6月1日(日)。昨日、新宿ピカデリーでMETライブビューイング、ロッシーニの喜歌劇「ラ・チェネレントラ」を観ました 「チェネレントラ」と言われても何のことやら、ですが、早い話が「シンデレラ」です キャストは、アンジェリーナ/チェネレントラにジョイス・ディドナート、王子ドン・ラミーロにファン・ディエゴ・フローレス、王子の後見人アリドーロにルカ・ピザロー二、男爵ドン・マニフィコにアレッサンドロ・コルベッリ、王子の従者ダンディー二にピエトロ・スパニョーリほか。指揮はファビオ・ルイージ、演出はチェーザレ・リエ―ヴィです
物語は・・・・母を亡くしたアンジェり―ナ(ジョイス・ディドナート)は、継父のドン・マニフィコ男爵や異母姉たちに女中のようにこき使われ、チェネレントラ(灰かぶり)と呼ばれ虐げられていた 彼女は乞食のアリド―ロ(ルカ・ピザ―ロ)に食べ物を恵むような優しい少女だった。ある日、結婚相手を探すために従者に扮したドン・ラミ―ロ王子(フローレス)が男爵家を訪れ、一目でチェネレントラと恋に落ちる 王子に扮したダンディー二(スパリョー二)のパーティの招待を受けるが、男爵は異母姉たちだけをパーティーに連れていく。ダンディー二の正体に気づかないまま媚を売る異母姉たち。家の残されたチェネレントラはアリド―ロの助けを得て美しく着飾り、パーティーに参加する 王子は彼女が置いていった腕輪を手掛かりにチェネレントラを探す
2010年からMETの首席客員指揮者を務めるファビオ・ルイージがオーケストラ・ピットに登場、序曲の演奏に入ります。最初はゆっくりと、徐々にテンポアップして”ロッシーニ・クレッシェンド”でオケを煽り立てます 序曲を聴いているだけで、これから始まるオペラの楽しさにワクワクしてきます
最初の場面で、チェネレントラ(ディドナート)と2人の姉、クロリンダ(ラシェル・ダーキン)、ティスペ(パトリシア・リスリー)が、次いでマニフィコ男爵、従者ダンディー二、王子が登場しますが、チェネレントラと王子を除いた全員が顔に白粉を塗って、まるでサーカスのピエロのような顔つきをしています オペラブッファ(喜歌劇)の中で、主人公のチェネレントラと王子だけは”真実の愛”を追究する真面目な役割を与え、他の登場人物には、二人の引き立て役に徹しさせます。歌も明確に区別されます。それがこの演出の大きな特徴です
ヒロインを演じたジョイス・ディドナートの素晴らしさをどう表現すればよいでしょうか 最高音から最低音まで美しさを失わず、輝くばかりのベルカントです 現代最高のロッシーニ歌いといっても過言ではないでしょう
王子を演じたフアン・ディエゴ・フローレスのベルカント・テノールは現在望みうる最高の歌声です この人は、悲劇的なオペラはもちろん良いのですが、彼の明るい持ち味はオペラ・ブッファにこそ相応しいと言えます ディドナートと組んでロッシーニを歌わせたら、右に出る者はいません
フローレスは、2011年9月のボローニャ歌劇場の来日公演でベッリーニ「清教徒」にアルトゥーロ役で出演予定だったのが、直前に声帯に痛みを感じたとかでシラクーザが代演しました この時も、同じ年のMETの来日公演と同じように、高額なチケットを買って生で聴くのを楽しみにしていたのに叶いませんでした
「チェネレントラ」に戻ります。今回の公演で何より素晴らしいと思ったのは脇役が一人も居ないということです 中でも、チェネレントラの姉を演じたダーキン(ソプラノ)とリスリー(メゾソプラノ)の二人は、いかにも意地悪な姉妹をいかにも意地悪そうに演じ、聴衆の笑いを誘っていました ただ、それだけに止まらず、歌も立派なものでした
従者で偽王子を演じたスパニョーリ、王子の後見人を演じたピザロー二、2人の娘の父親を演じたコルベッリは、ともに優れた演技力と歌唱力でオペラ・ブッファに華を添えていました
ロッシーニのオペラの魅力に、早口で歌うパッセージがありますが、幕間のインタビューでスパニョーリが、デボラ・ボイトから「どうやって練習するんですか?」と質問され、「最初はゆっくりと歌い、だんだん速くしていくのです。ラップのようにね」と答えると、ボイトが「ラップ???」と疑問に思っているので、スパニョーリが「ラップ・ミュージックですよ」と答えると、「ああ、なるほど」と納得していました
幕間のインタビューで、指揮者のルイージが「昨日、おなじMETの舞台で『蝶々夫人』を振ったばかりだ」と話していましたが、ずい分タフな人ですね。こうでなければMETの首席客員指揮者は務まらないのか、とも思いました
とにかく楽しいオペラ・ブッファです。ロッシーニはこの「ラ・チェネレントラ」をわずか24日間で完成したそうです。重要でない部分は地元の作曲家に任せたとのことですが、それにしても、モーツアルト並みの、いや、オペラに関してはモーツアルト以上か、驚異の速さです
チェーザレ・リエ―ヴィの演出・舞台作りは極めてオーソドックスなもので、奇をてらったところがなくとても好感が持てました
幕間のインタビューで、デボラ・ボイトの「これでこの作品を歌うのは最後になるわね」という質問に、ディドナートが「そうなの。寂しいわ」と答えるシーンがありました。この作品をもってMETライブビューイング2013-2014も終了になります。同じロッシーニでも「セヴィリアの理髪師」ほど人気の高いオペラではないので、今後再び上演されるチャンスは滅多にないのかも知れません。それで「最後」という言葉が出てきたのだと思います
しかし、実際に観て、聴いてみて、「これほど楽しいオペラがあるだろうか」と思うほど楽しさに溢れた作品でした。アンコール上映を期待したいところです
「ラ・チェネレントラ」は、休憩1回・特典映像を含めて3時間24分の上映(イタリア語) 都心では新宿ピカデリー、東銀座・東劇ほかで6月6日(金)まで上映中です