ルワンダの90%弱の人口比のフツ族と残り10%強のツチ族は元々は同じ言語を使い、農耕を主とするか遊牧かという違いしかなかった。ただし、国土の殆どが農作業にはあまり向かない痩せた土地であったため、遊牧が主な生業であったツチ族の方が比較的豊かであり、国政も彼らが支配をしていた。ルワンダにおける内戦は、このフツ族とツチ族の支配者をめぐる内乱である。
1897年、ドイツによる植民地支配が始まったのだが、その2年前のルワブギリの死によって混乱していた王朝は、保護を求めてドイツの植民者と手を組んだ。その結果、ツチ族がフツ族への支配を続ける「二重植民地制」という複雑な政治構造が出来上がった。第1次世界大戦でのドイツ敗北後にベルギーが委任統治したころには、フツ族とツチ族は民族的アイデンティティが明確になっており、ベルギー人たちはこの対立を植民地政策の要石にしてローマ・カソリック教会と手をとり、ルワンダ社会を「人種境界」によって再編成し始める。
1933年からベルギーの統治者らは「人種」IDカードを発行するための人口調査を実施。すべてのルワンダ人をフツ族85%、ツチ族14%、トゥワ族1%に分類する。また、植民地における唯一の教育システムであるカソリック学校でツチ族を優遇する人種差別教育を行う。こうして、人種の優劣が叩き込まれて対立の悪夢がはじまる。
1952年に、フツ族が反乱に立ち上がって王政が廃止され、62年に共和国としてルワンダはベルギーから独立。その後、73年にフツ族で当時の国防相であったハビャリマナが軍事クーデターを起こして政権を握り、75年には全ての政党を解散し、独立体制を確立して大統領に就任。
このころからフランスが介入をはじめ、75年にルワンダと軍事協力協定を結んだフランスは、多額の軍事援助、ルワンダ政府軍や民兵組織の育成などでハビャリマナ大統領を支える。90年10月に、ウガンダに逃げ込んだツチ族の子弟や独裁政権に反対するフツ族の人々がルワンダ愛国戦線(RPF)を結成し、ウガンダを拠点として攻撃を開始し、ハビャリマナは93年8月にアルーシャ和平協定を結ばざるを得なくなる。この協定が引き伸ばされている間に大統領の暗殺があり、これを引き金に大虐殺(ジェノサイド)が始まる。この大虐殺で、約100日間で国民の10人に1人、少なくとも80万~100万人のツチ族が虐殺されたとされる。
ジェノサイド(英:genocide)は、一つの人種・民族・国家・宗教などの構成員に対する抹消行為をさす。ガス室集団虐殺を告発するため、第二次世界大戦中の1944年に、連合国側アメリカで刊行されたユダヤ人ラファエル・レムキンの著『占領下のヨーロッパにおける枢軸国の統治』で使用された造語だ。
国連で採択された(1948年)ジェノサイド条約(集団抹殺犯罪の防止及び処罰に関する条約)では、第3条により、次の行為は集団殺害罪として処罰されると定められている。しかし、ルワンダの場合は、介入を避けようとした調印国の抵抗により国連でその認定が遅れ、虐殺終了後にジェノサイドであると認定される結果となった。
この辺の経緯がこの映画で出てくる。時は1994年4月、舞台はルワンダの首都キガリにあるカトリック系の公立技術学校。英国から布教にやってきたクリストファー神父によって運営されるこの学校は、国連平和維持軍の駐留地でもある。キガリのあらゆるところで虐殺を目の当たりにする神父は国連軍に沈静化を懇願する。しかし、彼らはそれが内政干渉に当たると介入を拒否するばかりか、やがて撤退命令を受け、ルワンダを見捨てる決断を下す。
この映画の原題は“Shooting Dogs”。公立技術学校に駐留する国連平和維持軍の兵士たちは内政干渉にあたるから自衛以外の発砲は認められていないのだが、道端に転がったツチ族の死体に犬が群がり肉片をあさるのを見かねて銃を発砲をしようとする。そして、犬に向けた発砲が大規模な内乱勃発のきっかけとならないように神父に現地語で説明するように依頼するのだが、虐殺を抑制しようとせずに犬に向けて発砲しようとする国連兵士に「犬が君達に発砲してきたのかね?」と神父は怒りをぶつける。
人道的な意図で派遣される国連軍隊であるけれども、多くの映画で難民を救う上で何の役にも立っていないように描かれていることが多々ある。軍隊にとって命令は絶対だということは理解できるものの、その無力さには空しさを覚える。何のための国連なのかと。そして、国連軍が撤退すれば虐殺が始まるのが明らかなのにもかかわらず、撤退命令を出す国連軍の上層部にも疑問が残る。抵抗らしい抵抗を見せずに鉈で惨殺されていったツチ族の人々。彼らを救う策は本当になかったのだろうか。大量殺人兵器が当たり前の現代において、平和を維持するには武力しかないのだろうか。勇気とは・・・・・・。あえて現地に残った神父。彼の勇気がもっと大勢の人に伝われば。
ルワンダの内戦の根本的な原因はかつての西側の植民地支配にある。その根底には、西欧人の人種差別意識が起因している。人類は、この苦い経験からたくさんのことを学び取り、二度と悲劇を繰り返さないように心に強く刻み込むべきだ。なぜ、虐殺の場面から逃げ出したのと聞く少女の言葉とともに。そうすれば犠牲となった多くの人たちと神父の死を無駄にしないですむ。