人生の目的は音楽だ!toraのブログ

クラシック・コンサートを聴いた感想、映画を観た感想、お薦め本等について毎日、その翌日朝に書き綴っています。

「戦中日本のリアリズム~アジア主義・日本主義・機械主義」公演を聴く~サントリー サマーフェスティバル / 音響設計者・豊田泰久さんがホール設計で目指すこと

2017年09月11日 08時04分46秒 | 日記

11日(月).昨日の日経朝刊「NIKKEI THE STYLE」が音響設計者の豊田泰久さんを取り上げていました   豊田さんは1952年広島県生まれ.九州芸術工科大学を卒業後,永田音響設計に入社.現在は同社のロサンゼルスの現地法人とパリの支社の代表を務めています   豊田さんと言えば,つい最近リニューアル・オープンした「サントリーホール」をはじめ,同じヴィンヤード形式の「ミューザ川崎シンフォニーホール」,そして「札幌コンサートホールKitara」,海外に目を転じると米ロサンゼルスに2003年に完成した「ウォルト・ディズニー・コンサートホール」,今年1月にオープンしたドイツ・ハンブルクの「エルプフィルハーモニー・ハンブルク」,さらに,ロシアの「マリインスキー・コンサートホール」等の音響設計を担ったことで世界中にその名を轟かせています

「音響設計とはどんな仕事か」という質問に「突き詰めると,部屋の形と材料(を決めること)」と語ります   建物そのものを設計する建築家と相談しながら,どういう形状の反響版や反響壁をどこに置くかを考えるとのことです.豊田さんは,新しいホールの仕事を引き受けると,実物の10分の1サイズ,大人が入れるほどの大きさの模型を製作し,客席には人形を座らせ,実際に聴衆がいる状態を作って,音響実験を繰り返すといいます   同業者は世界に数多いが模型まで作る人は少ないだろうとのこと.その豊田さんが目指すのは「リッチでクリアな音」,それに加えて「intimacy.日本語にするなら,親密さ」だと語ります   「どの席がベストですか?」と尋ねられることが多いが,「ベストの席はありません.素晴らしい席はあります」と答え,「うれしいのは,自分の席がベストだと言ってもらえたとき」だと語ります

私がこれまで聴いてきた中で一番好きなコンサートホールは「サントリーホール」で,次は「ミューザ川崎コンサートホール」です.共通点はヴィンヤード形式(舞台を客席で囲む)のホールということですが,どの席で聴いてもそれなりに満足のできる音で音楽を聴くことが出来ます   反対に,同じ規模のホールで最悪だと思うのは渋谷の「オーチャード・ホール」です   音が頭の上をスース―通過していく感じがします

ということで,わが家に来てから今日で1076日目を迎え,陸上の男子100メートルで21歳の桐生祥秀(東洋大4年)が9日,日本新記録の9秒98(追風1.8メートル)をマークし,日本選手で初めて10秒の壁を破った というニュースを見て感想を述べるモコタロです

 

     

      ご主人は中学で13秒2,高校で11秒6だったと言っているよ キミ聞いてんの?

 

                                           

 

昨日,サントリーホールで「片山杜秀がひらく日本再発見 戦中日本のリアリズム~アジア主義・日本主義・機械主義」公演を聴きました   プログラムは①尾高尚忠「交響幻想曲”草原”」,②山田一雄「おほむたから(大みたから)」,③伊福部昭「ピアノと管弦楽のための協奏風交響曲」,④諸井三郎「交響曲第3番」です   ③のピアノ独奏=小山実稚恵,管弦楽=東京フィル,指揮=下野竜也です

ソ連のスターリン時代にプロコフィエフやショスタコーヴィチらは「時局の要請」と「個人の表現」をギリギリのところで折り合わせる努力によって名作の数々を生み出していったが,太平洋戦争中の日本の作曲家たちも,これとかなりよく似た状況下で作曲したのではないか,という視点に立って企画された公演です

  

     

 

自席は1階19列16番,センターブロック左通路側席です.会場は1階席を中心にかなり入っています   東京フィルの面々が配置に着きます.オケは左から第1ヴァイオリン,第2ヴァイオリン,チェロ,ヴィオラ,その後ろにコントラバスという並びです.コンマスは三浦章広です

1曲目は尾高尚忠(1911-51)の「交響幻想曲”草原”」です   この曲は1943年7月に完成,翌44年3月に尾高尚忠指揮日本交響楽団(現・N響)により初演されましたが,その後数回演奏されたものの,戦後の演奏は今回が初めてではないか,と言われまています

尾高尚忠はこの作品の楽譜に「この作品は蒙古(モンゴル)の大草原,いわゆるステップ地帯を主題とする幻想的交響詩である」と書いているとのことです

下野の指揮で演奏に入りますが,たしかに作曲者が思い描いた通りの,地平線が広がる大草原や,人馬一体となった行進の様子などを思い浮かべるような雄大な音楽が展開します

演奏後,下野は指揮台からスコアブックを持ち上げ,「この作品に拍手を」とアピールしました

2曲目は山田一雄(1912-91)の「おほむたから(大みたから)」です   この曲は1944年1月に完成,山田一雄指揮日本交響楽団(同上)により初演されました.「おほむたから」は発音すると「おおんたから」で,「おほむ」を漢字にすると「大御」で「天皇」を意味し,「たから」は「田から」で「田の仲間=農民」と同義,そこから「おほむたから」は「天皇の民」,つまり,この作品は戦時における日本国民の姿を描いた曲ということになります   この曲の楽譜は戦後,山田によって隠し通され,復活演奏は2001年4月に飯守泰次郎指揮新交響楽団(アマオケ)によって行われました

下野のタクトで曲が開始されますが,途中からマーラーの交響曲第5番第1楽章に似た旋律が出てきて,明らかにマーラーの影響を感じます   特に中盤で急激に管弦楽の嵐が吹き荒れますが,ほとんどマーラーそのものと言っても過言ではない音楽です   当時の山田一雄がマーラーに心酔していたことがよく伺えます

この曲の終了後も,下野はスコアブックを持ち上げ,作曲者を讃えました

 

     

 

1回目の休憩後の3曲目は伊福部昭(1914-2006)の「ピアノと管弦楽のための協奏風交響曲」です   この曲は1941年に完成,翌42年3月にマンフレート・グルリット指揮東京交響楽団(現・東京フィル)によって初演されました.この曲は3つの楽章から成ります

伊福部はこの曲の初演のプログラムに「血液の審美と現代のダイナミズムの結合がこの作品の主体である」と書いていますが,ここでいう「血液の審美」とは,民族的性格の賛美のことを指しています   よく知られているように,伊福部は北海道の田舎でアイヌと付き合ってきたことから,「民族」を強く意識した作品を数多く残しています

ピア二ストの小山実稚恵が下野とともに登場しピアノに向かいます   下野の指揮で第1楽章が開始されます.冒頭から「日本のストラヴィンスキー」とでも言いたくなるような,リズムが炸裂する曲想です   あの「ゴジラ」のメインテーマを思い出しました   第2楽章はオーボエとフルートが寂寥感を湛えた音楽を奏で,ピアノが呼応します   第3楽章は再び,リズム中心の管弦楽炸裂の音楽です.こういう音楽を聴くと日本人の血が騒ぎます

満場の拍手に,小山は伊福部昭の「ピアノ組曲」から「七夕」をしみじみと演奏,聴衆のクールダウンを図りました

 

           

 

2回目の休憩の後は諸井三郎(1903-77)の「交響曲第3番」です   この曲は1943年4月から翌44年5月にかけて作曲され,1950年5月に山田一雄指揮日本交響楽団(同上)により初演されましたが,その後は1978年の作曲者の追悼コンサートまで演奏されず,それ以降は本名徹次と飯守泰次郎の指揮で新交響楽団(アマオケ)が取り上げています   プロのオケが公開で演奏するのは今回が39年ぶりとのことです

この曲は第1楽章「静かなる序曲ー精神の誕生とその発展」,第2楽章「諧謔について」,第3楽章「死についての諸概念」の3つの楽章から成ります

全曲を通して聴いた限り誰とも違う曲想ですが,これと言った特徴が捉えにくい曲という感じがします   その中で,印象に残ったのは第3楽章のフィナーレです.交響曲と言えば,管弦楽総動員による大音響のフィナーレを思い浮かべますが,この曲はまったく反対で,曲で例えれば,ベートーヴェンの交響曲第6番「田園」のフィナーレのように穏やかに幸福感に満ちて終わります   特徴と言えばそれが特徴だと思います

下野はこの曲が終わると,拍手の中 舞台袖に引き上げ,この日演奏したすべてのスコアブックを両手に抱えて登場し,譜面台に置き,「この作品たちに拍手を」と賞賛を求めました   聴衆は作曲者と演奏者に大きな拍手を送りました

この日演奏された4曲の中では,伊福部昭の作品が一番私の好みに合っていました   伊福部のLPを何枚か持っていたはずですが,見つからないので,折を見てCDを買おうかと思います

 

     

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