tetujin's blog

映画の「ネタバレの場合があります。健康のため、読み過ぎにご注意ください。」

ロシアン・ドールズ(L'Auberge Espagnole)

2007-11-06 19:39:14 | cinema

ロシアン・ドールズ(L'Auberge Espagnole)。なんとも意味深なタイトルだ。映画の最後で、作家志望の主人公のグザヴィエがパリのファッションモデルとロンドンに住むシナリオ・ライターの2人の女性のどちらに絞ろうかと、イギリス海峡をユーロスターで行ったり来たりしているうちに恋愛の本質に気がつくのだが、そこで始めて作者からのメッセージとしてこのタイトルの意味が明かされる。
ロシアン・ドールズは、マトリョーシカと言う名前の方が通りが良いかもしれない。入れ子式の人形で、胴体が上下に分かれ、中から一回り小さな人形が次々と出てくるものだ。人形の中にまた人形・・・・・・。いくつも繰り返されるその果てにあるかもしれない理想の相手を求めて、男も女も手探りで恋を繰り返すものなのだと映画では訴える。
だが、なぜロシアン・ドールズなのだろう。映画でロシアに関連するのはサンクトペテルブルグのロッシ通りと、ロシア語しか話せないバレエ・ダンサーの2つが出てくる。ペテルブルクでいちばん美しい通りと言うロッシ通り。通りの幅が22m、両側の建物の高さが同じく22m、そして通りの長さが220mというごく短いもので、典型なロシア風クラシック・スタイルの石畳の道路だ。映画ではグザヴィエがファッション・モデルの恋人をその道路に投影して、ずっと眺めていたい理想的な道路と言っていたのだが、その恋人に裏切られるや醜悪な道路と言い放つ。実際の道路は、路上駐車が多すぎて「完璧な道」の面影もないのだが。また、ロシア語しか話せないバレエ・ダンサーは、グザヴィエの友人の弟が見初めた恋人という設定ででてくる。恋心ゆえに1年でロシア語をマスターした彼は、そのバレエ・ダンサーに求婚しついにサンクトペテルブルグで結婚式を挙げることになる。しかし、結婚したその日に見事にマリッジブルーになってしまう。グザヴィエとは異なり結婚に対してかなり冒険的だった彼の結婚の結末はどうなっていくのだろうか。この壮麗な道路とバレエ・ダンサーのロシアに関する2つのメタファーがこの映画に深みを与えているのは言うまでもない。

さて、この映画で恋愛をロシア人形に例えたがために、見方によっては幾重にも重なったダミーの恋愛を捨て去ることが必要なんだと言う解釈もできてしまったりする。もちろん、この映画で本当に言いたいのは、相手に対する余計な設定条件を取り除いていけば最後は本当に必要なパートナーを見つけられるということだ。つまり、捨て去っていくのは自分の過去の恋愛の記憶ではなく、相手の外見など本質以外の余計な願望ということだ。こうして捨て去ることで、ロシア人形のように相手に対する無理に高い理想が現実的に小さくなっていくのは必然的なのかもしれない。だが、あえて条件を選択していくという点で妥協するのとは本質的に異なるのだ。

この映画の脚本を担当したセドリック・クラピッシュは1961年、フランス生まれで46歳。恋愛大国のフランスだが、やはり、自分の若い頃を振り返って懐かしむ年代に差し掛かっている。往々にして年配の人たちには、人生の最高の伴侶を求めて女性を変遷するこの映画に共感を覚えるようである。裏返せば人生に縛られてしまった人たちにとって、恋愛を楽しんでいたあの頃は本当に自由だったとの思い出と、もっと相手を真剣に選ぶべきだったという後悔があるのかも知れない。その一方で、夢と現実の狭間で悩む20代後半から30代前半の若者たちは、恋愛に右往左往する自身の姿が突きつけられているようで耐え難い想いを覚えるのだろう。なにしろこの映画では、主人公のグザヴィエは過去の回想を交えて自分の男女のだらしない恋愛模様を告白しているのだから。だが、後から思えば、悩んで泣いて苦しんでいた時期こそ人生を自由に生きている時期なのだ。

夢だった小説家への足がかり。一文にもならないブログの文章でさえ、読者の目を気にして筆者の本音がストレートに書かれているページは意外に少ない。まして、プロの物書きなら、それも、テレビドラマのシナリ・オライターなら、いろいろなしがらみから現実のカップルではあり得ないようなセリフも劇中に入れなければならない。自分の書きたいものがなかなか書けないのが現実だ。芸術かそれとも生活か。これは文章書きの誰もが遭遇する。本音を晒して生きてる主人公が情けなくてつい辛口になってしまうが、人よりちょっとモラトリアムが長めで、仕事のために吹けない笛を吹いてみたり、次のマトリョーシカを探しに行かずにおれないようなところは、自分に相似していて親近感を覚える。行きずりの恋いあり、遊びあり、一途な熱愛あり、同性愛あり、離婚あり・・・・・・。いろいろな形で恋愛が描かれているのだが、どんな形であれ、やはり人は愛し愛される相手を求めるものなのだろう。

コメント
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