ちゃ~すが・タマ(冷や汗日記)

冷や汗かきかきの挨拶などを順次掲載

大塚信一『河合隼雄 心理療法家の誕生』トランスビュー

2009年07月30日 06時10分52秒 | 
大塚信一『河合隼雄 心理療法家の誕生』(トランスビュー、2009年)を読み終わる。岩波書店の編集者から社長になった大塚と河合の関係は長いが、直接的には岩波新書『未来への記憶』(河合隼雄の自伝的インタビューの記録)をもとに、河合の生い立ちから、アメリカ留学、ユング研究所での研鑽、その後を記している。ユング研究所での神話研究は、修了論文の紹介も含めて詳細なものとなっている。
「心理療法家の誕生」という副題については疑問が残る。河合は心理療法家なのかということであり、臨床心理学的な文明論者なのだろう…。
河合隼雄は、要するに充足した希代のおしゃべりで、どんな場でも適応していくし、その場その場で楽しめる人なのだなと思う。ユング研究所などでの分析や交流は、それぞれ洗練した人たちとのものであり、下々のものとの交流はみられない。コンプレックスに悩むとはいえ、屈折していない。
学生時代には、交渉の場で、貧乏揺すりを激しくしていたことを記憶している。イラッチなのだなぁとそのときは感じて、揺すられる足を見ていた。河合の講義はうけなかった。河合の臨床心理学には、子どもが正面に座っているとは思えなかったからかもしれない。
色々思うところはあるが、一つの幸福な人間形成の姿が示されている。目次は次の通り。

序章
第1章 丹波篠山に生まれて
第2章 心理学者への道
第3章 アメリカ留学
第4章 ユング研究所の日々
第5章 西洋と日本-神話研究に向けて
終章 新たな物語のはじまり

ユング研究所での資格論文は、The Figure of the Sun Godness in Japanese Mythologyで、古事記・日本書記のアマテラスを中心とした分析(要するに心理学的な解釈で日本という母系社会の原点を示したものであり、一種の文明論)。しかし、古典を読みこなしながら、英訳をし、かつその心理学的で、比較神話学的な分析をおこなったところをかいま見ると、鬼気迫るものがあり、頭が下がる。そのようなものを、おしゃべりでかくしているところに、一筋縄ではいかない扱いにくさがあある。

神話の分析として「男性と女性」として、イザナキとイザナミとの間に生まれたヒルコについての分析もある。ヒルコ神話を歴史学的に分析して、古代における障害者処遇を検討した河野勝行さんの論究とは対称的なものとなっている。
pp.289-292参照のこと


村上宣寛『「心理テスト」はウソでした-受けたみんなが馬鹿を見た』日経BP

2009年07月20日 13時33分16秒 | 
村上宣寛『「心理テスト」はウソでした-受けたみんなが馬鹿を見た』(日経BP、2005年)を読み終わった。この村上という人、心理学の流行をながめながら、シニカルに批評している。人柄は、どちらかといったら「いやなやつ」という印象を受けるが、なかなか博識で、よく調べているので感心させられることが多い。統計やコンピューターにめっぽう強い。知能テスト関連の本の前に上梓された本がこの本である。構成は次の通り。

まえがき
第1章 なぜかみんなの好きなABO-血液型人間学
第2章 万能心理テスト-その名は「バーナム効果」
第3章 インクのシミで心を占う-ロールシャッハ・テスト
第4章 定評ある性格テストは大丈夫か-谷田部ギルフォード性格検査
第5章 採用試験で多用される客観心理テスト-内田クレペリン検査
エピローグ

ロールシャッハについても、アナスティシの「インクのシミが明らかにするのは、唯一、それらを解釈する検査者の秘められた世界である。これらの先生方は被験者のことよりも自分自身のことをたぶん多く語っている」という言葉を引きつつ、その客観性をもとめて自動診断システムを作る。とはいえ、解釈のエクスナ法の批判の動向を示しつつ、ロールシャッハへの追悼の言葉を書いたりもしている。

心理検査に関わって「特性論」についての言及もある。要するに性格検査での性格特性に関してである。心理学における「特性」の言葉の由来はこのあたりからかもしれない。
「性格特性とは、人々の間に共通に見られる行動特徴をまとめたもので、外向性、情緒的安定性などがある。性格特性がいくつか集まったものが性格である。こういう考え方が特性論である。性格検査はすべて特性論に基づいてつくられている。…」

「性格特性論の世界のすう勢」について、その歴史も点描されている(p.173-174)

このような心理学による性格特性論の転写が障害特性論のもともとの由来ではないだろうか。このようにしてみると障害児教育の文脈で使われてきた「特性」の用語の意味するところも自ずから一定の傾向を持ったものといえるだろう。

近藤直子『続 発達の芽をみつめて-かけがえのない「心のストーリー」』全障研出版部

2009年07月15日 23時41分17秒 | 
近藤直子『続 発達の芽をみつめて-かけがえのない「心のストーリー」』(全障研出版部、2009年)を読み終わった。
近藤郁夫さんの闘病と死に直面しながら、自らの負の「心のストーリー」もふくめてその全てを振り絞って紡いだ文章は心を打つものがある。明るく輝いて見えていた近藤直子さん、そしていつも超然としていた近藤郁夫さん。素敵な夫婦の交流は暖かとなる一方、その喪失の思いの落差を思ってしまう。辛い気持ちを、笑顔に包んで、気丈にあった姿を思う。
感傷に陥りやすい弱さ、共感という同情の心、そんなものをを否定する姿を見る思いがする。自己批判をさせられた。
いずれにしても、一読を勧めたい本である。

序にかえて
第1章 こころの発達と向き合って
第2章 発達とは、かけがえのない私を築くこと
第3章 私たちのこころの発達
第4章 発達を保障するために
おわりに

野中広務・辛淑玉『差別と日本人』(角川ONEテーマ21、2009)

2009年07月14日 23時09分57秒 | 
野中広務・辛淑玉『差別と日本人』(角川ONEテーマ21、2009)を読み終わった。
問題と在日の問題を、異色の政治家・野中広務と対極に位置する辛の対談として示したもの。八鹿高校事件などの記述は誤ったものであるが、しかし、自民党政治家の野中と在野に生きる在日の辛の緊張感とともに、同じく被差別の苦しみを心の中に秘めた思いのあふれる対談となっている。最後に、家族のことに話題が及ぶとお互い同じ思いで涙ぐむ姿が行間ににじみ出ていて、この問題の複雑さ・困難さを暗示している。構成は次の通り。

はじめに
第1章 差別は何を生むか
第2章 差別といかに闘うか
第3章 国政と差別
第4章 これからの政治と差別
あとがき
あとがき

興味深いいくつかの箇所があった。
自民党の内情などについてのコメント
「野中氏が足を踏み入れることになった自民党は、学識を必要としない社会だった/いわんや世界観や、理想や、見識や、文化的視座や政策科学的合理性などまったく必要ない。「自民党」とはつまり、専きぃおでの敵など、手っ取り早く攻撃可能な相手を見つけては、とにかくこれを叩くことでのし上がってきた人たちの集団である。その典型的な手法は、まず相手の私的な弱みをつかんで謀略宣伝の材料を手に入れ、そして相手に「悪」のレッテルを貼って攻撃する。マスコミもそれに同調して、謀略と知りつつ攻撃に加担する。…/世界が未曾有の経済的は単に直面しているさなか、日本の国会では、麻生総理が「漢字を読み間違えた」とか…些末な失敗談で時間を空費していた。そんなどうでもいい話とはレベルが違う、麻生太郎の政治家としての資質や歴史観を露わにする問題発言や失態は、「ちょっと口が滑りました」といった程度の訂正ですんでしまい、メディアから糾弾されることもない。それゆえ与党の政治家は、極端に言えば、個人の冠婚葬祭情報と、それを正確に覚えておく記憶力を頼りに永田町を生きることになる。…」

差別を心の問題にする傾向
「自分は他者よ優位だという感覚は「享楽」そのものであり、一途その享楽を味わうと、なんどでも繰り返したくなる。特に人は、自分より強いものから存在価値を否定されたり、劣等感を持たされたりしたとき、自己の劣等意識を払拭するために、より差別を池入れやすい人々を差別することで傷ついた心のバランスをとろうとする。」

傷痍軍人のこと
「私、子どもの時に、新宿のガード下で物乞いしている傷痍軍人を侮蔑的な目で見てたんですよ。軍人嫌いの私には、唄っているのが軍歌だと言うこともあったかも知れない。日本の国からお金もらってるんだからいいじゃないか、と思ったのね。/そしたら、大人になってから、あれは朝鮮人だったてことを教わるわけ。結局、元軍人であっても朝鮮人だから、それで一銭も日本からもらえなくて、生活することもできなくって、しかも国籍条項によって福祉から排除されている。だから物乞いするしかなかったことを知って、私は打ちのめされたんですよ。」

村上宣寛『IQってホントは何なんだ?』日経BK

2009年07月11日 15時23分51秒 | 
発達診断を契機に、昔に立ち返ってIQテストの歴史などに再度関心を持っている。
電車の中で読んでいた、村上宣寛『IQってホントは何なんだ? 知能をめぐる神話と真実』(日経BK、2007年)をようやく読み終わる。東京出張の行きのぞみの中ででのこと。歴史から新しい知能理論もふくめて書かれているので、おもしろかった。特に、ウェクスラー系の知能検査の開発や日本での標準化について、言及されていておもしろかった。ウェクスラーはなんおことはない、陸軍の集団知能検査の問題からつくられたものらしい-グレゴリは、「ヤーキース編『アメリカ陸軍におかる心理学的検査』(1921年)を本を通読すれば、ウェクスラがこの本から何ダースものテストを剽窃したのに気づいて、びっくりしてしまうだろう。多くのテスト問題は現在のウェクスラ尺度の改訂版まで生き延びている」と書いている。また、日本での標準化についても、「ひどかった」とのこと、上野一彦は暫定の修正をして手を汚した張本人らしい。そんな裏話も書いてあって、おもしろかった。
目次は次の通り。

第1章 知能とは何か
第2章 知能を測る
第3章 知能は幾つあるのか
第4章 新しい知能理論
第5章 知能テストはどのようなものか
第6章 頭の大きさと回転の速さ
第7章 年をとると知能は衰えるのか
第8章 遺伝で知能が決まるか
第9章 知能の人種差と男女差
第10章 知能テストと勤務成績

橋本和明編『発達障害と思春期・青年期-生きにくさへの理解と支援』明石書店

2009年07月07日 23時16分41秒 | 
宝塚の幼稚園に保育参観と研修で行った。帰りの電車の中で、これまでダラダラと読んできた橋本和明編『発達障害と思春期・青年期-生きにくさへの理解と支援』(明石書店、2009年)を読み終わった。「発達障害」というけれど、基本はPDD、自閉症圏の人たちのことが主なもの。性や結婚、そして意思能力の問題などもあって、なかなか興味深く読んだ。
執筆者は、花園大学の橋本和明氏が編(元家庭裁判所調査官、花園大学)、医者、発達障害者支援センター、家裁調査官など関西を中心に活躍している方々が執筆している。
構成は次の通り。

はじめに
第1章 発達障害者が抱える思春期・青年期の課題
第2章 自我同一性獲得における課題←アイデンティティといった方がわかりやすい
第3章 性における課題
第4章 就学における課題
第5章 触法行為に診られる課題
第6章 ひきこもりに見られる課題
第7章 酒楼における課題
第8章 恋愛・結婚生活における課題
第9章 保護者と家族の願い