ちゃ~すが・タマ(冷や汗日記)

冷や汗かきかきの挨拶などを順次掲載

改正中国障害者保障法

2008年06月20日 00時00分43秒 | その他
2008年4月24日、中国全国人民代表大会常務委員会第2回会議は「障害者保障法改正案」を可決。7月1日より施行予定。
改正障害者保障法は、障害者雇用促進と障害者事業経費確保を柱としている。障害者雇用促進は、国家政府機関をはじめ一般機関、企業・事業組織などに障害者の法定雇用率の達成を義務づけており、未達成企業には障害者金の支払いを課している。などなど(中国経済通信、4月25日)。
『すべての人の社会』(№336、2008年6月)より

湯浅誠『反貧困-「すべり台社会」からの脱出』(岩波新書)

2008年06月18日 22時34分39秒 | 
寄宿舎教育研究会・運営委員会で話題となった湯浅誠『反貧困』を読んだ。
セーフティネットの三層構造(雇用のネット、社会保険のネット、公的扶助のネット)それぞれが破れている。雇用のネットから滑り落ちると、すぐさまどん底の生活まで転げ落ちてしまう社会。
そのイデオロギー的表現、そして私たちが強く内面化してしまっている「自己責任論」を丁寧に引きはがしてくれる。そこで、必要な「溜め」として外界からの衝撃吸収のクッションであり、同時にエネルギーをくみ出す諸力の源泉となる「潜在的能力」(セン)の重要性を指摘している。人間は、社会的関係の総和なのであり、どれだけ社会的関係のネットがあるかが、その人の「溜め」であり「潜在能力」の豊かさを決め、人格の豊かさをも決めるのである。

アマルティア・セン「開発/発達とは、人々が教授するさまざまの本質的自由を増大させるプロセスである」「開発/発達の目的は不自由の主要な原因を取り除くことだ。貧困と圧政、経済的機会の乏しさと制度に由来する社会的窮乏、公的な施設の欠如、抑圧的国家の不寛容あるいは過剰行為などである」。すなわち、「発達」とは単に所得を上げるだけではなく、望ましいさまざまな生活状態に近づくたまの自由度(潜在的能力)をあげていくことであるということだ。

国も、地方自治体も、企業も、社員も、学校も、家庭も、今や誰もが「サバイバル」を口にし、一瞬でも気を抜いたら負けてしまうと危機感を煽っている。その焦りや余裕のなさ(「溜め」の欠如)が、ますます人を遠ざけている。多少でも余裕のあることが何か罪深い「怠惰」の証であるかのように、焦り、切り捨て、切り捨てられ、あげくの果てに自分で自分の首を絞めてしまっている。個人の「溜め」を増やせないのは、その組織や社会が「溜め」を失っている証拠に他ならない。

人間を再生産できない社会に「持続可能性」はない。私たちは、誰に対しても人間らしい労働と生活を保障できる、「強い社会」を目指すべきである。

NPO法人自立生活サポートセンター・もやいのホームページには生活保護費の自動計算ソフトがある。

ボタンの掛け違え-河内長野私立幼稚園PTA連合会講演

2008年06月13日 23時46分49秒 | その他
朝から、河内長野私立幼稚園PTA連合会の講演に行くので、早く起きたが、めがねが見あたらない。
ワーワーと騒ぎ立てて、結局、テーブルの脚のところに隠れていた。大あわてで、支度して、出かける。
近鉄西大寺経由で難波まで、そこから南海電車で河内長野へと思ったが、人身事故で電車が遅れている。これまた、遅れるとの緊張が走る。結局、ほとんど時間どおりに河内長野駅に到着。

200人と聞いていたのだが、100人くらいの聴衆。「違いのわかる子育てを!」という演題で、個性と偏りの話をする。途中で、少し、絵本の紹介などをする。落ちはとパズルのピースでいろんな形がというところで、パワーポイントを終わって、そこで落ちにしようとしたが、もう一押しということで、「ぼちぼちいこか」を読んだ。意外とおもしろかったようだ…。おちもうまくいったと思って、自己満足していると、一人のお母さんがよってきて。なにをいうかと思ったら…。
「ボタンが掛け違っていますよ」とのこと。
シャツのボタンが全体として一つずつまちがっている。「アチャー」またやってもったわ!
お母さん曰く「シャツのボタンが一つずつ違っていることをどこかでいうと思った」とのこと、わかっているのなら、落ちに使ったのに…。
「こんな私でも、一応、社会人をやっています。この世の中、何とかなるし、そんなちくはぐなところも楽しんで生活をしてほしい」と…

この間、京都の大学での講義の時に一回、大学でも院生のゼミで話題に、そして今回。2度あることは3度ある。

重松清『ブルーベリー』光文社を読む

2008年06月11日 14時02分09秒 | 
重松清の『ブルーベリー』(光文社、2008年)を読んだ。
東京にあこがれを持って上京して学生時代を過ごし、いろいろな所で、いろいろな人たちと時を過ごし、そして時が過ぎていった。その人たちの思い出と今が記されている。超短編集。
その中の一つに、「人生で大事なものは(けっこう)ホイチョイに教わった」がある。見栄を張って生きていくナカムラ君の物語。そして、結構気取って年賀状が来てつながっていたが…その年賀状がとぎれる。
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3年前、ナカムラ君にまつわる噂を何度か耳にした。噂をすべて信じるなら、ナカムラ君の一人娘は染色体の異常を持って生まれてきたらしい。心身の発育が他の子どもより遅く、体のどこかにマヒもあり、知能にも障害があるという。なにより、20歳まで生きられる可能性は数十パーセント…。

その子どもは「幸子」と名付けられ、その子とともに歩くナカムラ君夫妻の姿が最後に印象的に描かれている。

『古典への招待』を読む

2008年06月09日 21時22分09秒 | 
不破哲三『古典への招待(上)』新日本出版社を読む。
エンゲルス『イギリスにおける労働者の状態』、マルクス・エンゲルス『ドイツ・イデオロギー』、マルクス・エンゲルス『共産党宣言』『共産主義の諸原理』、マルクス『経済学批判』などの読み方、魅力を概説している。
『ドイツ・イデオロギー』の中の「交通」「交通形態」の概念の部分である。これは、後に「生産関係」の概念に置き換えられることになる重要な概念である。共同体(コミューン)やコミュニケーションなどとの類似の概念であり、これを社会の構造の中核においたところにマルクス・エンゲルスの初期の考え方があるように感じる。

現象に左右されずに、本質を追究したい。そのために古典を読みたい。