は、人類の危機であり、我が国の文明の危機である。
今、このような危機的状況を乗り越える学問を構築し、学問の創造に真に貢献できる大学を再生することは、我々の責務であり、奈良とそれを取り囲む地域、日本全体、そして世界にとっても重要な意義のある課題である。」
新しい大学の特徴として、次のような諸課題の一端を例示されて、討議を促しておられます。
1.文化財総合研究機構とも言うべき文化財保全科学に関して、国際的、国内的共同研究のセンター的な機能を追求し、この問題に関して専門的に寄与する人材を育成する。奈良国立文化財研究所、奈良国立博物館、県立橿原考古学研究所等と密接な連携協力を推進し、関西文化学術研究都市の南部地区中枢の役割を果たす。
2.環境保全研究、紀伊半島生物資源研究等に関して、中枢的研究機能を有するとともに、関西文化学術研究都市の一環としての高度な理工学の研究開発を推進できる機構とする。環境保全とエネルギーの工学を重視し、太陽エネルギー、生物エネルギー利用などと環境保全の方法を検討する。奈良先端科学技術大学院と密接に連携するとともに、将来的には先端科学技術大学院も、新しい大学の総合的大学院の一機構として再編する可能性を追求する。
3.古都奈良のもつ、古くからの国際性を重視し、関西文化学術研究都市の国際性の中枢的な研究教育機関として、国際社会文化、国際言語文化に関する研究と教育の機構を充実させる。
4.基礎科学の一層の発展をめざし、還元主義(すべてを要素に還元して説明する科学)から脱皮し、新しい哲学を持った総合的科学(複雑な物を構造のままに構造をつくっている要素間の相互的関連による実相を総合的に認識する)の発展をめざす。
5.高齢化社会、生涯学習社会の到来に備えて、生活福祉科学、生涯発達科学、医療健康科学、障害者問題、女性問題等の、総合的な研究教育に寄与できる新しい大学を構築する。21世紀の福祉、教育、医療、ジェンダー文化を構築するための総合的科学の発展をめざす
紙幅の関係で、すべてを示すことはできませんが、21世紀、奈良における大学や高等教育、研究機関のあり方について、持続可能な自然・社会・文化の発展と人間の発達を構築する総合科学、まさに真に地域に根ざしつつ、グローバルな展開を果たすユニバーシティを考えておられたと思います。その後、国立大学法人の成立、構造改革の中で、競争的な貧困な環境が強いられ、各機関はバラバラにされ、全体として今後の活路を見いだせずにいます。また、教育学も人間の豊かな発達を保障する学問から、経済政策に追随する競争的な教育政策に飲み込まれ、教育学の構想力とことばを喪失しつつあるかに見えます。山田先生の諸科学の発展に裏打ちされた教育学と教員養成論の展開に学びながら、教員養成と教育学の現場で、学問と教育をつなぐ希望を語っていくことをお誓い申し上げ、山田先生の残された課題を受け継いでいきたいと思います。
山田昇先生は教育学の中でも教育史、特に教員養成史をご専門にされておられました。自立した学問としての教育学の確立と政策・実践としての教育政策と教育実践の創造的進展を、教員養成を中軸にして構想されておられました。それまで、「なら県民教育研究所」の設立などでご一緒させていただいていましたが、山田先生の教育学的見識と構想力に直に触れることになったのが、1990年代後半でした。1990年代半ば、橋本首相の下での財政構造改革の一環として高等教育をめぐって大きな揺れが走ることになりました。奈良教育大学も奈良女子大学もその揺れの中にあったときに、山田先生とともに各大学の将来について議論する機会をもたせていただき、山田先生たちの高等教育の未来像から多く学ぶことがありました。
教員養成学部・大学をめぐっては、少子・高齢化社会の進展の中で、教員採用数が激減し、その影響を直接に被っていました。計画養成のために設置されてきた教育大学・教育学部は、教員の需要の減少は、大学・学部の死活問題にかかわり、その便宜的な応急処置として新課程が設置されてきました。しかし、このような措置にもかかわらず、需要のない分野領域の計画養成は、成り立たないとして、教育大学・学部の行政改革の査察でも指摘されてきていました。教育大学・学部の大幅なリストラは、引き続いて強力に要請され、ついには、教員養成系における学生定員の5000名削減が決定されてきました。奈良女子大学においても、大学院の再編との関係の概算要求の過程で、「近隣の大学(特に、奈良教育大学)との関係」が問われていたこともあったようでした。
奈良女子大学の有志の方々が集まり、また、奈良教育大学の有志もそれに加わり、奈良における高等教育機関のあり方のみならず、閉塞する社会への学問的発信も含めて、構想の輪は広がっていきました。その中心にあり、まとめ役を行っていたのが山田先生でした。当時、問題提起された文章を抜粋しながら、山田先生の総合大学への真摯な希求をご紹介させていただきたいと思います。
まず、奈良における大学の可能性についての思いを次のように述べておられます。
「我々は、奈良県・奈良市に、豊富な文化財と自然を生かした景観と新しい大学の街として発展させる可能性を見いだしたい。文化財と景観の保護された古い街奈良は、土地の経済効率の決して高いとはいえない街である。そのため、府県庁所在地の中でも、土地効率の点からは、経済的にも発展性の乏しい街になっている。しかし、そのことが奈良の希少価値でもある。大学と街が融け合った新しい学術文化都市として発展させるのにふさわしい数少ない地域である。」
その上で、新しい大学の理念と目的を次のように示しておられます。
「奈良県に、真に、21世紀の創造に前向きにかかわる大学をつくれるかどうか、新時代の大学を創造できるかどうか、我々は、現在その重大な岐路に立たされている。
人類は、現在、環境、人口、南北、民族、生命など、様々な問題を抱え、滅亡の危機に立たされていると言っても過言ではない。その中で、政治も、経済も、文明も、混沌と模索の中にあって、人類の進路を正しく展望することが出来ない状況にある。国際連合も大国による「力」への信仰によって迷わされつつ、それでも「人間の尊厳」のための努力によって、「人間の顔をした国連」をかろうじて維持している。
その中で、ひたすら経済大国をめざした我が国は、今、政治も経済も、そして、資源保護や生産、新しい生活と文化の創出のあらゆる面において、かつて経験したことのない深刻な空洞化に直面している。教育や人間能力の涵養に関してもいたるところに深刻な空洞化が浸透しつつある。
このような状況は、人類の危機であり、我が国の文明の危機である。
今、このような危機的状況を乗り越える学問を構築し、学問の創造に真に貢献できる大学を再生することは、我々の責務であり、奈良とそれを取り囲む地域、日本全体、そして世界にとっても重要な意義のある課題である。」
新しい大学の特徴として、次のような諸課題の一端を例示されて、討議を促しておられます。
1.文化財総合研究機構とも言うべき文化財保全科学に関して、国際的、国内的共同研究のセンター的な機能を追求し、この問題に関して専門的に寄与する人材を育成する。奈良国立文化財研究所、奈良国立博物館、県立橿原考古学研究所等と密接な連携協力を推進し、関西文化学術研究都市の南部地区中枢の役割を果たす。
2.環境保全研究、紀伊半島生物資源研究等に関して、中枢的研究機能を有するとともに、関西文化学術研究都市の一環としての高度な理工学の研究開発を推進できる機構とする。環境保全とエネルギーの工学を重視し、太陽エネルギー、生物エネルギー利用などと環境保全の方法を検討する。奈良先端科学技術大学院と密接に連携するとともに、将来的には先端科学技術大学院も、新しい大学の総合的大学院の一機構として再編する可能性を追求する。
3.古都奈良のもつ、古くからの国際性を重視し、関西文化学術研究都市の国際性の中枢的な研究教育機関として、国際社会文化、国際言語文化に関する研究と教育の機構を充実させる。
4.基礎科学の一層の発展をめざし、還元主義(すべてを要素に還元して説明する科学)から脱皮し、新しい哲学を持った総合的科学(複雑な物を構造のままに構造をつくっている要素間の相互的関連による実相を総合的に認識する)の発展をめざす。
5.高齢化社会、生涯学習社会の到来に備えて、生活福祉科学、生涯発達科学、医療健康科学、障害者問題、女性問題等の、総合的な研究教育に寄与できる新しい大学を構築する。21世紀の福祉、教育、医療、ジェンダー文化を構築するための総合的科学の発展をめざす
紙幅の関係で、すべてを示すことはできませんが、21世紀、奈良における大学や高等教育、研究機関のあり方について、持続可能な自然・社会・文化の発展と人間の発達を構築する総合科学、まさに真に地域に根ざしつつ、グローバルな展開を果たすユニバーシティを考えておられたと思います。その後、国立大学法人の成立、構造改革の中で、競争的な貧困な環境が強いられ、各機関はバラバラにされ、全体として今後の活路を見いだせずにいます。また、教育学も人間の豊かな発達を保障する学問から、経済政策に追随する競争的な教育政策に飲み込まれ、教育学の構想力とことばを喪失しつつあるかに見えます。山田先生の諸科学の発展に裏打ちされた教育学と教員養成論の展開に学びながら、教員養成と教育学の現場で、学問と教育をつなぐ希望を語っていくことをお誓い申し上げ、山田先生の残された課題を受け継いでいきたいと思います。