みつとみ俊郎のダイアリー

音楽家みつとみ俊郎の日記です。伊豆高原の自宅で、脳出血で半身麻痺の妻の介護をしながら暮らしています。

もともと暑さに弱い人なので

2013-08-19 17:12:52 | Weblog
今年の暑さはひときわ堪えるはずだろうと、恵子の食べる食事にはかなり気を使っていた。
しかし、ここ二週間ほど六度台後半から七度台前半の微熱が続き心配していたが、昨日は足がまったく動かなくなってしまい、今朝無理矢理病院に連れていった(本人は外に出たくないと言って、この二週間リハビリもキャンセルしていた)。
血液検査をして点滴を二時間ほど行ったが、軽い熱中症だろうということ。
血液検査に異常が出なかったのは幸いだった。
体力をつけることが彼女の最大のリハビリと思い、暑いさなかでも食べられるように食べ物にはふだんから最大限の工夫をしている。
駅で、直径三十センチほどの大きな地物のカボチャが三百円という安値で売っていたので早速冷製のパンプキンスープにして、余ったスープもカレーの下味に使ったりした(伊豆高原の駅は観光駅なので観光客が多いが、彼ら彼女らはこうした「掘り出し物」に気づくことはほとんどない)。
彼女は、体力がないので気力もなくなっているような言動が最近目立つ。
「元気ださないと治るものも治らなくなるぞ」と私がいつものようにハッパをかけるとそれに「反発」する気力もないのか、あるいは、思うように動かない自分の身体が悲しいのか、泣き出してしまった。
私には、この彼女の「弱気」が一番辛い。
こんな弱り切った彼女の身体にワザワザ追い打ちをかけなくても良いのにと、本当にこの暑さがうらめしくなってしまう。
八月に入ってから夜中に何度も彼女から起こされるようになった。
「身体ビショビショだから拭いて」そう言われて身体を拭くが実際にそれほど汗をかいているわけではない(本当に汗をかいている時もあるが)。
麻痺の残る身体の感覚として、ほんの少しの汗も「身体全部が湿っているように」感じさせてしまうのだろう。
全身を拭き、パウダーをつけ着替えをして寝るがまた1時間もすると同じことの繰り返しだ。
ここ数週間これが繰り返され私の眠りも相当妨げられてきたが、本人は「眠る」ことすらできないので私以上に苦しいはずだ。
つい先週も地域包括支援センターの人から「介護のストレスってどうやって解消してらっしゃるのですか?」と聞かれた。
本当は、友達にでも思いっきり愚痴を言えたら一番良いのだが、あいにくと回りにそんな人間は一人もいない。
多分私のストレス解消法は楽器の練習です、と答えにならないような答えを返した。
キョトンとする彼女に私は、すかさず「楽器を練習していると何もかも忘れられるんですよ」と答える。
とは言っても、どんな練習であっても「何もかも忘れられる」わけではない。
私の場合は、きっとそれはバッハだろうなと思っている。
バッハの、特に無伴奏チェロ組曲を、私は毎日のように練習している。
そして、練習の中で毎日違った発見をする。
フルートなのに、なんでわざわざチェロの曲を練習するのと言われそうだが、これはもう「曲が良いから」としか言いようがない。
本当は、平均律クラヴィア曲集をやりたいのだが、さすがに鍵盤の曲をフルートでやるのでは音が足りな過ぎる。
その点、チェロの楽譜は、全ての音を2オクターブあげれば全部素直に読むことができる。
有名なピアニストのグレン・グールドは、平均律クラヴィア曲集を何度も(最低3回ぐらいはやっていたはずだ)録音し直ししている。
同じ曲を同じピアニストが何で何度も録音し直すの?と最初は思ったのだが、最近だんだんグールドの気持ちがわかるようになってきた。
バッハの曲というのは、あの単純な音の組み合わせからいつも「違った世界が見えてくる」ようになるのだ。
だから、何度も何度も毎日でも演奏したくなってくる。
そんな魔法をバッハは持っているのかもしれない。
私は、この「魔法」にかかりたくて、そしてこの魔法にかかれば「介護のストレス」は消えてしまうからバッハを毎日練習しているのかもしれない。

彼女は、点滴が効いたのか病院から帰るとスヤスヤと眠りこけてしまった。

妻を介護する夫

2013-08-11 19:28:52 | Weblog
というケースは、世間でそれほど珍しくはないのだろうが、かといってそう頻繁に起こるわけでもない。
これまでの日本の大半の家庭では、どちらかというと「介護は妻や娘、嫁の役目」になる傾向が強かった。
それは、育児や家事と同じように介護のような日常的なこまごました仕事は、ある意味、男性が不向きとされていた面もあるからだ。
しかし、突然、妻が認知症になったとしたら、あるいは、私のように夫婦二人の生活で妻が突然病気で倒れてしまったら....夫やその家族に選択肢はあまり残されていない。
夫が妻を介護するしかないのだ。
 しかし、この「妻を介護する夫」というケースでしか起こり得ないような出来事に気づく人はそれほど多くない。
主婦が夫の下着を買うことは、それも主婦の仕事の一つと思って頓着する人は少ないだろう。
しかし、夫が妻のために下着売り場で下着を買う時に感じる羞恥心に気づく人が一体どれだけいるだろうか。
オムツを買う方がはるかに簡単だし、羞恥心を感じることもあまりない。
 同じように、妻がコンビニや病院のトイレに入る時、ドアの前で待つ夫の姿を当たり前と思える人もけっして多くはないだろう。
トイレの中で万一のことがあってはと、鍵をかけずに中に入ってもらう。
夫はドアの外に立ち鍵の代わりをする。
そんな姿を「不審者」と思われないよう懸命に装う「介護する夫」の姿に気づく人もけっして多くはない。
 私のように妻が外見から「身体が悪い」ということがわかる場合はまだマシで、認知症の患者を外見から判断する術はない。
 ほとんどの「妻を介護する夫」は、毎日の買い物に追われ、家事の面倒を見る。
「それ」までの人生、仕事一途でやってきた大半の「介護する夫」は、あらゆる事柄を「初心者」からスタートしなければならないだろう。
 でも、私は絶対大丈夫。そう思っていた。
学生時代「主夫になりたい」とさえ思ったほどの家事好きの私だ。
家事なんかでつまづくはずはないと思っていた。
料理は、ヘタな栄養士、調理師より私の方がはるかに上手といつも思っていた。
だから、私が料理なんかでつまづくはずはないとも思っていた。
 しかし、そんな私の「自信」は、介護の日々の中で音をたてて崩れていった。
「介護」とは、単に食事を作ることでも単に家事をすることでもないことに気づかされたからだ。
 介護というのは、「介護される人間」と向き合って生きていくこと。
こんな「当たり前なこと」も介護を実際に体験するまでまったくわからなかったことだった。
 もともと夏に弱い痩せ形の恵子にとって、今年の夏はひときわ厳しい。
特に、昨日今日は格別に堪えているようだ。
昨日の夜中「身体がびしょびしょなの。着替えるから身体を拭いて」と二回ほど起こされた。
片手しか使えない彼女だが、私が着替えを手伝ったことはこれまで一度もない。
しかし、汗でびしょびしょになり身体に貼り付いている衣服を脱ぐのは両手の使える健常者でもけっこう手間取る作業だ。
それを彼女は絶対に私の手を借りずに一人でやる。
私が手伝おうとすると「一人でやる」と言って断固として拒否する。
 エアコンの風にも扇風機の風にも弱く、自然の風しか受け付けない彼女の身体は、病気の後遺症で代謝の異常に悩まされている。
暑さ寒さの感覚に異常なまでに敏感なのだ。
身体は汗をかいていても、エアコンの風がほんのちょっとあたるだけで「寒い」と言って、くしゃみをしたりセキをする。
暑さにうだっている私はエアコンをつけたいのだが彼女がそんな調子ではつけるわけにもいかない。
それではと、彼女の寝る部屋とは別の部屋に私が移動しようとすると、それも彼女は嫌がり私を引き止める。
別に駄々をこねているわけではない。
それが彼女の「病気」の一部なのだ。
それを受けて入れていくことも「介護」」の一つなのだろうと思う。
早くこの「暑さ」が通り過ぎていってくれることを願うしかない。

6/8拍子のリズムが聞こえる

2013-08-09 16:38:15 | Weblog
恵子の足音が最近変わってきた。
左手で杖をつきながら麻痺した右足に装具をつけて室内用の靴を履いているので歩く時の足音のリズムが遠くからでも良く聞こえてくる。
全室フローリングの家なのでなおさら足音は良く響く。
健常者の歩くリズムは、よっぽどのことがない限り二拍子だ。
だから、行進曲はみんな二拍子で作られている。
でも、恵子のような片側麻痺の人間の歩行のリズムはそう単純ではない。
片側は健常者の足。片側は不自由な足なのだ。
だから、お互いの足のバランスが極めて悪い。
簡単に言えば、健常者の足が麻痺した足をかばいながら歩く恰好になってしまう。
すると、どういう現象が起こるかといえば、とてもメトロームのリズムには収まりきらないような不自然で不規則な音が聞こえてくるのだ。
病院に入院中、私はこのリズムのことで療法士さんとやりあった。
療法士さんは、歩く時のリズムを恵子にこんな風に教えていたからだった。
「杖を出して1、麻痺した右足を出して2、健常の左足を出して3」。
だから、恵子は病院の廊下を歩く時「1、2、3」と数えながら歩いていた。
それを聞いた私は「あり得ない。そんなこと誰に教わったの?」と彼女に聞くと療法士さんからそう数えるように教わったという。
彼女にしてみれば、療法士さんからそう言われればそう従うしかない。
でも、私にはどうしても腑に落ちない。
「人間の動作で三拍子のものは存在しないんだよ。人間のパーツは手にしても足にしても全て対で2つずつあるんだから、全ては二拍子のリズムで動くようにできているの。だから、歩く時も、順番に右左、右左で、1、2、1、2で動いていくでしょ? 今の恵子みたいに片足が不自由でもこの二拍子を変えるということは自然の摂理を変えるのにも等しいんだよ。それに、療法士さんの説明だって、最後の「3」の後、歩行を休んでしばらく溜めているから休符がそこに入っているわけで実際は三拍子でも何でもないんだよ」こう言って私は彼女を説得した。
「杖出して1、右出して2、左出して3、休んで4」は、結局は二拍子に過ぎない。
三三七拍子だって、3の後、7の後にタメがあるから、結局普通の二拍子だ。
大体において、日本人に変拍子なんかができるわけがない(中国の伝統音楽に変拍子が多いのは、大陸は農耕が生活の基本ではないからだ)。
たかが「2か3か」といった数字の問題なのではなく、人間が生きて行くことは「リズムに従って生きていく」ということに他ならないと思っている私からすれば「ちょっと不可解」な出来事だったことをよく覚えている。
それが、退院後、自宅での歩行訓練を繰り返しながらそのことを恵子に強調して教えてきて結果、彼女の歩き方も少しずつ改善していったのだろうか。
「ちゃんと、1、2で数えな」と私は彼女に叱咤激励するが、時折「そんなに理屈通りには行かないよ」と反発される。
まあ、それでも彼女がしっかりと回復して欲しいと思う私は、ダメを出しながらずっとウルサク言い続けている。
そのせいなのか、最近の彼女の足音はほとんど6/8拍子のように聞こえるようになったのだ。
つまり、「1、2、3」「4、5、6」という風に「1」と「4」の時に足を前に出してアクセントをつけながらゆっくりと歩いている。
なにしろ歩くテンポが亀のように遅いので、すべてが「ためて」聞こえる。
けっして普通の二拍子には聞こえないが、それでも変拍子に聞こえなくなっただけマシだろう。
麻痺した足で歩く時、片側が「1、2」、もう片方が「3、4、5」といった風にアンバランスに動き変則的な五拍子になったりすることも多いからだ。
早く「普通の二拍子」になってくれないかナと、私は、いつも彼女の足音に耳をすませている。