乱鳥の書きなぐり

遅寝短眠、起床遊喰、趣味没頭、興味津々、一進二退、千鳥前進、見聞散歩、読書妄想、美術芝居、満員御礼、感謝合掌、誤字御免、

今昔狐夜噺 4 (いまハむかし きつねのよばなし) 二丁裏 三丁表 上、中、下  十返舎一九 画・作

2020-07-29 | 十返舎一九

 

今昔狐夜噺 4 (いまハむかし きつねのよばなし) 二丁裏 三丁表 上、中、下  十返舎一九 画・作

 

早稲田大学図書館 (Waseda University Library)所蔵

https://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/he13/he13_01216/he13_01216.html

今昔狐夜噺 上,中,下 (合本)

十返舎一九 画・作 1765-1831

1冊(合3冊) ; 18cm

[江戸] : [榎本屋吉兵衛], [寛政9(1797)]

黄表紙

 

今昔狐夜噺二丁裏

らくさい

もろ/\と

いほりの

たちへいり

けれ□□るの

とん八ハいつ

しんに本を

よみいたりし

ゆへ、らくさいの

かへりたるをもしらず

こん八とよばれて、はつと

おどろき、へいふくして申けるハ

わたくしハちるごろのあたりへ

ひきこしたる

きつねにて候が

そこもとのはくがく

たさいなるを

うらやましく

わたくしも

ちくせうにハ

うまれたれ

ども、せん

ねんのよわひ

をたもち、ふるぎ

つねのことしまでも

ついにしりをく人に

見られず、かへつて

人をばかさんと

にんげんのかたちと

なるつゞり

 

今昔狐夜噺三丁表

わきじざいのみのうえでも

ちくせうの

あさましさ

いちもんもんめ

のこのみなれバ

てんとうを

しらずして

ふぢゆんの

みちにまよい

せうがいくらき

よりくらき

をたどるこゝち

して、ついにあ

かるきみちへ

いですして

くちはつる

こと、くち

おしく、なに

とぞ、ほん

せんのみち

をまなび

たく、さて

こそにん

げんのすがたと

なりて、御ほうこう

いた□□(欠け)さゆふに

□(欠け)ちをまなび

今こそめいとくを

あきらめにするの

こゝちをあきらめ▲

 

今昔狐夜噺二丁裏 下

   ▲候ゆへ、あらうれしやとぞん

   じおもわず、われをわすれて

   ほん  せうをあらわし

       もはや

       にんげんの

       まじ

       わりも

       いなわず

       おなごり

       おしけれ

       ども、御

       いとま申

       たるへし

       と、楽斎

       へ

       ねがひ

       ける

 

今昔狐夜噺二丁裏 下

茶を点てる楽斎と対座し、

楽斎に指を指す、こん八

   「これハわた

    くしがしいじ  

    のせうねだま

    でござり

    ます

    ぞ

性根玉を挟んで

    もちてが

    もちてゆへ、今

    までハひかりも

    でませなんだが、みちを

    あきらめましたら

    たちまち

    このとうりで

 

 「ハヽア、おれハ

  また、とりの

  まちのみや

  げるとおもつ

  たら、しんがく

     心学

  性根玉ハ

   そのたま

   のことじや

       の

 

 

     さて/\

     よくひかる

     たまだ

     イヨ、たまや

     と、いひたい

     よふだ

 

今昔狐夜噺二丁裏

楽斎

諸々

庵の

館へ入り

ければ、居るの

こん八は、一心

に本を

読み至りし

故、楽斎の

帰りたるをも知らず

こん八と呼ばれて、「はっ」と

驚き、平伏して申けるは

私達はちるごろの辺りへ

引っ越したる

狐にて候が

其処もと(そこもと)の博学

多才なるを

羨ましく

私も

畜生には

生まれたれ

ども、千年

の齢

を保ち、古狐

の事、し(知る)までも

ついに知り置く人に

見られず、却って

人を化かさんと

人間の形と

なる綴り

 

今昔狐夜噺三丁表

わき、自在の身の上でも

畜生の

浅ましさ

一文、匁

のこの身なれば

天道を

知らずして

不純の

道に迷い

生涯暗き

より暗き

を辿る心地

して、ついに明るき

道へ

出でずして

朽ち果つる

事、口

惜しく、何卒

、本線

の道

を学び

たく、扨こそ、

人間の姿と

成りて、御奉公

致したさ故に

道を学び

今こそ 明徳を

諦めにするの

心地を諦め▲

 

今昔狐夜噺二丁裏 下

▲候故、あら嬉しやと存知、

   思わず、我を忘れて

   本性を現し

       もはや

       人間の

       交わり

       否わず

       御名残

       惜しけれ

       ども、御

       暇 申し

       たるべし

       と、楽斎

       へ

       願い

       ける

 

今昔狐夜噺二丁裏 下

茶を点てる楽斎と対座し、

楽斎に指を指す、こん八

   「これは私

    が しいじ  

    の

    でござり

    ます

    ぞ

性根玉を挟んで

    持ち手が

    持ち手故、今

    までは光も

    出ませなんだが、道を

    諦めましたら

    たちまち

    この通りで

 

今昔狐夜噺三丁表

 「はぁぁ、俺は

  又、鳥の

  まちの見上げる(みやげる)

  と思っ

  たら、心学(しんがく)

  性根玉は

   その玉

   の事じゃ

       の

 

今昔狐夜噺三丁表

     扨々

     よく光る

     玉だ

     「いよ!玉屋!」

     と、言いたい

     ようだ

 

 

けれ□□るの

 □は、欠け 

   庵の

   館へ入り

   けれバ、いる  (か?)

 楽斎が囲炉裏の庵に入ると、こん八が居たと云う意味。

 

平伏(へいふく)

《名・ス自》ひれふすこと。両手をつき、頭を地や畳につけて礼をすること。

 

ちるごろのあたり(ちるごろの辺り)

 ちるごろ(固有名詞) 土地名

 

いた□□(欠け)さゆふに

 いたしたさゆうに(致したさ、ゆうに)

□(欠け)ちをまなび

 みちをまなび(道を学び)

 

くちはつる

こと、くち

おしく

 掛詞 口、朽ち

 今昔狐夜噺でも上のような掛詞が多く使われている。

 

 性根玉を花火に見立てる。

      ↓

     さて/\

     よくひかる

     たまだ

     イヨ、たまや

     と、いひたい

     よふだ

 

心学(しんがく)

 中国

 宗明理学の学派のひとつ。陸王心学、陸王学派、心学派とも。

 日本

 陽明学の異称。上記参照。

 

 石門心学

 石門心学(せきもんしんがく)は、日本の江戸時代中期の思想家・石田梅岩(1685年 - 1744年)を開祖とする倫理学の一派。

 平民のための平易で実践的な道徳教のことである。

 

 

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今昔狐夜噺 3 (いまハむかし きつねのよばなし) 一丁裏 二丁表  十返舎一九 画・作

2020-07-29 | 十返舎一九

 

今昔狐夜噺 3 (いまハむかし きつねのよばなし) 一丁裏 二丁表  十返舎一九 画・作

 

早稲田大学図書館 (Waseda University Library)所蔵

https://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/he13/he13_01216/he13_01216.html

今昔狐夜噺 上,中,下 (合本)

十返舎一九 画・作 1765-1831

1冊(合3冊) ; 18cm

[江戸] : [榎本屋吉兵衛], [寛政9(1797)]

黄表紙

 

今昔狐夜噺一丁裏

こゝにみめ

ぐりのほ

とりに

くさの

いほ

むすび

よをのがれ

くらす

らくさいと

いふものあり

おゑどの

まんなかに

有、とやしき

ひきまハした

大あきんど

なりしが、あと

しきハむすこに

ゆづりて、そのみハ

わかいんきよの

みのうえ

なれバ、このところへ

ひきこもり、わかんの

ふみをのみ、ともと

して、たのしみ

くらしけるが、らく

さいあるとき、ほか

よりかへりが、どの

とのすきまかり

 

今昔狐夜噺二丁表

ふとのぞき

見けるに

めしたき

おとこの

こん八と

いふもの、よねん

なく、いろ/\の

しよもつをとり

いたし、ながめいたり

けるが、このこん八の

すがた、いつと

なく、きつね

のすがたと

なり、なをも

よねんなく

しよもつに

見入れたる

ありさま

らくさいも

おどろき

ながら

よふすを

なをも

うろぐ

 

今昔狐夜噺一丁裏 中央

鼠頭の異形が、草子を読んでいる

    「明徳(めいとく)を

     あきらか

     にすると

     いふ事がやふ/\と

      わかつてきた

      うれしや

         /\

 

 

今昔狐夜噺二丁表 下

門口で黒い羽織の男(楽斎)が中をのぞいている

     さてハこん八ハ

     きつねでおつ

     たか、どうりで

     よく

     あぶ

     らげ

     のさい

     はかり

     くり

     せた

     

   

 

   

 

今昔狐夜噺一丁裏

此処に見目

ぐりの辺り

草の

いを

結び

世を逃れ

暮らす

楽斎(固有名詞)と

云う者あり

お江戸の

真ん中に

有り、と(とある)屋敷、

引き回した

大商人

成りしが、後

敷きは息子に

譲りて、その身は

若隠居の

身の上

なれば、この所へ

引き篭もり、和漢の

文をのみ、友と

して、楽しみ

暮らしけるが、楽斎、

或る時、他

より帰りが、どの

との、隙間かり(ママ から)

 

今昔狐夜噺二丁表

ふと覗き

見けるに

飯炊き

男の

こん八と

云う者、余念

無く、色々の

書物を取り

致し、眺め居たり

けるが、このこん八の

姿、いつと

なく、狐

の姿と

なり、尚も

余念無く

書物に

見入れたる

有様、

楽斎も

驚き

ながら

様子を

尚も

うろぐ

 

今昔狐夜噺一丁裏 中央

鼠頭の異形が、草子を読んでいる

    「明徳(めいとく)を

     明らか

     にすると

     云う事が、ようようと

      分かって来た

      嬉しや

         嬉しや

 

 

今昔狐夜噺二丁表 下

門口で黒い羽織の男が中をのぞいている

     扨はこん八は

     狐でおったか、

     道理で

     よく

     油揚げ

     の菜

     ばかり

     喰り

     せた

一代目十返舎一九の『今昔狐夜噺』での言葉の特徴

下は一例

   すきまかり(隙間から)

   くりせた(喰りせた→食っていた)

 

明徳

  正しく公明な徳。
 2 《「大学集注」から》天から与えられたすぐれた徳性。

徳性

 徳義をそなえた品性。道徳心。道徳意識。

 

 

 

 

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