今日の「 お気に入り 」は 、村上春樹さん ( 1949 - )
の随筆「 村上朝日堂 はいほー! 」( 新潮文庫 )
の中から抜き書き 。備忘のため 。
引用はじめ 。
「 ねじを巻くというのは 、面倒だけれどそれなり
に手ごたえのある行為である 。くりっくりっくり
っとねじをまわしていくと 、最初は開きっぱなし
になっていたものがだんだん固まり 、きちっとし
た形をとりはじめ 、そしてやがてキュッと最終的
に収束する 。それはささやかな取引きの儀式であ
った 。私はねじを巻く・君は動け 、というわけ
だ 。そして我々がねじを巻きさえすれば 、時計
は少なくとも丸一日はきちんと動いた。」
引用おわり 。
この文章が入っている小文のタイトルは「 ささや
かな時計の死 」。
ほんの50年も前の日本の家庭には 、ねじ巻き式の掛
け時計や柱時計や置時計が必ずあったりしたものである 。
いつの頃からか 、電池式にすっかりとって代わられた 。
( ´_ゝ`)
ご高齢の方が多く暮らす施設 、つまり宿泊型有料老人
ホームでのことだが 、入居者の90歳代のお爺さんが 、
左手首に腕時計を着けておられるのに気が付いた 。
それがきっかけで 、他のご高齢の入居者諸氏諸嬢の手
許をちらちら見てみると 、今年百歳を迎えられた男性
も 、現役時代の名残りか 、金属製バンドの付いた腕時
計を巻いていらっしゃる 。
お二人とも 、時間感覚を保つ為と 、腕時計着用の日常
習慣を維持する為に着けておられるんだろうか 。
着けてらっしゃる腕時計は 、ねじを巻く手間のない 、
自動巻きか 、電池時計 、クオーツ時計 なんだろうか 。
( ´_ゝ`)
七十代後半の筆者の場合 、十年来 、腕時計を身に着け
るのを止めてしまって 、手許すっきり 、せいせいして
いるし 、時刻を知るには スマホ で足りているから 、
今更 腕時計を着用する気にはならないが 、電波の届か
ないところや 、災害時や停電の際には 、現在時刻を知
るために 、携帯ラジオや腕時計が必要になるかな 、意
外なところに落とし穴があるかもな 、と思った次第 。
😊 (⌒∇⌒) (^▽^)/ ( ´_ゝ`) 😊
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