二一世紀のはじまりの年、国連総会でのメキシコ大統領の提案を受けて障害者権利条約特別委員会が設置され、障害のある人の権利に関する条約をつくる審議が始まりました。
この条約の議論は、すでに存在している人権条約が、障害のある人の権利を促進し保護するための重要な可能性をもっているにもかかわらず、その可能性が棚上げにされていることへの国際的な課題を明確にしたものでした。その課題を正面から受けとめ、障害者権利条約として、障害のある人が自由と基本的人権の主体者であり、差別なく通常の人たちと同等の権利を享受することを定めようするものでしたた。
障害者権利条約を審議する特別委員会の審議は、これまでの人権条約の審議とは格段に異なる特徴がありました。それは、障害当事者の声を直接審議の中で反映させたことでした。NGOは特別委員会に参加できることが示され、さらに特別委員会への障害のある人の参加を容易にするための措置が要請されました。また、政府代表団の中に障害のある人を含めることを奨励するものとなりました。
障害者団体は、「Nothing about us without us(障害のある自分たちのことについて、自分たち抜きで決めるな)」を強調し、障害者団体の要求を特別委員会に直接的、間接的に反映させる努力を行いました。障害者団体の代表は、権利条約草案を作成するための作業部会の構成員として重要な役割を担うとともに、特別委員会の議論においても、国際NGO等の発言の機会を利用して障害当事者の声を提起していきました。また、NGOのメンバーが政府代表の中に入っている国も多く、NGOのロビー活動を受け止め、NGOと政府の間の意見の調整が積極的に行われました。
障害当事者の参画を得て国際的に障害者権利条約の議論がなされている一方、日本では、社会福祉・社会保障構造改革の一環として障害者自立支援法が国会に上程されていきました。人権や権利の観点がなく、自立を阻む障害者「自立」支援法として、障害当事者の批判がなされましたが、財務省や厚生労働省の様々な圧力の中で、障害者や障害者団体の声は政府や国会を動かすことにはなりませんでした。2005年8月、第6回障害者権利条約特別委員会の日本傍聴団の中でも、「障害者権利条約が成立していたら、障害者自立支援法はどう評価されるか」と議論がなされたことを思い起こします。国連における権利条約の審議に、日本の厚生労働省からほとんど参加がなかったことも事実として証言しておきたいと思います。
国連という場で、障害のある人の現実に向き合い権利に関する議論が進められていたその時期に、障害のある人の権利と社会参加を抑制するという正反対の方向で障害者自立支援法は、わずかの議論で二〇〇五年一〇月に成立することになりました。国際的に確認されつつあった障害のある人の権利と社会参加という方向を基準にして、障害のある人の参加や意見表明を基礎にして、二一世紀に入って日本における社会保障・社会福祉の逆向きの方向をただし、障害のある人の権利を確認するという取り組みが歴史的な課題となりました。
国連の障害者権利条約審議過程では、第一に、障害者の権利の実現のためには、既存の人権諸条約により保障された権利は、全て障害者も等しく享受すること(非差別・平等の確認)、第二に、言論の自由、参政権をはじめとする政治的市民的権利と、文化的生活、人たるにふさわしい生活の確保といった経済的社会的権利の双方を含めることが共通認識であり、さらに、1980年代において認識されてきた発達・発展の権利の具体化が念頭におかれました。さらに、第三に、権利条約には、障害者の差別禁止規定に加え、障害者が障害のない人と同等の暮らしを可能にするための積極的措置や合理的配慮を明記することが強調されました。その議論と呼応して、障害のある人が主人公となり、人間をとりもどし、人権と民主主義の充実の方向に歴史の歯車をまわす取り組みとして、障害者自立支援法違憲訴訟が進められました。古都奈良においても、全国に呼応して提訴し、障害のある人たちの代表として闘いが進められました。2010年にはいって、全国の障害者自立支援法違憲訴訟の原告・弁護団と国との基本合意によって、新たな歴史的な課題にいたっています。
憲法で謳われた「基本的人権の非差別・平等性」「幸福追求権」「健康で文化的な生活」などの思想は現代史の到達点を示すものであり、国際的にも高く評価されるべきものです。また、憲法は、「国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない」とのべ、不断の努力を要請しています。障害のある人の権利を求める国際的な流れは、国連において障害者権利条約に結実するという歴史的な段階にまで到達しています。このような国際的な流れを力にしながら、逆流を乗り越え、自由と基本的人権をすべての人に実現するような社会をめざすことが課題です。国際的なスタンダードとなった障害者権利条約を受けとめ、手をつなぎあい、障害のある人の権利を基礎とした法制度と施策の実現のために力をあわせましょう。(奈良障害者自立支援法違憲訴訟パンフレット)