というのは確かにある。
というよりも季節も時間も匂いで感じるものだと小さい頃から思っていた。
朝には朝の匂いが、夕暮れには夕暮れの匂いがある。
同じように、春はジンチョウゲの香りと一緒にやってくると思っていたし、夏にはクチナシの香りやジャスミンの香りが辺り一面を甘く包む。
初秋にはキンモクセイの甘い香りにむせかえるのだけれども、今頃の季節(初冬というのだろうか)に香る花はバラ以外あまりない。
むしろ、枯葉や実がどんどん木々から落ちてきて、動物たちの冬ごもりの準備の季節になる。
そんな季節にあまり香りなんかないだろうと思っていたら、「これは確かに秋の匂いだ」というものを最近特に強く感じるようになった。
落ち葉の匂いとでもいえばいいのだろうか、枯葉が土の上に堆積して土の香りと渾然一体となってとても心と身体をリラックスさせてくれるような香りだ。
もちろん花々の香りのような強烈な魅力(これは動物や昆虫を引きつける魔性のような香りだ)ではなく、もっと、シットリとした人を落ち着かせる香りだ。
この「秋の匂い」を特に感じるようになったのは、昨年伊豆に引っ越してきてからだ。
東京にずっと住んでいる時も嗅いではいたはずなのだが、それほど意識することはあまりなかった。
しかし、風に乗ってやってくる「その匂い」には本当に人の心を和ませるような力がある。
なんで、そんな気分になるのだろう?
ちょっと考えた。
次の瞬間、「あ、そうか」とわかった。
枯葉の匂いというのは、なんのことはない「ポプリの匂い」じゃないのか。
一切の水分をはぎ取ったドライな植物(葉)が辺り一面を絨毯のように覆い尽くしているこの環境は「自然のポプリ畑」なんだとふと気がついた。
だから気持ちが落ち着くのか...。
都会にいると、そんな当たり前のことに気がつく機会はとても少ない。
というよりも季節も時間も匂いで感じるものだと小さい頃から思っていた。
朝には朝の匂いが、夕暮れには夕暮れの匂いがある。
同じように、春はジンチョウゲの香りと一緒にやってくると思っていたし、夏にはクチナシの香りやジャスミンの香りが辺り一面を甘く包む。
初秋にはキンモクセイの甘い香りにむせかえるのだけれども、今頃の季節(初冬というのだろうか)に香る花はバラ以外あまりない。
むしろ、枯葉や実がどんどん木々から落ちてきて、動物たちの冬ごもりの準備の季節になる。
そんな季節にあまり香りなんかないだろうと思っていたら、「これは確かに秋の匂いだ」というものを最近特に強く感じるようになった。
落ち葉の匂いとでもいえばいいのだろうか、枯葉が土の上に堆積して土の香りと渾然一体となってとても心と身体をリラックスさせてくれるような香りだ。
もちろん花々の香りのような強烈な魅力(これは動物や昆虫を引きつける魔性のような香りだ)ではなく、もっと、シットリとした人を落ち着かせる香りだ。
この「秋の匂い」を特に感じるようになったのは、昨年伊豆に引っ越してきてからだ。
東京にずっと住んでいる時も嗅いではいたはずなのだが、それほど意識することはあまりなかった。
しかし、風に乗ってやってくる「その匂い」には本当に人の心を和ませるような力がある。
なんで、そんな気分になるのだろう?
ちょっと考えた。
次の瞬間、「あ、そうか」とわかった。
枯葉の匂いというのは、なんのことはない「ポプリの匂い」じゃないのか。
一切の水分をはぎ取ったドライな植物(葉)が辺り一面を絨毯のように覆い尽くしているこの環境は「自然のポプリ畑」なんだとふと気がついた。
だから気持ちが落ち着くのか...。
都会にいると、そんな当たり前のことに気がつく機会はとても少ない。