12日(水)。昨夕、サントリーホールでチョン・キョンファのヴァイオリン・リサイタルを聴きました 彼女は韓国出身の世界的指揮者チョン・ミュンフンの実姉です プログラムは①モーツアルト「ヴァイオリン・ソナタ第35番ト長調K.379」、②プロコフィエフ「ヴァイオリン・ソナタ第1番ヘ短調」、③バッハ「シャコンヌ」、④フランク「ヴァイオリン・ソナタ イ長調」。ピアノ伴奏は1990年ショパンコンクール最高位のケヴィン・ケナーです
チョン・キョンファはニューヨークのジリア―ド音楽院で巨匠イヴァン・ガラミアンに、その後ヨーロッパで、かのヨゼフ・シゲティに師事しています 演奏会に録音にと活躍を続けていましたが、2005年9月のゲルギエフ+キーロフ劇場管弦楽団の韓国公演を指の故障で降板しました それ以来、演奏会からは遠ざかっていましたが、6年後の2011年12月に演奏活動を再開しました
自席は1階9列39番、最右端通路側席です。会場は9割方埋まっている感じです 約2000人収容の大ホールを決して安くない入場料で埋めるのはごく普通のアーティストでは出来ません
彼女の演奏を聴くのは、600円で購入したプログラムによると、2004年8月にチョン・トリオ(姉チョン・ミュンファのチェロ、弟チョン・ミュンフンのピアノ)で聴いたブラームスの「ピアノ三重奏曲第1番」の演奏以来のことです あの時は、冒頭のチョン・ミュンフンによるピアノが、期待よりも速すぎて、ちょっとがっかりしたことを覚えています。彼はチャイコフスキー・コンクール・ピアノ部門の入賞者ですが、やはり指揮に専念した方がいいと思ったものです
舞台の照明が落ち、チョン・キョンファがワイン・レッドのドレスで颯爽と登場します 背丈のあるピアニスト、ケヴィン・ケナーと並ぶと、まるで大人と子供です
1曲目のモーツアルト「ヴァイオリン・ソナタ第35番K.379」がケナーのピアノで始まります やさしく語りかけるような演奏に、チョンのヴァイオリンが応えます。二人の会話を聴いているような感じです 第2楽章にはピチカートで演奏する変奏がありますが、チョンは、モーツアルトでそこまでやるか?と言いたくなるほど力を込めて弦を弾きます。彼女の激しい気性の一部を垣間見るように感じました
2曲目のプロコフィエフ「ヴァイオリン・ソナタ第1番」も、ピアノの前奏に導かれてヴァイオリンが入ってきますが、その一音を聴いて「只事ではないぞ」と感じました。それを”殺気”と言い換えても良いかもしれません。凄味のある演奏です この曲もピチカートで演奏する箇所がいくつかありますが、モーツアルトの時と同様に、力を込めて弾きます。一音一音に全力を込めるのがチョンの信条なのだと思います
第2楽章「アレグロ」を弾き終わった彼女は、肩の力を抜いてフーッと息をつきました。相当集中していたことが想像できます 第3楽章のアンダンテをゆったりと演奏していたかと思うと、第4楽章「アレグリッシモ」に入るや否や、人が変わったように激しく弾き切ります
最後の一音が鳴り終わってからかなり長い間、チョンは弓を下ろさず弾き切った姿勢を保ちます。実際には30秒もなかったかもしれませんが、その間、会場は水を打ったような緊張の時間が続きました ゆっくりと弓が下ろされると、待ってましたとばかりに割れんばかりの拍手 とブラボーが舞台上のアーティストに押し寄せます
プログラム後半の1曲目、バッハの「無伴奏バルティータ第2番」から「パルティータ」が緊張感を持って始められます じっと目を閉じて聴いていると、一音一音に”魂が込められている”と感じます 名曲名演奏の手本のような深い演奏です
プログラムの最後はヴァイオリン曲の代名詞のようなフランクの「ヴァイオリン・ソナタ イ長調」です。第1楽章冒頭、ピアノに導かれてアンニュイなヴァイオリンの調べが入ってきます その瞬間から会場はフランクの世界に誘われます。うねるような、そして凄味のある演奏が展開します 第4楽章が圧倒的な迫力で終わると、会場一杯の拍手 が二人を包みます。
気を良くした二人はアンコールに応え、シューベルトの「ソナチネ第1番」から第2楽章「アンダンテ」を演奏しました 明るい中にどこか悲しみを湛えたニュアンスがよく出た演奏でした ほとんどの聴衆が席を立たないので、次に同じ曲の第3楽章「アレグロ・ヴィヴァーチェ」を楽しげに演奏しました その演奏姿が一瞬、弟のチョン・ミュンフンの指揮姿にダブって見えました。
このリサイタルを成功に導いた大きな要因の一つはピアノ伴奏のケヴィン・ケナーのサポートです 何の主張もない演奏ではなく、主役が演奏しやすい雰囲気を作りながらきちんと自己を主張していました。このコンビは息がピッタリです