「今日の小さなお気に入り」 - My favourite little things

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

正義は国を滅ぼす、ことがある 2005・10・06

2005-10-06 05:55:00 | Weblog
  今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から。

  「リベートや賄賂というと、新聞はとんでもない悪事のように書くが、本気でそう思っているのかどうかは分らない。

   リベートは商取引にはつきもので、悪事ではない。ただそれを貰う席にいないものは、いまいましいから悪く言うが、

  それは嫉妬であって正義ではない。だからといって恐れながらと上役に訴えて出るものがないのは、いつ自分にその席に

  坐る番が回ってくるか知れないからで、故に利口者はリベートをひとり占めにしない。いつも同役に少し分配して無事

  である。会社も気をつかって交替させ、同じ人物をいつまでもそこに置かない。

   我々貧乏人はみな正義で、金持と権力ある者はみな正義でないという議論は、金持でもなく権力もない読者を常に喜ばす。

  タダで喜ばすことができるから、新聞は昔から喜ばして今に至っている。これを迎合という。

   城山三郎著『男子の本懐』(新潮社)は、宰相浜口雄幸と蔵相井上準之助を、私事を忘れて国事に奔走した大丈夫として

  描いている。けれども二人は共に非業の死をとげる。

   当時の新聞は政財界を最下等の人間の集団だと書くこと今日のようだった。それをうのみにして、若者たちは政財界人を

  殺したのである。

   汚職や疑獄による損失は、その反動として生じた青年将校の革新運動によるそれとくらべればものの数ではない。血盟団

  や青年将校たちの正義は、のちにわが国を滅ぼした。汚職は国を滅ぼさないが、正義は国を滅ぼすのである。

   今も新聞は政治家を人間のくずだと罵るが、我々は我々以上の国会も議員も持てない。政治家の低劣と腐敗は、我々の

  低劣と腐敗の反映だから、かれにつばするのはわれにつばすることなのに、われはかれに勇んでつばすることをやめない。」


   (山本夏彦著「やぶから棒」-夏彦の写真コラム-新潮文庫 所収)


                         


  「我々は我々以上の国会も議員も持てない」という先人の言葉は、覚せい剤議員の支援者や一度ならず二度までも彼に票を

  投じた選挙民にとっては、とくに耳に痛いことでしょう。そして我々にとっても。




                     
                    
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