医師が守るべき倫理規範

2025年02月10日 12時30分15秒 | 医科・歯科・介護

医の倫理綱領
 医学および医療は、病める人の治療はもとより、人びとの健康の維
持もしくは増進を図るもので、医師は責任の重大性を認識し、人類愛
を基にすべての人に奉仕するものである。
1. 医師は生涯学習の精神を保ち、つねに医学の知識と技術の習得
に努めるとともに、その進歩・発展に尽くす。
2. 医師はこの職業の尊厳と責任を自覚し、教養を深め、人格を高
めるように心掛ける。
3. 医師は医療を受ける人びとの人格を尊重し、やさしい心で接す
るとともに、医療内容についてよく説明し、信頼を得るように
努める。
4. 医師は互いに尊敬し、医療関係者と協力して医療に尽くす。
5. 医師は医療の公共性を重んじ、医療を通じて社会の発展に尽く
すとともに、法規範の遵守および法秩序の形成に努める。
6. 医師は医業にあたって営利を目的としない。
日本医師会綱領
 日本医師会は、医師としての高い倫理観と使命感を礎に、人間の尊
厳が大切にされる社会の実現を目指します。
1. 日本医師会は、国民の生涯にわたる健康で文化的な明るい生活
を支えます。
2. 日本医師会は、国民とともに、安全・安心な医療提供体制を築
きます。
3. 日本医師会は、医学・医療の発展と質の向上に寄与します。
4. 日本医師会は、国民の連帯と支え合いに基づく国民皆保険制度
を守ります。
 以上、誠実に実行することを約束します。
第102回日本医師会定例代議員会(平成12年4月2日採択)

1.医師の基本的責務
(1)医学知識・技術の習得と生涯学習
 専門職としての能力、すなわち確かな医学知識と技術は、医師にとって当然備える
べき条件である。そのためにも、医師は医療を行う限り、生涯にわたり日進月歩の現
代医学に基づく医学知識を学び、その技術を習得する義務があり、さらに診療に当たっ
ては、確かな根拠に基づいた医療を行う責任がある。学習は、活字をはじめとするさ
まざまなメディアを通じて行い、また学会や医師会の講演会や研修会への参加など、
さまざまな機会をとらえて行われるべきである。そして広い視野で情報収集を行った
うえで、その学習の成果を日々の医療の実践において発揮すべきである。
◆日本医師会生涯教育制度:https://www.med.or.jp/cme/about/index.html
(2)研究心、研究への関与
 医師は、その従事する職域にかかわらず、常に医学の進歩と発展のために貢献すべ
きである。医療の向上のためには、個々の患者に対する診療のみならず、診療の基礎
となる研究の向上を図ることも重要である。
 今後は医療データの重要性がいっそう高まり、開業医を含めて、多施設での研究が
盛んになることが予想される。研究への参加には、研究に直接携わることのみならず、
研究に協力すること、研究に対して適切な評価を行うことなども含まれる。同時に、
研究への参加・協力が、企業などの利益との間で利益相反状況を呈することがあり、
その点に十分留意する必要がある。
 また、人を対象とする新しい医療技術の研究・開発に当たっては、世界医師会(World
Medical Association;WMA)ヘルシンキ宣言の趣旨を重んじ、誠実と謙虚を旨とし、
科学的態度と倫理的視点の両側面に常に配慮すべきである。また、研究倫理審査委員
会など、しかるべき組織や機関に審査、評価を依頼することも必要である。
◆日本医師会治験促進センター:http://www.jmacct.med.or.jp/

(3)医師への信頼の基盤となる品位の保持
 医師は、日頃から多くの人と交わり、さまざまな学識や経験を生かした多面的なも
のの見方ができるように見識を培い、医業の尊厳と医師としての社会的使命を重んじ、
また、その言動について責任をもつべきであり、患者や社会の信頼に応えるよう努め
なければならない。この信頼は、医学知識や医療技術だけでなく、誠実、礼節、清潔、
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謙虚、良いマナーなどのいくつかの美徳に支えられ培われるものである。このような
人間性の修養と品位の保持に努めることは、社会の医師集団に対する信頼を維持する
基盤であり、個々の医師にとっての責務でもある。また、医療は国を超えて世界のい
ずれの国においても重要な社会の基本要素であり、医師は、WMA におけるさまざま
な宣言等に留意するとともに、患者の権利を尊重し、人類愛をもった行動と言動に努
める必要がある。

2.医師と患者
(1)患者の権利の尊重および擁護
 医師は患者の利益を第一とし、患者の権利を尊重し、これを擁護するように努めな
ければならない。
【解説】
 医師は診療に際し、患者にとって何が最善であるかを考えることが必要である
が、医療の進展により、いずれの方法をとるべきか、あるいはどこまでの治療を
行うべきかが明白でない事象も生じている。
 したがって、医師として患者の権利を尊重し、擁護するように努めることの重
要性がいっそう増している。患者の権利の尊重および擁護、これなくして、医師
は患者あるいは社会からの信頼を得ることができない。
 他方、患者は権利を主張するだけでなく診療に協力することが求められるほか、
診療について負担すべき費用を支払うなどの義務も負う。
 患者の権利としては、公正な医療を受ける権利、説明を受け自らの意思に基づ
き医療を受ける権利、逆に医療を拒否する権利、プライバシーが守られる権利、
セカンド・オピニオンを求める権利などがある。ただし、それらの権利にも一定
の制約がある。たとえば、患者のプライバシーが重要といっても、医師には重大
な感染症の報告義務があることなどがその例となる。

もちろん、医師にも人として権利がある。自らの良心に反するような診療を強
制されない権利などがその例となる。
 医師は診療に当たり自分の利益を優先したり、また不当な外圧によって不正な
行為に加担したりするようなことがあってはならない。何よりも患者の利益を第
一に行動することが、最も基本的な行動原則である。
◆世界医師会:ジュネーブ宣言 1948 年 9 月採択(2006 年 5 月最終改訂)
◆世界医師会:WMA 医の国際倫理綱領 1949 年 10 月採択(2006 年 10 月最終改訂)
◆世界医師会:患者の権利に関する WMA リスボン宣言 1981 年 10 月採択(2006 年 5 月最終改訂)

(2)病名・病状についての本人および家族への説明
 医療における医師・患者関係の基本は、直ちに救命処置を必要とするような緊急事
態を除き、医師は患者に病状を十分に説明し、患者自身が病気の内容を十分に理解し
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たうえで、相互に協力しながら病気の克服を目指すことである。したがって、一般的
にいえば、医師には患者を診察したときは患者本人に対して病名を含めた診断内容を
告げ、今後の推移、および検査・治療の内容や方法などについて、患者が理解できる
ように丁寧に分かりやすく説明する義務がある。
 しかし、例外的に、真の病名や病状をありのまま告げることが患者に対して過大な
精神的打撃を与えるなど、その後の治療の妨げになる正当な理由があるときは、真実
を告げないことも許される。この場合、担当の医師は他の医師等の意見を聞くなどし
て、慎重に判断すべきである。

 本人へ告知をしないときには、しかるべき家族等に正しい病名や病状を知らせてお
くことが重要である。
 また、告知をする場合でも、家族と共に、説明をする必要がある場合も多い。医師、
本人、家族が協力して病気に立ち向かうことが必要な場合などには、病名・病状の説
明がその第一歩になるからである。ただし、患者本人が家族に対して病名や病状を知
らせることを望まないときには、それに従うべきである。
 家族が患者本人に本当の病名や病状を知らせてほしくないと言ったときには、真実
を告げることが患者本人のためにならないと考えられる場合を除き、医師は家族に対
して、患者への説明の必要性を認めるように説得することも重要である。
 なお、このような経過および事情は、後日のため記録にとどめておくべきである。
◆最高裁:秋田県成人病医療センター事件 2002 年 9 月 24 日 判例時報 1803 号 28 頁
◆日本医師会:診療に関する個人情報の取扱い指針 2006 年 10 月
◆厚生労働省:医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイドライン 
2004 年 12 月(2010 年 9 月最終改正)

(3)患者の同意
 医師が診療を行う場合には、患者の自由な意思に基づく同意が不可欠であり、その
際、医師は患者の同意を得るために診療内容に応じた説明をする必要がある。医師は
患者から同意を得るに先立ち、患者に対して検査・治療・処置の目的、内容、性質、
また、実施した場合およびしない場合の危険・利害得失、代替処置の有無などを十分
に説明し、患者がそれを理解したうえでする同意、すなわちインフォームド・コンセ
ントを得ることが大切である。さらに、侵襲性の高い検査・治療などを行う場合には、
説明内容にも言及した同意書を作成・取得しておくことが望ましい。しかし、同意書
を作成・取得する際には、形式的にならないように努めるべきである。
 患者に十分な判断能力がない場合には、親権者や後見人などの法的代理人、患者の
保護・世話に当たる患者家族あるいは福祉関係者などの患者の利益擁護者(以下、「患
者の利益擁護者」という)に対して患者本人の場合と同様の事項を説明し、その理解

を得たうえでのインフォームド・コンセントを得ておくことが必要である。
 未成年者・高齢者・精神障害者などで患者の判断能力に疑いがある場合には、患者
同席のうえ、あるいは別の席で、患者の利益擁護者からインフォームド・コンセント
を取得することが求められる。その際、判断能力に疑いがあるが、病状や治療内容な
どの説明をある程度理解できる未成年者・高齢者・精神障害者などに対しては、分か
りやすい言葉で説明し、その了解(アセント)を得ることが、近年望まれている。

【解説】
 患者が成人で、かつ判断能力がある場合には、同意するのは患者本人である。
これに対して、患者が判断能力のない未成年者・高齢者・精神障害者などの場合、
あるいは患者の判断能力に疑問が残る場合には、患者の利益擁護者に対して病状
や治療内容を説明し、インフォームド・コンセントを取得するべきである。
 しかし、判断能力のあるなしの評価は必ずしも容易ではないこともあり、患者
の判断能力に応じて病状などを説明して本人の意思を確認することが必要であ
る。判断能力のある未成年者の場合には、診療内容によっては本人の同意だけで
もよいが、侵襲性の強い治療、高度の合併症を伴う治療などの場合、親権者の同
意が不可欠とされる診療内容もあるので、慎重に対応する必要がある。
 上記は原則であり、救命救急処置を要し、患者などの同意を得ることが不可能
な場合には同意なしに必要な処置を行うことが許される場合もある。

(4)患者の同意と輸血拒否
 医師の診療と患者の同意取得に関して難しい判断を迫られる場面として、信仰上の
理由から輸血を拒否する患者の問題がある。輸血が必要な場合には輸血をすることに
より救命を図るという医師の常識との間に倫理上の葛藤が生じる。救命と信仰のいず
れを優先すべきかについては、さまざまな議論がある。医師は可能な限り、患者の意
思の尊重と救命の両立を図る努力をすべきである。
 なお、最高裁判決は、手術に際して救命のために輸血をする可能性のあるときには、
医師はそのことを患者に説明し、手術を受けるか否かは患者の意思決定に委ねるべき
であるとし、その説明を怠り患者の同意がないのに輸血をした医師は患者の人格権侵
害の不法行為を行ったとの判断で有責とされているので、この判決に留意する必要が
ある。
 ただし、この判決は患者が子どもの場合を扱ったものではない。親の信仰によって
子どもの救命を図れないことは問題であるとして、児童相談所等と連携して親権に制
限を加える法的手続き(親権喪失または親権停止手続)を経て、輸血を行うことも考

えられる。

【解説】
 平成 12(2000)年 2 月 29 日最高裁判決は、輸血を拒否していた「エホバの証
人」の信者である患者に対し、医師が手術中に必要にせまられ輸血した事件につ
いて、「患者が、輸血を受けることは自己の宗教上の信念に反するとして、輸血を
伴う医療行為を拒否するとの明確な意思を有している場合、このような意思決定
をする権利は、人格権の一内容として尊重されなければならない」と述べたうえ
で、「手術の際に輸血以外には救命手段がない事態が生ずる可能性を否定し難いと
判断した場合には、甲〈患者〉に対し、乙〈医療施設〉としては…(略)…輸血
するとの方針を採っていることを説明して、乙への入院を継続した上、丙〈医師〉
らの下で本件手術を受けるか否かを甲自身の意思決定に委ねるべきであったと解
するのが相当である」との判断を示した。しかし、ここで留意すべきことは、こ
の判決文では医師は輸血を拒否する患者の自己決定権を尊重し、患者に自己決定
権行使の機会を与えなければならないとしているが、それを超えて医師が患者の
意思に従い無輸血手術をしなければならないとは、必ずしも命じていないことで
ある。
 したがって、このような場合に医師は 2 つの方向で対応できる。第 1 は、輸血
することを明確に説明して患者に自己決定の機会を与え、患者が拒否した場合に

は治療を断る対応である。第 2 は、患者の意思に従い無輸血手術を行うことであ
る。後者の場合には、無輸血手術の際に一般的に求められる注意義務を尽くして
いる限り、患者が出血死しても、医師は少なくとも民事責任を免れることは当然
であるが、刑事責任についても同様と考えられる。
 緊急かつ必要なときには輸血をするとの方針を定めた医療施設は、あらかじめ
その方針を院内掲示など、さまざまな手段・機会を通じて患者に示しておき、患
者がこれに応じなければ診療を断ることも許される。ただし、医療施設は輸血を
拒否する患者に対して、すべての医療を拒否することは相当ではない。疾病の種
類、処置の方法、内容などを勘案して、輸血なしに治療可能なものは治療に応ず
ることが適切である。
 なお、患者が判断能力のない未成年者の場合、親権者が必要な輸血を拒否する
ことがある。この場合、先進諸国の判例では、救命のための医学的判断を優先さ
せることが社会的利益であるとされていて、わが国でも同様に考えるべきであろ
う。
◆最高裁:エホバの証人輸血拒否事件 2000 年 2 月 29 日 最高裁判所民事判例集 54 巻 2 号 582 頁

 

 

 


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