【特報】《話題の発掘 ニュースの追跡》
DV講演会 抗議で中止
中日新聞夕刊 2008.2.1
茨城県つくばみらい市で先月中旬、市主催のドメスティック・バイオレンス(夫などの暴力、DV)をテーマにした講演会が中止になった。反対団体から抗議を受け「混乱回避」を優先したという。新潟県長岡市では同じ状況で講演会を開いている。行政の「過剰反応」が言論の自由を縛りかねない状況で、ジェンダー研究者らは1日、つくばみらい市に対し講演中止の抗議と、再実施を求める約2600人分の署名を提出した。
市が尻込み 言論封殺
つくばみらい市は男女共同参画事業の一環として、先月中旬に「自分さえガマンすればいいの?」と題した講演会を予定していた。講師はDV被害者を支援する東京フェミニストセラピィセンターの平川和子所長(内閣府専門調査会委員)。
ところが先月4日、DV防止法に反対する「DV防止法犠牲家族支援の会」の地元会員が市に講演中止などを要請。11日には「支援の会」会員と「主権回復を目指す会」の西村修平代表が市を訪れ、「当日は講師と逆の立場の論者にも発言を認めよ」と求めた。
市は拒み、西村氏ら3人は16日、市庁舎前でチラシをまき、拡声器を使い主張を訴えた。市は同日、「開催すれば混乱を生じかねない」と講演会中止を決めた。
西村氏は「夫婦間のトラブルは話し合いで解決すべきだ」と持論を述べた上でこう話した。「市には中止しろとは言っていない。日本には言論の自由がある。ただ、公費を使う以上、反対の立場の人間にも発言機会を与えるべきだ。講演会を開いたら脅威を与えるといった発言もしていない」
一方、長岡市も「家族の中の暴力防止」をテーマに平川氏を招いた講演会を企画。前出の「支援の会」が「市費を使うな」などと抗議していたが、予定通りに27日、120人の聴衆を集めて開いた。
つくばみらい市の中止決定は余波も。茨城県つくば市の県立茎崎高校は「デートDV」をテーマにDV被害者支援のNPO法人による出前授業を予定していたが「直接の抗議はないものの、つくばみらい市の判断を重視した」(同校)として授業を取りやめた。
今回の判断について、つくばみらい市の担当者は「ここは田舎。拡声器による街宣だけで皆が驚く。(言論の自由もわかるが)開催当日、会場に抗議団体が来て、混乱が生じる懸念を優先した」と説明する。
これに対し、上野千鶴子東大教授(ジェンダー研究)ら約50人が「少数の暴力によってDVに対する活動が妨害されることは見過ごせない」としてインターネットなどを通じ、署名を呼び掛けていた。
対応不適当 講師もがっかり
講演するはずだった平川さんも「わずか数人による威嚇や妨害活動で中止されたことが残念。市が“事なかれ”で対応し、このまま終わってしまうのがおかしい。(1月)11日には改正DV防止法が施行された。支援体制の拡充が必要な時期だったのに」と話している。
つくばみらい市の対応は類似した事件の判例をみても疑問が多い。広島県呉市は1999年、同県教組の教研集会のため、一度は学校施設の利用を許したが、右翼団体の抗議活動を予想して不許可にした。この件で、最高裁は2006年2月「妨害活動のおそれが具体的でなかった」と呉市の対応は不適当だったと判断している。
お茶の水女子大学の戒能民江教授(家族法)は「今回の事件によって、せっかく積み重ねてきたDV防止の動きへの影響、さらに被害者の声を封じる結果をもたらしかねないことが危ぶまれる。行政は自主規制することなく、その責務を全うしてほしい」と訴える。
長岡市の講演会担当者はこう話す。「どんな講演会にせよ、内容への賛否や意見はさまざま。万人が賛成する講師を条件にすれば、講演会など開けない。聴衆の受けとり方は講演会の開催とは別問題だ」(中日新聞 2008.2.1) |