人生の目的は音楽だ!toraのブログ

クラシック・コンサートを聴いた感想、映画を観た感想、お薦め本等について毎日、その翌日朝に書き綴っています。

飯森範親 ✕ 角田祐子 ✕ クリスティアン・ミードル ✕ 東響で ツィンマーマンの歌劇「白いバラ」、ヘンツェ「交響的侵略」を聴く ~ 東響5月定期演奏会 / ワグネリアン 日本ダービーを制す!

2018年05月28日 07時24分15秒 | 日記

28日(月)。この1週間で一番可笑しかった記事をご紹介します 昨日の朝日朝刊 第1面のコラム「折々のことば」(執筆者=哲学者・鷲田清一氏)で紹介されたことばです

「おめでとう。めっちゃきれいやったでー。」「ありがとう。そんなん言うてもらえてうれしいわぁ。先週 整形しといてよかったわぁ。」(結婚式にて)

花嫁のこの受けには「整形 間に合ってよかったなぁ」と返す。「元からきれいだよ」ではなく。国語学者・澤村美幸が衝撃を受けたある結婚式での会話だ。友人のほめ言葉をボケで受ける花嫁に、「おもろい」言葉をさらに被せて話を転がしてゆく大阪人の”もてなし”の作法である。同じ国語学者・小林隆との共著『ものの言いかた西東』から。

ということで、わが家に来てから今日で1334日目を迎え、学校法人「加計学園」が26日、愛媛県今治市の獣医学部新設を巡り、安倍晋三首相が2015年2月に学園の加計孝太郎理事長と面会し 計画の説明を受けたとの記載がある県の新文書について「当時の担当者が実際にはなかった総理と理事長の面会を引き合いに出し、県と市に誤った情報を与えてしまった」とするコメントを発表した というニュースを見て感想を述べるモコタロです

 

     

     結論として 加計学園は愛媛県と今治市を騙して認可を得たということでいいのね?

 

         

 

昨日午後、東京競馬場で開催された第85回日本ダービーで、8枠のワグネリアンが優勝し、3歳馬 6955頭の頂点に立ちました 父はディープインパクト、母はミスアンコール、母の父はキングカメハメハという血統で、騎手は福永祐一が務めました 私は競馬・競輪・パチンコの類は一切やらない(やる暇もない)のでテレビ中継も見ませんでしたが、「ワグネリアン」という名前に興味を持ちました 馬の所有者は金子真人ホールディングスという会社ですが、ここの代表者・金子真人氏がワグネリアン(=リヒャルト・ワーグナーの音楽に心酔している人、ワーグナーの熱狂的なファン)なのではないかと密かに疑っています ワーグナーの楽劇「ニーベルングの指環」4部作の「ワルキューレ」のタイトルロールは天馬に乗って戦場を駆け巡り 戦死した勇士を選び取って天上の宮殿ヴァルハラへ迎え入れる役割を担っています  そこで馬が結びつくのか? そんなにウマくつながるわけはないか これはホースアウトだな

 

         

 

26日(土)サントリーホールで東京交響楽団第660回定期演奏会を聴きました プログラムは①ヘンツェ「交響的侵略~マラトンの墓の上で~」、②ウド・ツィンマーマン:歌劇「白いバラ~2名の独唱者と15の器楽アンサンブルのための」(演奏会形式・日本初演)です ②のソプラノ独唱は角田裕子、バリトンはクリスティアン・ミードル、指揮は飯森範親です

 

     

 

この日のサントリーホールはいつもの東響定期公演に比べて空席が目立ちます 取り上げられた2曲が ほとんどの人にとって初めて聴く”現代の”プログラムだからだと思われます おそらく定期会員以外の聴衆を呼び込むことができなかったのでしょう

オケのメンバーが配置に着きます。弦は左奥にコントラバス、前に左から第1ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラ、第2ヴァイオリンという対向配置をとります 4管編成の管楽器群の後方にはティンパニをはじめとする打楽器奏者7人が控え、右サイドにはピアノ、チェレスタ、ハープがスタンバイします。これこそフル・オーケストラ態勢です

コンマスは水谷晃氏。チェロに樋口泰世さんの姿を発見しました。1年ぶりくらいではないかと思いますが、今までどこでどうしていたんでしょうか

1曲目はヘンツェ「交響的侵略~マラトンの墓の上で~」です   この曲はハンス・ヴェルナー・ヘンツェ(1926‐2012)が、ルキノ・ヴィスコンティ演出による演劇「ダンスのマラソン」(1957年)のための音楽を作り替え、2001年に作曲したものです その劇は昼夜を問わず踊り続けなければならない過酷なダンス大会の様子を描いたものとのことです

飯森氏の指揮で演奏が開始されます。「ダンス」という概念を頭に入れて聴いていたのですが、「ワルツ」や「ポルカ」などのメロディーを聴くことは出来ず、暴力的とまで言えそうな音楽が打楽器群によるリズム中心の強烈な演奏により展開します タイトル通り「侵略」が相応しい音楽です。この暴力的な行進はどういう風に決着するのか、と思っていると、「なんちゃって。どこか変ツェ」みたいに呆気なく幕を閉じ、肩透かしを食います まるで、踊り疲れたダンサーたちが息絶えたかのようです それで「マラトンの墓の上で」なのか~


     


プログラム後半はウド・ツィンマーマン:歌劇「白いバラ~2名の独唱者と15の器楽アンサンブルのための」(演奏会形式・日本初演)です オペラ「白いバラ」は、もともと1967年にウド・ツィンマーマン(1943~)の兄が台本を書き、ドレスデン音楽院の学生が上演するために書かれた簡素な作品だったのを、1985年に、ヴォルフガング・ヴィラシェックの台本の元に全面的に書き直したものです

「白いバラ」とは第二次世界大戦中に、ドイツのミュンヘン大学の学生だったハンス・ショルとその妹ゾフィーを中心に結成された ナチスへの抵抗運動のグループ名です  彼らは非暴力的な反ナチ活動を展開しましたが、ショル兄弟ら中心人物7人は反逆罪で1943年に逮捕され処刑されました

このオペラは次の16のパートから成りますが、純粋な意味での「オペラ」には遠く、ハンスとゾフィーの心の揺れ、死への恐怖、人々への呼びかけなどが断片的に語られるような内容になっています

第1曲 私の目に光を!さもないと死の眠りについてしまう

第2曲 私の心は目覚めている

第3曲 撃つな!

第4曲 こんなことがあるなんて

第5曲 子供たちは死に旅立つというのにまだ歌っている

第6曲 僕たちは壁を築き上げた

第7曲 扉が閉まる

第8曲 奴らが妹の髪を刈った(※この公演では歌は割愛された)

第9曲 もう一度だけ一緒に私たちの森を歩きたい

第10曲 男が凍え死んで、身動きせず横たわっている

第11曲 間奏曲

第12曲 神よ、私は口ごもっているばかり

第13曲 目を背けるんじゃない、そこに幸せはないのだから

第14曲 最後の幻想

第15曲 私の敵はこう言うべきだろう「自分が勝利した」と

第16曲 もう黙っていてはだめだ

ソプラノ独唱は角田祐子、バリトン独唱はクリスティアン・ミードルです 角田祐子(かくた ゆうこ)はハノーファー州立歌劇場に5年間、シュトゥットガルト州立歌劇場に12年間、ソリスト専属契約を結び現在に至っており、2016年にはドイツから宮廷歌手の称号を得ています 一方、クリスティアン・ミードルはドイツ・バイエルン出身で、2003年にフランシスコ・ヴィーニャス国際歌唱コンクールでオラトリオ・歌曲部門の最優秀賞を受賞しています

飯森氏の合図で第1曲「私の目に光を!さもないと死の眠りについてしまう」が開始されます 冒頭ハンス(ミードル)のモノローグに続いてピッコロの高音とバス・トロンボーンの低音、打楽器による金属的なリズムが鳴り響き、不穏な世界が醸し出されます そのあとゾフィー(角田)が「私の目に~」を完璧なコントロールにより透明な高音で歌い上げます この曲は第15曲「私の敵はこう言うだろう『自分が勝利した』と」でも歌われます とくに印象が残ったのは第9曲「もう一度だけ一緒に私たちの森を歩きたい」です ゾフィーが、自然や生命が次々と失われていくことを嘆き、せめて兄のハンスともう一度森を歩きたい、と叶わぬ望みを歌うのですが、そこにあるのは限られた命を意識する”諦念”です

第11曲は「間奏曲」ですが、第1曲の冒頭で現れた金属的な不穏な響きが支配し、二人の運命の時が近づいていることを警告します 最後の第16曲「もう黙っていてはだめだ」は、死を目の前にしたハンスとゾフィーのドイツの市民への最後の訴えです。二人が交互に「黙っているのはもうやめよう」「おかしいことはおかしいと言おう」「勇気を出して本当のことを語ろう」などと訴えます

アメリカンフットボールの悪質タックル問題で加害者となった日本大学の学生が日本記者クラブでの記者会見で「監督、コーチ陣からのプレッシャーがあったにしろ、そのプレーに及ぶ前に、自分で正常な判断をするべきだった   少し考えれば自分がやったことは間違っていると前もって判断できたと思うので、自分の意思を強く持つことが今後重要だと思いました」と語っていましたが、「少し考えれば」ヒトラー政権のやっていることは異常で残虐極まりない行為だということは分かるはず、そして黙認することで結果として政権に加担していることも分かるはずです。「白いバラ」のメンバーたちは、いったん立ち止まって少し考えること、そして声を上げることを訴えたのですが、当時のドイツ国民には受け入れられませんでした。どれほど無念だったことでしょう(蛇足ですが、日大の学生が行った行為は悪質でしたが、実質的に強いられた行為でした。勇気を出して顔出しのうえ 反省を交えて語った会見は 内容が真実と信じられるに足る好感の持てるものでした)。

第16曲は 狂気の行進曲(飯森氏の解説によると、ヘンデルの歌劇「リナルド」のアリア「泣かせてください」のモチーフ)が奏でられる中、最後にゾフィーが「絞首刑で死ぬの?それともギロチン?」と問いかけ、会場が暗転し幕を閉じます。オペラが終わったのは分かっていても、誰も拍手をしません。出来ないのです そして再度 照明が点くと大きな拍手が起こりました

ハンスとゾフィーは1943年2月22日、ギロチンにかけられてこの世に別れを告げました。ハンスは享年25歳、ゾフィーは享年21歳でした 現在ドイツの学校の多くは、白バラのメンバーの名前を校名に頂いているそうです。子供たちの一人ひとりが白バラの理念の継承者であってほしいというい願いが込められているとのことです

角田祐子は、前述の通り透明感のあるソプラノでゾフィーの心情を訴え、心に響くものがありました クリスティアン・ミードルはこの役は何度も歌っているだけあって、軽くも深みのあるバリトンでハンスの不安な心理を歌い上げていました

今回の「白いバラ」日本初演は二人の歌手、飯森範親✕東京交響楽団の熱演によって大成功裏に終わったと言うべきでしょう

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