みつとみ俊郎のダイアリー

音楽家みつとみ俊郎の日記です。伊豆高原の自宅で、脳出血で半身麻痺の妻の介護をしながら暮らしています。

隣の芝生が青く見えるのは

2013-05-25 20:08:02 | Weblog
どんなに立場が変わろうとも、どんなに環境が違っていてもおそらく人間に共通の感情なのかもしれない。
最近、スーパーで買い物をしているとやたら大柄で肉付きのよい女性に目が行くようになっている自分に気がつく。
別にそういう女性が「好み」だから見とれてしまうわけではない。
多分羨ましいのだと思う。
頑張ってもなかなか体重の増えない恵子のことを思い「どうしたらウチの恵子もあんな風に肉付きが良くなってくれるのだろう?」、いつもそんなことばかり考えているからこその「ないものねだり」でそういう女性を見つめてしまうのかもしれない。
スーパーには食料品を買うために行くことがほとんどなので、私の頭の中では「何を買って何を作れば恵子の体重が増えるかナ?」といった思いがいつも廻っている。
単純にカロリーの高いものを買えば良いじゃんといったものでもない。
健康に太っていかなければならない。
これは、実は、そう簡単にできることではない。
特に、現代のように多国籍企業が世界全体の食料を支配しているようなグローバルな世の中ではこの「健康に太る」というのはけっこう至難のワザなのだ。
アメリカ人が太っているのはあまりにも健康ではないモノを食べ過ぎているせいだということは多くの学者や医者が指摘する。
日本だろうとアメリカだろうとスーパーで売られている食品は、「安いものほど太り易く、病気のリスクが高い」からだ(ここにグローバリズムの一番悪い面が顕著に出ている)。
ということは、逆に言えば、高い食べ物ほど安全だということになる。
それが証拠に、アメリカ人だって金持ちはけっして太っちゃいない。
日本人が目を丸くするほど太っているアメリカ人は大概、安いジャンクフードやファストフードを日常的に食している人たちだ(こう言い切ってしまうのもかなり暴論だが、一般論としてはきっと正しいのではないだろうか)。
私は、スーパーでどんな品物もレジバッグに入れる前に商品の後ろを見て何が中身に入っているかをチェックする。
「調味料(アミノ酸、等)」と書いてあるものはまず買わない。例の中華料理症候群の原因にもなったグルタミン酸ナトリウムはなるべく口にしたくないからだ。
このグルタミン酸ナトリウム(つまり「味の素」だ)は依存性が高いので(人の脳がそう感じてしまうのだからこれは一種の麻薬だ)これが入っていない食べ物を人間の脳はだんだん「美味しい」とは感じなくなってしまう。
「でも、そんなことしていたらスーパーで買えるものなんかほとんどなくなっちゃうよ。それに、そういう調味料をまったく口にしないで生きていくこと自体今は無理な世の中なんだから」という人も多いが、食べ物は毎日自分がちゃんと動けるかどうか、ちゃんと思考できるかどうかの一番大事な鍵なので、出来る限り「健康なもの」を食べたいと思う。
せっかく長生きしたって「健康に長生き」しなきゃ何の意味もない。
しかも、恵子のように、ただでさえ弱っている身体に追い打ちをかけるような食生活は絶対避けなければならない。
でも、太ってくれないと困る、という何かとてつもなく「矛盾した命題」を突きつけられているようでいつも悩む。
しかも、私は「主夫」なので、お金の面でもやりくり上手でなければならない。
結論としては、「なるべく自然なものを食べる」という(何かちょっとツマラナイ)オチに落ち着かざるを得ないのだろうが、それでも、東京ではなく伊豆の山の中に暮らしているとそれなりの良い面もある。
近所の家は家庭菜園だらけだし(なので近所からいろいろと野菜のご相伴に預かれるし、たまに猟友会のメンバーの人から鹿肉や猪肉のお裾分けもある)、この季節ラズベリーやマルベリー(つまり、桑の実)なんかそこら中になっているので、昨日も熟した桑の実を1キロぐらい近所の木からもいでジャムを5瓶ぐらい作り近所にお裾分けした。
ヨーグルトにかけて食べるとブルーベリージャムなどよりもはるかにおいしいし、アントシアニンやカルシウム、多くのミネラル類もブルーベリーよりもはるかに多い「健康食品」だ。
そのうちブルーベリーも枇杷もイチジクとかも熟してくる。唯一の問題は、鹿やサルやイノシシ、鳥たちに先に食べられてしまうかもしれないことだが、これも「どっちが早いか」みたいな自然の中での競争だから、「人様が負けてたまるもんか」と知恵を絞る。これはこれで楽しい。
今日朝食に食べた桑の実ジャムがとても美味しかったせいか、ここしばらく恵子は具合が悪く(微熱がずっと続いていたので)お風呂に入ることができなかったのだが今日久しぶりにお風呂に入ることができた(私は健常者なので毎日入れるが介護されている人はそういうわけにはいかない)。
彼女、以前よりは足の力がついてきたのか、介助をしながらも「この分ならもうすぐ介助なしでも一人で入れるようになるんじゃないかナ?」と思えるほど足はしっかりしてきている。
ただ、それでもやはり片側麻痺というのは大変なことなのだと思う。
今日も、いつものように彼女の頭を洗って身体を洗ったところで彼女の顔を見ると鼻からおでこにかけてちょっと汚れが目立つのでそう言うと、彼女曰く「そう、片手だとどうしてもあまり良く洗えないの」(片手だけで顔を洗うのはけっこう難しい)。
じゃあ、とばかり「俺が洗ってやる」と石鹸を泡立てる。
先日ラジオでオグネエが「顔を洗う時、顔をこすってはダメ。泡を毛穴に優しくしみ込ませて汚れを優しく洗い流してください」と言っていたのを思い出したからだ。
すると彼女曰く「そんなことどこで習ったの?」
ハハハ、習ったわけじゃないよ、オグネエがそう言っていただけだよ(彼もダテにオネエやってるわけじゃないんだよナ)。
彼女、久しぶりのお風呂で疲れたのか(彼女の入浴はいつも午後の早い時間ダ)、まだ陽も高いのにベッドに入るなり「ああ、気持ちヨカッタ」とスヤスヤと寝てしまった。
今日の夜は満月だ。


こんな手のかかる人間、早く捨てちゃいなよ

2013-05-23 21:29:32 | Weblog
彼女はそう言って泣きじゃくる。
「だって、私は何をやるにも助けがなければできないんだし、三度三度の食事だって自分一人じゃ作れないんだからヤマネコがイライラしてくるの当たり前だよネ」そう吐き捨てるように言うと恵子は布団を頭からかぶってしまった。
もちろん、いきなり彼女がこうなってしまったわけではない。
夕食をあれこれ用意しながらテーブルに並べていた時に彼女がたまたまテーブルの隅に寄せておいた薬箱(お菓子の箱に彼女が毎食飲むのに必要な薬を入れてある)を「薬こっちにちょうだい」と言ったことばに私が少しキレてしまったことが直接の引き金だった。
「食事を先にちゃんと揃えて、それから後で薬持って来ても遅くはないだろう。こっちは食事作りで忙しいんだから」
私はそう言い残すとプイと外に飛び出してしまったのだ。
別に彼女に腹がたったわけではないし本気でどこかに行こうと思ったわけではもちろんない。
私の心がテンぱり過ぎていただけのことだ。
ほんのちょっとしたことばに心がすぐにイラついてしまうのだ。
でも、こんな光景そう滅多にあることではない。
私はいくらイライラしても絶対に彼女に直接アタることだけはすまいと心に誓っていたからだ。
それでも、毎日毎日のイライラは募っていく。
少しずつではあるが彼女の身体は確実に回復している。しかし、そのテンポは恐ろしく鈍い。
だから、キレイごとだけはすまなくなる時もあるのだ。
私も彼女もアセっているのだろう。
それが今日ちょっとしたキッカケで「暴走」してしまったのだ。
もちろん、私のことばも彼女もことばも本心ではない。
お互いを思いやるからこそどうしようもないイライラがお互いの心の中にうず高く積もり積もっていく。
そして、それはほんのちょっとしたキッカケで崩れ堰を切ったように流れ出す。
世の中には老人が老人を介護する「老老介護」だとか認知症の認知症の人間を介護する「認認介護」だとかいう、やるせなくなるような不条理なことばが溢れかえっている。
それだけ日本の社会は介護の問題だらけということだろう。
でも、私たちの場合は、彼女が身体の麻痺のために24時間介護を必要としていても、少なくとももう一方の当事者である私はごく普通の健常者だ。
自由にものを考え自由に動き回れる。
だから私が彼女の面倒を見るのは当たり前、と思ってきた。
ところが、必ずしもそうでもないのかナと時々疑問に思う。
このままもし私が鬱やイライラで自暴自棄になって電車にでも飛び込んでしまったら…。
あるいは、今度は私が心筋梗塞だとか脳卒中だとかで突然倒れてしまったら…。
そうなると、「老老介護」とか「認認介護」どころの話ではない。
恵子は突然糸の切れたタコのように空中に放り投げられてしまうことになるのだ。
彼女の面倒は一体誰が見てくれるというのだろう。
それでも、人は生きていくよ、と言うかもしれないし、実際そうなのかもしれない。
でも、そんな恐れや毎日の家事、介護の積み重ねで私の頭はきっと押しつぶされそうになっているのだろう。
そんな私の頭を恵子はちゃんと見抜いている。
泣きじゃくりながら彼女は私の心配をする。
「一番心配なのはヤマネコだ。ヤマネコがどうにかなっちゃったら大変だ…」。

そんな私たち二人の心を救ってくれたのは、やはり「音楽」だった。
別にこの音楽じゃなきゃいけないというものは何もない。
私は、何気にバッハの無伴奏チェロ組曲を選んでいた。
緊張と不安で張りつめた二人の間にある空気。それを和らげてくれるものはチェロの心地よい振動しかないと思ったからかもしれない。

「花は大丈夫」

2013-05-08 20:40:18 | Weblog
と、理学療法士のIさんの質問に恵子はそう答えた。
今日は連休明け最初のリハビリだったが、作業療法士さんも理学療法士さんも口を揃えて「調子良さそうですね」と言ってくれた。
それでも、「寒いから」と恵子は彼らのことばに多少トンチンカンな受け答えをする。
このチグハグさもひょっとしたら麻痺の一部(?)と思えるほどこの病気はさまざまな症状を身体に及ぼす。
件のIさんの質問も、Iさんが「ふだん絵を描いているのであれば右脳が活発になってリハビリに良い影響を及ぼすかもしれませんね」といったことばを受けて恵子が「でも、描いていると右の方があまりうまく描けないんです」と言った会話の中で出てきたことばだった。
つまり、人や動物を描いていると「どうしても右側がうまく描けないので後から直すことになる」と恵子は言うのだ。
右と言っても、要するにスケッチブック上の右であって、人間の身体や動物の身体の右側のことではない。
恵子の病気は左の大脳内部の視床の血管の出血だ。
血管が破けた結果、脳の「左のその部分」には酸素が送り込まれなくなり、身体の右半分の麻痺が始まったわけだ。
まあ、病気のメカニズムを簡単に説明するとそういうことなのだが、人間の身体の神経細胞のシステムの右左の違いと、人間は左脳で論理的なものを考えたり右脳で芸術的な創造作用を司るといった右左の機能分担とがどこでどう関連しているのかいないのか、わかっているようでいてまだ人間は本当のところはわかっていない。
左脳が計算などの論理的な思考を司る。
きっと人が計算をしている時の脳の部位の電極反応などを見てそう判断したのだろう。
しかしながら、音楽という作業一つとってみても単純に右とか左で片付く問題ではない。
音楽そのものをイメージするのは確かに右脳なのかもしれないが、演奏家が音符を読む作業は明らかに左脳の働きだ。
だって音符は記号なのだから数学の数字や物理の数式と意味合いはまったく一緒だ。
楽器を演奏する人と数式を解く数学者とでは出て来る結果が違うだけで脳の中での作業は明らかに「左脳的な作業」なのだ。
となると、恵子がいつもやっている「絵を描く」という作業はどうなのかという疑問も湧いて来る。
絵を描くことも本当に右脳的作業なのだろうか。
だから、恵子の言う「左側はきちんと描けて右側はちゃんと描けない」。
こんな理屈で納得できる人が一体どれだけいるのだろうか。
恵子が病気を発症してから彼女の身体の右側のあらゆる場所がおかしくなっている。
目も右目だけがすぐに疲れて涙目になってしまう。
せっかくリハビリを順調にやっていてもすぐに「まぶしい」と言って彼女は私にカーテンを閉めさせる。
部屋を暗くするだけで問題が解決するならまだしも、彼女の右目からは涙が溢れ出しもうリハビリを続けることは不可能になってしまう。
暑さ寒さの感覚も右と左では極端に違う。
身体の右半分だけが温度や湿度に異常に反応する。
だから絵を描いていても人の形や大きさなどの正確な計測を右側だけ誤ってしまうのだろう。
でも、一方で「植物や花は大丈夫なの」とも言う。
なぜかというと、植物にも花にも右左の区別が最初からないからだという。
まあ、これも深く突っ込むと絵を描く対象物の人や花の右左よりも描いている主体である彼女の脳神経の中の「右左」の方が異常な結果対象物に異常が生じるということなのだから彼女の言う「花は大丈夫」ということばも額面通り受け取るわけにはいかない。
まあ、それにしても、この脳卒中という病気は厄介な病気でその治癒の過程も治癒の結果も人さまざまだ。
先日も「国民栄誉賞の授賞式」の映像を見ていて私は長嶋茂雄氏の姿にちょっと違和感を覚えた。
彼も9年前に脳梗塞で倒れた患者の一人なのだからその姿に麻痺の後遺症があったとしても何の不思議はないのだが、私が違和感を覚えたのは終始のポケットに突っ込まれていた右手の存在だった。
彼の右手は、おそらく「痙縮」という手が硬直してむくんだ状態なのか、あるいは「拘縮」という完全に固まってしまった状態なのかどちらかなのだろうと推測する。
どちらにしても、健常者のそれとは違うわけでそういう状態の身体をファンに見られたくないという気持ちがきっと彼をして右手をポケットで隠す行為になっていまっているのだろうと思う。
別にそのことに対してとやかく言うつもりはないが、実際にこれまでたくさんの脳卒中体験者の方の話や回復状況を見てきて長嶋氏の現在の状態に多少の違和感を覚えてしまう。
きっと同じ感想を持った人もいたのではないだろうか。
恵子はまだ回復途中でこれから先どこまで回復するかは未知数だが、もちろん最終目標は「健常者並」だ。
あるいは、「え?そんな病気だったの?」と人から言われるような状態を目指してもいる。
そんな状態に回復している例は幾らでもある。
だからこそ、恵子もそこを目指して「頑張ろう」としている。
長嶋さんも発症から9年目。きっとこれまでも今も血の滲むような努力をなさってきたのだろうと思う。
それでも、回復には人によってものすごく差がある。
そしてそのことこそがこの病気のもう一つの特色でもあるのだ。
発症した年齢、発症した部位、そして血管が破けたのか(脳出血)、血管が詰まったのか(脳梗塞)、そして、そのダメージがどれほどの大きさなのかによって本当に回復の度合い、麻痺の度合いが違うことがもう一つの厄介な問題を引き起こしてしまうのだ。
それは、回復の度合いが違うことによる「焦り」。
一年ちょっとでかなり回復した人を横目に自分の状態と比較する時、人は「なんで自分はそうならないのだろう?」と焦る。
そんな感情をなだめすかし、落ち着いて「焦らず、頑張らず、なまけず」リハビリを続けていくことはそれほど容易なことではない。
いつしか恵子の描く絵が少しずつ「左右対称」になっていってくれれば、「花は大丈夫」ではなく、「花も大丈夫」と言えるようになるのだが…。




痙縮>と私たちは呼んでいます。もし、この痙縮を放っておくと手の指などが完全に固まって動かなくなってしまい「拘縮」