さて、今回の記事は長文です(^_^;)。
林業におけるシカ被害が大きく取り上げられるようになったのは、1990年代がスタートだったと思います。
1960~70年代は、ネズミやノウサギの被害が多く、シカの被害はほとんど無かったと言われており、1980年代から、少しずつシカの被害が報告されるようになりました。
僕自身、林業業界に関わったのは2000年からなんですが、当時のベテランの方は、「昔は、シカなんて、ほとんど見ないし、珍しかった。」と言ってました。
そして、現在。
シカ被害は、非常に深刻な状況です。
植栽した木が食べられ、
なんとか、食害から免れた木も、皮を剥がされ・・・
そして、収穫目前で、剥がされてしまったり・・・
林業で生産される木材は、長期間、シカの被害を受ける環境に置かれているので、シカ被害対策は本当に深刻です。
さて、植栽地におけるシカ被害対策は、大きく分けて2種類。
1つ目は「防護柵(防護ネット)」。
2つ目は「単筒(防護筒)」。
今回は、まず、防護柵について、お話しします。
ただし、防護柵の規格など細かな説明は省略します。
これまでの現場経験やシカ被害に関する試験研究の経験を元に、お話しさせていただきます。
防護柵最大の問題点は「壊れる」ことだと思います。
壊れる主な原因として、
倒木による全壊または半壊
雨水が原因で土砂が流出し、柵が全壊する。
同じく土砂の流出で、柵下に隙間ができる
落石や崩土によって、ネット部が切れたり、柵が転倒するなども。
動物によって、防護柵が破壊されることもあります。
ネット下部に打ち込まれたアンカー杭が抜かれる。
ネットがかみ切られて、大きな穴が空く。
このように壊れた・壊された部分から、シカやウサギが防護柵の中に侵入し、植栽木を食害します。
ネットの穴から出入りする動物たち。
アンカー杭が抜けた防護柵の隙間から出入りする動物たち
防護柵が壊れると、シカの侵入を許してしまいます。
壊れる原因も倒木、土砂流出、動物など様々なので、防護柵設置後の巡視やメンテナンスは非常に重要な作業になります。
さて、ここからは、僕個人の仮説です。
これまでの経験から、「シカは防護柵を破壊できるような能力を、それほど持っていない。」ということです。
研究員時代に、カメラを仕掛けたところ、シカが防護柵に突っ込んで、押し返されるという動画をいくつか確認しました。
一方で、防護柵を破壊する様な行動は見られなかったし、シカの体型からアンカー杭を抜くことも難しいと、早計ですが、そう考えました。
アンカー杭は、イノシシが鼻先で掘り起こす動画がいくつか確認できたので、アンカー杭を抜く主な犯人はイノシシだと思います。
シカは防護柵に突っ込んで押し返されることが多いけど、カモシカは防護柵に足を乗せて、乗り越えようとするような行動が見られました。
そして、防護柵の側に残された高さ1.8~2.0mの切り株に乗って、防護柵の上から抜け出すカモシカも確認。
明確な根拠はありませんが、シカは草原、カモシカは山岳と概ね住み分けているので、シカはカモシカの様に後脚に体重をかけて、立ち上がるといった行動が出来ないのではないかなと思います。
また、網目50mmのネットが噛み切られていますが、これもシカではないと考えています。
そもそも、網目50mmでは、シカの口は入りません。
シカが噛み切れる網目サイズは70mm以上だと言われています。
しかし、網目100mmでも、シカは頻繁に噛み切らないのではないかと思っています。
シカの歯は、何かを噛み切る様な構造にはなっておらず、樹木の葉を食べるときも、奥歯ですり潰す感じで食べています。
奥歯を使って、ネットをゴリゴリと噛み続ければ、噛み切れると思いますが、シカは移動しながら食べて、糞を排泄しているので、ネットが噛み切れるまで、その場で噛み続けるような行動を取る可能性はそれほど高くないのではないかと・・。
調査期間中、ネットを噛み切る様な行動どころか、その素振りすら見られなかったので、シカがネットを噛み切る様な行動を取る可能性はそれほど高くないと、これも早計ですが、そのように考えています。
一方、ウサギ、イタチ、テンも防護柵内へ侵入しようとしたり、防護柵内から外へ出ようとしている行動が撮影されました。
出入りしようと必死になって、執拗に防護柵のネットに向かう行動を見ていると、噛み切っている動物は、ウサギやイタチ、イノシシではないかなと・・・。
明確な根拠はなく、そのような行動は確認できていませんが、シカよりも噛み切る能力はあるように思います。
網目50mmのネットが切られているという事実を考えると、ノウサギやイタチが噛み切っている可能性を否めません。
実際、ウサギはスパッと、植栽した木を食害しているので・・・。
穴ぼこだらけで、都合の良い仮説ですが、色々考えると、やはり、シカは防護柵を破壊できる様な能力をそれほど持っていないのではないかと思うわけです。
そこで、防護柵が壊れた場所やネットに空いた穴から、シカの出入りが確認できた場所を対象に、その破損箇所を直したら、シカはどのような行動を取るのか、見てみました。
結果、ネットに頭を押し込んで跳ね返されたり、その場をウロウロするだけで、防護柵を壊そうとするような行動は確認できませんでした。
ちなみに、防護柵にちょっとの隙間があれば、シカは侵入しようとします。
たまに、角が引っかかってしまい、侵入に失敗し、もがいて暴れた結果、防護柵が破壊されることはありますが、はじめから破壊するつもりで防護柵を攻撃することはないと思います。
そして、イノシシがアンカー杭を抜いたり、防護柵の下部ロープを加えて、グイグイと引っ張る行動が確認できたので、防護柵の破壊には、イノシシが大きく関与しているのかなと思っています。
防護柵が壊れなければ、植栽木は無事に成長していますし、そのような報告も出ています。
防護柵は、倒木、土砂の流出、落石などが原因で壊れる可能性が有ります。
これを回避するためには、水が集まりやすい谷を避けて防護柵を設置するなど設置場所の工夫による対応が重要だと思います。
あとは、台風や大雨の後は、現地を確認し、必要に応じてメンテナンスを行う。
あれこれ考えると、防護柵の設置方法や設置場所を考えることが重要で、防護柵の規格はそれほど重要な要因ではないように思います。
と言うわけで、個人的に、ネットは網目100mmがオススメで、ステンレス鋼線入りは無くても良いと思っています。
シカが噛み切る可能性は高くないと思うし、もし、イノシシが噛み切るならステンレス鋼線では防げません。
100mmだと、ウサギ、テン、イタチが抜けられるので、これらの動物が噛み切る可能性は低くなると思います。
50mmだと、ウサギの侵入を防げるかもしれませんが、初めから防護柵内にいたウサギは、出られなくなります。
網目50mmは、「獣類の口が入りにくく、切られにくい」、「ノウサギのような中型獣類が侵入しにくい」といったメリットがある反面、「重いため運搬が大変」、「土砂などが溜まりやすい」といったデメリットがあります。
網目100mmは、「獣類に切られやすい」、「ノウサギが侵入する」というデメリットがあるものの、50mmより「軽いので運搬しやすい」、「土砂などが溜まりにくい」というメリットがあります。
あと、腕が入るので、「防護柵の中と外の物の受け渡しが出来る」、「防護柵内の状況写真を撮りやすい」などのメリットもあります。
結論は、ステンレス鋼線がない網目100mmの防護柵のネットは、軽くて運搬しやすいし、安い。
ステンレス鋼線がある/ない、網目が100mm/50mmといった規格の差は、食害防止効果に大きな差は無いと思っています。
それよりも、設置場所や設置方法の検討の方が重要では無いかと思います。
明確な根拠が乏しい上、経験則を元にした穴ぼこだらけの仮説ですが、「シカは防護柵を破壊する様な能力を、それほど持っていない」。
ならば、網目100mm防護柵を選べば、軽いので運搬しやすくなり、効率も上がるし、安い。
そして、防護柵の設置は、地形や地質などを考えて、設置場所を決める。
設置後は、定期的な見回りやメンテナンスを行う。
この方法が、防護柵を活用したシカ害対策の最も有効な手段かなと思います。
なお、シカの行動パターンは地域によって異なります。
エサの好みも、地域によって異なります。
なので、ここに書いた内容が、皆様の地域に当てはまるとは限りません。
植栽地に設置された防護柵に近づく動物は、シカだけではありません。
イノシシ、ウサギ、ネズミ、テン、イタチ、ニホンザルなどの動物も近づきます。
こうした動物たちが少しずつ防護柵を壊し、そこから出来た隙間を利用して、シカが侵入を試みているのかもしれません。
そして、防護柵が壊れる原因は動物だけでじゃなく、倒木や土砂の流出なども壊れる原因です。
このように色々考えてみると、防護柵の規格よりも効率性と価格、設置場所や設置方法が重要だと思います。
なお、設置場所や設置方法については、三重県林業試験場が詳しく紹介してくれているので、是非、そちらをご覧下さい。