村上春樹 1987年9月 講談社(今回は文庫版2004-使用)
今週はノーベル賞の発表が行われましたが、それに先立ち日経新聞(web)ではノーベル賞の特集ページを作り、日本人作家3名を列挙して受賞なるか?みたいな記事を掲げていました。その中には毎年おなじみの村上春樹氏も含まれています。
そういうつまらないことはしない方がいいと思うんですが。。とったから自分(日本人)が偉くなるわけでもなんだし。
それで「ノルウェイの森」です。
ひじょうに有名な作品ですが、僕が本作について何か書いたのは2012年に観た映画のDVDに関するものだけのようです(自分で今まで何かいたか、だんだん忘れてきましたね)。手元のハードカバーを見ると87年12月増刷となっていて、たしか88年の初めごろに初めて読んだ記憶があります。
その後多分数回は再読しているはずですが、少なくともここ10年は読んでいませんでした。
曰くもけっこうある小説です。村上氏の知らない所で大変な話題となってしまい、村上氏が長い海外滞在から戻ったときに困惑したとか。
以下は「村上さんのところ」からの引用ですが、村上氏は自分の作品のどれがお気に入りという気持を持つことはないが、時代背景その他で気の毒なことをしたな、と思う作品はある(本作かと思われます)と述べています。
その他、同書における読者とのやり取りを見ると、(「ノルウェイの森」がポルノ小説のように思われていたという話に)そんなことはない、普通だとおもう、と語ったり、(子供に見せるのはためらわれるという読者に)年少の、11-12歳ぐらいの読者もいる、と答えたりしています。
以下はウィキからですが、本作が村上氏の自伝的な作品と思われている事についてこれを否定し、村上氏の奥様が(自分は作中に出てくる「緑」なのか、と言われて憤慨している)と語っています。
余談ですが、ハードカバーには文庫本には収録されなかった「あとがき」があります。「街とその不確かな壁」みたいに、いつもはあとがきを書かないが、これには必要だと思う、みたいな書き出しです。以下要約すると;
1. これは「蛍」(短編小説)をベースにそれをやや拡大した恋愛小説として構想された。初めはもっと軽く仕上げるつもりが、900ページを超える作品になってしまった。
2. これは極めて個人的な小説である。
「世界の終わり・・」が自伝的であるのと同じ意味合いで、F.スコット・フィッツジェラルドの「夜はやさし」や「グレート・ギャツビィ」が僕にとっての個人的な小説であるのと同じ意味合いで、個人的な小説である。
3. この作品はギリシャ、ローマで書かれた。それがどう作用しているのかはわからないが、ビートルズのテープを繰り返し聴きながら執筆したという意味で彼らのhelpを得ている。
4. この小説は僕の死んでしまった何人かの友人と、生き続けている何人かの友人に捧げられる。
前置きが非常に長いようですが、それは今更本作をストレートに紹介してもなんとなく仕方がない気がするからです。。。
時代背景から見た場合、本作は日本における二つのおおきな時代の節目を経ています。一つは60年代末の、学生運動やらなにやらで若者の活動が華やかだった時代。本作の舞台設定です。
もう一つは昭和の終わりごろ、日本の社会そのものが一つの頂点に差し掛かっていた時代。本作が執筆、発表された頃の事です。
昭和末期~平成の時代に本書が刊行されたことが本書にとって不幸であったかどうかは何とも言えません。あとがきで作者が「この作品が僕のという人間の質を凌駕して存続することを望む」と書いていますが、時代が一巡した今、その希望はかなえられつつあるような気がします。
もう一つの節目である60年代末期についてですが、僕は直接この時期の若者たちの様子をしらないので、残された映像や文書、音楽などで想像するしかありません。
ただ、そうした時代背景をあまり気にしすぎるのも考えものかもしれません。
テレビのドキュメンタリー番組で、当時デモに参加して逮捕された経験を持つ年配の女性が、少女時代の爽やかな思い出、という口調で逮捕時の様子を回想しているのを観たことがあります。
この女性のもつ世界観を共有することは、不可能ではないが簡単ではありません。当時の社会情勢、それも過去からの経緯を踏まえた時代の流れ、経済状況や生活習慣の変化、制度や公権力の在り方など、総合的に考察する必要があります。
おそらくバブル初期に出版された本書に対する反応が、村上氏の目から見てなにがしかの違和感を感じせしめたのは、それだけ時代が変化して日本人の意識が変わってきたから、という面があるように思います。
と、言いながら、ある特定の時代に何というか若々しさを感じる、という感覚もたしかにありますね。。ビートルズの歌もそうですが、S&Gの歌とか映画「卒業」なんて、違う時代に生きた自分たちにも青春を感じてしまいますから。今でもね。
そういう、周辺の話を書いているうちに、作品について触れるのがしんどくなってきた。。純粋に小説として見ると、適度に緊張感もあり時に緩徐されたシーンがありと、バランスが良くて飽きさせないし、他の村上作品のように見方によっては破綻しているような部分もない。
時系列的にも地理的にもひじょうに詳細に書かれているのが特色だ。「国境の」や「田崎つくる」もわりとリアリスティックな描写だけど、やはり村上氏にとってこの時代は描きやすいのかな、という気がする。