「中国残留孤児岡山訴訟終結『感謝の会』」に参加
暑い、何とも暑い。35.4℃と今年一番の暑さだそうだ。さすがの私も食欲がない。いささかバテ気味で、夜の予定もキャンセルした。
さて今日の午後、ご案内があって「中国残留孤児岡山訴訟終結『感謝の会』」に参加させていただいた。我が館内に、該当の方々がお住まいになっておられ、昨年はその方々のお話を聞いたり、手作りの水餃子を食べる会等を開催させていただいた。そうしたご縁もあり、今回同じくお住まいの方々がおられる高島公民館と我が館、そして福祉交流プラザさいでんにご案内をいただいたという訳だ。
ところで、今回終結した訴訟とは、「2004(平成16)年、岡山地方裁判所に、中国「残留孤児」の方々が国家賠償請求訴訟を提訴した」ことに始まる。そしてこの訴訟は、国が「これまでの支援策が十分でなかった。申し訳ない」との態度を表明し、かつ「中国残留邦人等の円滑な帰国の促進及び永住帰国後の自立の支援に関する法律」を改正する形で、「新しい一定の生活支援制度」を打ち出す中で、原告団の方々が取り下げて終結した。
この訴訟について詳しくは、「中国残留孤児訴訟岡山弁護団」のホームページ、とりわけ裁判を終えるにあたっての高杉久治原告団団長及び奥津亘弁護士の「意見陳述」をお読みいただくと、今回の裁判の性格がよく理解できる。
ところで、私はこの訴訟のお話しを聞いた時、なかなか困難な訴訟だと思ったことを率直に認めざるを得ない。行政は不十分でも一定の施策を行ったものについて、それを「否」とする態度は取りにくいし、何しろ帰国されてからでも20年以上の歳月が過ぎており、勝訴は難しいと当時感じたものだ。
それがタッタ4年で、不十分さは残しつつも、裁判が終結した。原告団の方々の頑張りや弁護団のご努力、そして「支援する会」の輪の広がりが、今日の「感謝の会」へとつながっていると言えよう。その証拠に、今日の会には全ての政党の国会議員さんや県会議員さんが来賓で駆けつけご挨拶をされた。
それにしても、ご挨拶をされた原告団の方々の日本語は、上達したとはいえ、じつにたどたどしい。日本に帰国して、20年以上の時間が経過しているというのに。帰国されるまでのご労苦に加えて、帰国されても苦労の絶えない日々であったことは想像に難くない。その意味では、今回の裁判終結は決して終わりではなく、まさに新たな一歩の節目といえよう。「一定の生活支援策」を打ち出した「改正法」に、まさに「命を吹き込み、魂を入れる」のはこれからと言えよう。真に人間の尊厳が回復され、かつ生活保障が具体化されるために。
その意味でも、中国「残留孤児」の方々が、より豊かに暮らしていけるよう、「新支援策の具体化」のためにも、公民館としても役割を果たさなければと考えている。その意味でまずは、とても美味しかった「水餃子」を再度作っていただき、地元での交流の場を設定してはと考えている。
ともあれ、関係の方々に「本当にお疲れ様」と、深甚なる敬意を表したい。