ちゃ~すが・タマ(冷や汗日記)

冷や汗かきかきの挨拶などを順次掲載

中坊公平「(ラジオ深夜便)同じ苦しみを味わった人間として」(NHK、2003年5月10日~11日放送)

2011年05月26日 22時04分53秒 | その他
中坊公平「(ラジオ深夜便)同じ苦しみを味わった人間として」(NHK、2003年5月10日~11日放送)のCDを買った。森永ヒ素ミルク中毒事件のことを語ったNHKの番組をビデオにとれなかったのが残念-それは『野戦の指揮官・中坊公平』として出版されているのだが…。直接、映像を見せることができないかと探していたのだが、映像はない。そのかわりに、ラジオでの放映がCDとして発売されていたので、買ったわけである。
車の中で聞くと、中坊の生い立ち、そして森永ヒ素ミルク中毒事件への関わり、父からの助言、現場をまわっての子どもの話、担当になった子どもの非行事件への関わりと親の気持ちなどなどの話は、心をうつものがある。思わずこみ上げるものがあった。

河野勝行『障害者問題の窓から』文理閣、1991年

2011年05月22日 22時24分23秒 | 
河野勝行『障害者問題の窓から』(文理閣、1991年)をぺらぺらとめくってみている。
「障害の社会学」批判はしないといけないなぁ・・・社会科学という観点がよわいよなあと考えた。
なかに、気になる文章も、有名な「マルクス主義現代史家」の「不誠実かつ不公正な態度」とは。。。

『錯覚の科学』(文藝春秋)

2011年05月21日 22時41分32秒 | 
クリストファー・チャブリス、ダニエル・シモンズ『錯覚の科学』(文藝春秋)を読み始める。

最近、私たちが錯覚に動かされていると思えることが多くあり、人が記憶違いをすると、すぐに嘘をついていると思ったりするが、実は、そういうことでもなく、錯覚の影響だったりすることもある。特に、注意を集中していたり、切羽詰まったりしているときの、記憶が曖昧だったり、間違っていたりすることがとても多いという経験をしている。弁の立つ人が、そういった錯覚によって、「こうだった」と強弁することもあった。特に、あり得ないこと、予期しないものに対する記憶力は欠落しがちである。これを「非注意による盲目状態」という。

錯覚だったり、間違いだったりするかもしれないが、しかし、そうだとしても、誤りがわかった段階で、それを糊塗しない勇気が必要だということではないか。
人間、いろいろなことを背負っていかないといけない。

心理学的実験の紹介


星野仁彦『発達障害を見過ごされる子ども、認めない親』(幻冬舎新書)

2011年05月07日 15時15分14秒 | 
星野仁彦『発達障害を見過ごされる子ども、認めない親』(幻冬舎新書)を読み終わった。新しいことは見あたらず、これまでいわれていることをまとめただけで、面白いこともなし。

第1章 子どもの発達障害を認めようとしない親たち
第2章 なぜ発達小の子どもは親から見過ごされやすいのか
第3章 発達障害のサインに気づく
第4章 発見と治療が早ければ発達障害は克服できる!
第5章 子どもに「発達障害」について話すタイミング
第6章 発達障害の子どもと職業選択 

英国王のスピーチ

2011年05月03日 23時29分12秒 | 映画
憲法記念日。
「英国王のスピーチ」を、京都の二条まで行ってみた。
第二次世界大戦という歴史の課題を受けとめることが、自分と向きあうことでもあった。治療者との対等な関係を追求して引かないところが、セラピストの真骨頂だとも思う。なお、ヨーク公の弟がてんかんで外にも出されずに、13歳でなくなったということも興味深い。

映画の概要(Goo映画より)
1936年の英国。国王ジョージ5世の後継として長男のエドワード8世が即位するが、離婚歴のある米国女性と結婚するために1年もしないうちに王座を捨ててしまう。ジョージ6世として王位に就くことになった弟のヨーク公は内気な性格に加え幼い頃から吃音症に悩み、公務でのスピーチは常に苦痛の種だった。そんな夫を優しく励ます妻のエリザベスは、オーストラリア人のスピーチ矯正専門家ローグを見つけ出すのだった。

「当たり前の日常を大事に-憲法記念日によせて」(京都新聞)

2011年05月01日 08時53分09秒 | その他
「当たり前の日常を大事に-憲法記念日によせて(井上ひさしさんの言葉から)」という記事が京都新聞(5月1日)にあった。

「父の作品の普遍的なテーマは平和なんです。晩年、父は〈平和〉を〈日常〉に置き換えていました」(井上麻矢・劇団「こまつ座」社長)
「みんなが、日常の当たり前の生活を奪われない権利を持っている。人間として日常を大事にしなさい。それしかないよ」(「九条の会」の活動の中で)
「劇場の灯が消えた時代が、いかに暗い時代になったか。井上ひさし先生ならやり続けるね」(野田秀樹・劇作家、大震災に直面して)
「こまつ座が被災地を巡ることができるなら、『日常はすばらしい』というメッセージを伝えたい」(井上麻矢)
「あよんんあむごい別れがまことなんまんもあったちゅことを覚えてもろうために活かされとるんじゃ」(「父と暮らせば」・大江健三郎の4月9日の命日の日の9条の会での朗読)「大江先生の朗読を聞きながら、涙がデマ知った。『演技も小説も、文化はすべて日常に根付いていなければならない』と語っていた父を思い浮かべました」(井上麻矢)
「人間一人ひとりを、かけがえのないそんざいとして。大切にする社会」(「『けんぽう』のおはなし」講談社)