と私が名付けたライブスタイルを、都内のある場所で10年以上続けていた。
どういうライブか簡単に言うと、その日だけ私がお店のシェフになり、私が考えたオリジナルレシピでフルコースのディナーを提供し、同時に私のライブも楽しんでもらうというもの。
人に説明する時、「一人ディナーショーみたいなもんですよ」と言っている(笑)。
一人でシェフもやり、アーティストにもなるのだから、一人ディナーショーと言ってもオカシクないだろう。
しかし、私は、これをここ6年ほどお休みしている。
復活してくれという声もないわけではないが、恵子が病気になって以来、そういう手間ひまかかる仕事はなるべく避けている。
なにせ、本番数日前に、コース料理の試作品(オードブルからデザートまで全て)を作って、お店のシェフの方やスタッフの人たちに食べて批評してもらわなければならないので(これがけっこう『美味しんぼ』の世界だったりする、ハハハ)、準備はけっこう大変ダ。
なので、このスタイルのライブはここ6年ほど「開店休業」状態になっている。
それに、5年前に恵子が病気になってから、私自身の「食」に対する取組み方がガラっと変わった。
それまでのこうした「趣味的」ともいえる食へのこだわりはすっかりどこかに行ってしまい、毎日毎食恵子のために(もちろん、自分のためにも)食事を作らなければならないので、あまり酔狂なことは言っていられない。
オーバーに言えば、一回一回の食事が、生きるための真剣勝負だ。
栄養、味、食べ易さ(彼女は片手しか使えない)、値段(これが一番大事だったりもする)、そして、何よりもスピードを考えながら作るので、この5年ほど「名前のある料理(例えば、カレーとかトンカツとか、すき焼きとかいったいわゆる一般的な料理メニュー)を作った試しがない。
そこにある材料で、いかに早く、いかに栄養価が高くて、身体のためになって、しかも美味しいものを作り上げるかを頭の中で素早く考える(多分、これも一種の「主婦料理」だし「賄い料理」なのかナ)。
こんな日々がもう5年以上続いている。
世の中には、マニアックに餃子に凝る人も、ラーメンに凝る人もいるし、それはそれで(味を極めるという意味で)楽しいことだろうが、「ブロッコリーとダイコンと豚肉で何できるかナ?」なんて工夫しながら料理を作っていくのも「うん、うん、これイケる」と意外な発見があったりして楽しい(ブロッコリーもダイコンもウチの家庭菜園で作ってる食材だし)。
うちの台所には20種類以上のスパイスがあってそれらは絶えず工夫しながら使っているのだが、塩や砂糖はほとんど減らない(砂糖は黒砂糖、塩もアラジオしかないが)。
極力濃い味を避けているからだろう。
恵子は、病気の後遺症のせいで食事をするたびに「涙目」になる(食事の匂いが鼻腔を刺激して涙腺にまで及ぶのダ)。
これが彼女にとってはけっこう厄介な代物で、自然と私は、なるべく刺激のある料理(辛めの料理は一切タブーだ)は作らないようにしている。
それに、彼女、食べる時片手しか使えないので(しかも左手のみ)、麺類はとても食べにくい。
なので、彼女だけパン主体のカフェメニューで(「これ、カフェで出したら幾ら取れるかナ?」なんていつもふざけているが)私は日本蕎麦、みたいな変則的なランチもよくある。
血圧が原因で病気になってしまった恵子に、もう一度「死の恐怖」を味あわせるわけにはいかない(もちろん自分にもそのリスクはあるわけだし)。
食品成分表の第1群から第6群までの食材をバランス良く配置する食事は、まさに栄養士さんになった気分。
「医食同源」ということばがよく言われるが、このことばを聞くたびに「何を今更ご大層に、そんなこと当たり前じゃん」といつも思う。
さも人生の大事な真理でも発見したかのようにさわぎたてるほどのことばでもない。
生物は「食べて生きている」んだから、食べるものが「毒」なら病いになったり死ぬだけだし、食べるものに「滋養」がなければ成長しないだけの話。
そうでなければ、人間の鼻も目も舌も何のためについているのだと思う。
毒は匂いでかぎわけねばならないし(賞味期限なんか信用せずに自分の鼻を信用しよう)、目だってそれが人間にとって有益か有害かを判断するためにあるもの。
ましてや舌の感覚が鈍っていたら食事の美味しさがわからないどころか、命だってあぶない。
こんな当たり前の話が通用しないほど現在の「食」はヤバいのだろうか。
いつも買い物をするたびに思うのは、「この食べ物ってアブナクないのかナ」ということ。
ここ数十年グローバル企業が世界中のマーケットや経済を独占し始めてからこのかた、「貧乏人は(栄養が足りないから)やせ細っている」という過去の常識はものの見事に覆されてしまった。
現代の常識は、「貧乏人ほど太る」のダ(アメリカではそれが極端に現れている)。
なぜなら、安いジャンクフードやファーストフードほどカロリーが高く、何だかよくわからないものがたくさん入っているからに他ならない。
ヘルシーな食べ物はみな高い。
だから、リッチな人でないと常にスマートな体型は保っていられない(フィットネストレーニングだってけっこうお金がかかるしネ)。
なので、安い食品は本当に要注意,なのダ。
ということは、こちらはいつも「食」に対して賢くなければならないし、いかにお金をかけずに安全で美味しいものを食べていくかということに最善の努力を払っていなければならない。
その点、田舎暮らしは都会より圧倒的に有利だ。
数年前から伊豆の田舎暮らしを始めて、確かにこちらの方が生活費は安く済む。
多少野菜も自給している(けっこう手間はかかるけどネ)。
回りにある自然からもいろんな「恵み」を受けている(野草や木の実など、知識さえあれば安全で美味しい食べものはそこら中にあるし、たまに釣りにも行く)。
敵は、シカやイノシシ、虫や鳥たちや自然そのもの(こんな「敵」、都会にいる時は考えもしなかったけど)。
そんなこんなでしばらくキッチンライブをやる予定もないが、4/5には、「その場所」でのライブを6年ぶりに行う(これは、キッチンライブではなく、揚琴の金亜軍さんと行う普通のライブコンサート)。
赤坂のノベンバーイレブンスというお店。
宇崎竜童さんと阿木燿子さんご夫妻の経営するライブレストランだ。
キッチンライブは、その阿木さんとの何気ない世間話から始まった。
阿木さんは、ご自身でもレシピ本を出されるほどの料理好き。
彼女と料理話で盛り上がっているうちに「そんなに料理好きだったら、ウチの厨房使っていいわよ」という10年以上前の阿木さんのトンデモないひとことから出発したライブだ。
これ、いつか復活するのかナ?
…しないのかナ?
自分でもよくわからないナ(笑)。