ベランダで洗濯物を干していたら、下の道を歩いていたおばあさんが、
「古新聞を少し分けてもらえませんか?」と声をかけてきた。
私は、新聞紙を持って外に出た。
おばあさんは、杖をついていらしたので、
新聞紙を持って歩くのは大変だろうと思い、
車でお家の近くまで送って行った。
何でも、たんすを動かして、その下に敷く新聞紙が必要になり、
知り合いの家にもらいに行ったが留守で、困って歩いていたら、
たまたま私と目が合った・・・ということらしい。
午後に玄関のチャイムが鳴ったので、出てみると
そのおばあさんが立っていた。
「今朝は本当にありがとう。
これは私が作った野菜だけど食べてね。
ねぎと大根と・・・もうひとつは名前、忘れちゃったけど・・・」
と言って野菜を手渡して下さった。
「生産者の顔が見える野菜」という表現が、よく使われるが、
これは、野菜に生産者の顔写真が貼ってあればいいというものではない。
生産者の思いや心が見えるということだ。
生産者の心が見えれば、その野菜は単なる「商品」ではなくなる。
「命あるもの」として感謝を持っていただくことができる。
おばあさんの心が見えるこの野菜たちを、
私は最後まで丁寧にいただこうと思う。
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