塩野七生『ローマ人の物語38~40 キリスト教の勝利』(新潮文庫、2010年9月)
今回はコンスタンティヌス大帝の子コンスタンティウス帝、「背教者」として知られるユリアヌス帝、その後を承けたヴァレンティニアヌス朝の諸帝、そして東西のローマ帝国領を一人で治めた最後の皇帝となったテオドシウス帝等の治世を扱っています。
キリスト教の浸透とともに多神教的な寛容さが失われていき、政治・軍事面でも衰亡していくさまが描かれています。この著者のキリスト教に対する見方には正直ウンザリさせられることが多いのですが、多神教とは複数の神様を信仰するというよりは、複数の信仰を許容する、すなわち自分は信じていなくても他人の信仰を尊重するという態度であるといった方が適切ではないかとか、また多神教に殉教はそぐわないといった指摘はなかなか的を射ているような気がします。
またローマは「滅亡」したのでも「崩壊」したのでもなく、「熔解」したという表現がいいですね。ローマ帝国の「滅亡」は一般にテオドシウス帝が亡くなり、彼の2人の息子が帝国を東西に分割した395年とされていますが、これを機にローマ人や帝国の政治制度などが一気に消滅したというわけではないですし。
で、本書もこの395年で完結せず、もう1巻だけ続きます。著者がどこを「ローマ人の物語」の終わりとするかが気になるところです。普通に考えれば西ローマ帝国が滅亡したあたりということになるのでしょうけど。
今回はコンスタンティヌス大帝の子コンスタンティウス帝、「背教者」として知られるユリアヌス帝、その後を承けたヴァレンティニアヌス朝の諸帝、そして東西のローマ帝国領を一人で治めた最後の皇帝となったテオドシウス帝等の治世を扱っています。
キリスト教の浸透とともに多神教的な寛容さが失われていき、政治・軍事面でも衰亡していくさまが描かれています。この著者のキリスト教に対する見方には正直ウンザリさせられることが多いのですが、多神教とは複数の神様を信仰するというよりは、複数の信仰を許容する、すなわち自分は信じていなくても他人の信仰を尊重するという態度であるといった方が適切ではないかとか、また多神教に殉教はそぐわないといった指摘はなかなか的を射ているような気がします。
またローマは「滅亡」したのでも「崩壊」したのでもなく、「熔解」したという表現がいいですね。ローマ帝国の「滅亡」は一般にテオドシウス帝が亡くなり、彼の2人の息子が帝国を東西に分割した395年とされていますが、これを機にローマ人や帝国の政治制度などが一気に消滅したというわけではないですし。
で、本書もこの395年で完結せず、もう1巻だけ続きます。著者がどこを「ローマ人の物語」の終わりとするかが気になるところです。普通に考えれば西ローマ帝国が滅亡したあたりということになるのでしょうけど。