林業関係では、低コスト化や生産性の向上、木材需要の拡大という動きが中心になっていますが、やはり労働安全の向上も喫緊の課題・・・当然、今に始まった事ではなく、昔から挙げられている課題ですが。
そんな中、ここ数年の間に、WLC(世界伐木チャンピオンシップ)やJLC(日本伐木チャンピオンシップ)、チェーンソー防護服の改善など林業の労働安全に新たな動きが展開されています。
どんな仕事でも「体が資本」ですが、特に危険な作業・危険な環境に身を置く割合が高い林業では、体調管理が本当に重要です。
ちょっと、ボ~っとしている間に重大災害に・・・、油断ならない状況がある中、体調管理はとても重要な職種が林業だと思っています。
僕自身、現場でバリバリ働く側ではなく、むしろ、発注側・現場監督という立場が多いです。
休日の際、伐採・搬出などの作業を軽く行う程度ですが、昔、たった4年というわずかな間ですが、現場に携わる機会がありました。
その時に、今では師匠と呼べる方たちから教わった安全対策を今も教訓にしています。(この頃に、一応、植栽・下刈り・つる切り・枝打ち・間伐までの作業を経験させていただきました。)
今回は、師匠達から教えていただいた「安全対策」をご紹介したいと思います。
その安全対策とは、大きく分けて2つ。
1.危険を予測できる想像力を身に付けること。
2.重大災害の報告を読み込むこと。
でわ、1つずつ説明を。
1.「危険を予測できる想像力を身に付ける」
言われたのが、「これから行う一連の作業の中で、どこにどんな危険が潜んでいるか、想像できるか?」。
例えば、つるが絡まっている立木を伐採しようとしたとき・・・
※写真はイメージで、実際のつるはこんなに太くなかったです。
「これからの作業で、どんな危険を想像できる?」と聞かれました。
で、「掛かり木になる」と回答。
「掛かり木の処理は危険だが、掛かり木になること自体が危険じゃない。それは次の作業の話。伐採時の危険は?」
とりあえず、周りを見ながら、危険予測が立つものを適当に回答しましたが、師匠の言わんとすることの的は得られず・・・。
師匠の回答は
「伐採後、つるでぶら下がった状態になる可能性があり、その瞬間が危険。」
「パターンとして、
1.伐採直後、ブランコのような振り子運動になる。梢端部のつるがちぎれて、梢端部が自分の方に落ちてくる。
2.梢端部がちぎれず、元の部分が自分の方に戻ってきて、衝突する。
3.元の部分が自分の方に戻ってきたとき、つるがちぎれて、自分の方に元が飛んできて、衝突する。
4.梢端部がちぎれず、元の部分が自分の方に戻ってくる。それを避けた瞬間、梢端部のつるがちぎれて、自分の方に落ちてくる。
5.戻ってきた伐採木を間一髪で避けても、再び、伐採木が戻って来て、元と自分が衝突する。
ウソみたいに聞こえるが、いずれも実際にあった話。
こういうことが起こるかもしれないと想像しておけば、退避場所や退避方法など伐採前の行動や伐採後の行動がイメージしやすい。
想像できるかできないかで、初動動作に差ができる。
掛かり木になるわって、ボ~っと見てたら、怪我するゾ。」
とご指導いただきました。
他にも、師匠が、高度な伐倒技術を要する立木を思案し、いよいよ伐採に係ろうとした瞬間、傍観していた僕に対し、
「こういう難しい木を伐採しようとしている人がいたら、ボ~っと見てたらアカン。自分ならどういう方法で伐採するか、どういうことに気を付けなアカンか考えて、自分の答え(伐採方法)を持て。そして、その人が伐採しようと動き出したら、まずは自分が出した答え(伐採方法)を伐採する人に伝えて、答え合わせをしろ。ただし、お前の答えは、ほとんど一致しない。だけど、その考えに何が足りないのか、なぜ一致しないのか、教えてくれる。自分の考えを相手に伝えたり、質問していかないと、見ているだけじゃ、相手は教えてくれない。間違ってていいから、自分で考えて、答え合わせをしろ。話を聞いて、考えを聞いて、相手の経験値を少しでも吸収しろ。それを繰り返すと、答えのズレも小さくなる。」
と、ありがたいご指導もいただきました。
これ以来、邪魔にならない状況であれば、自分が想定する伐採方法と実際に伐採する人の伐採方法を対話して、比較するように。
これをするだけで、伐採するときに何を見ないといけないのか、そのポイントを学ぶことが出来ます。これは本当に大切です。
ただし、中には、科学的・力学的・論理的に説明できない方もいます。
失礼な言い方ですが、経験則だけで語る方もいますので、大半が「これまでの経験から・・・」という感覚的な説明しかされない場合は、それを安易に吸収すると逆に危険につながる可能性もあります。
あと、師匠から、
「現場監督はマニュアルに基づいて、安全作業を指導する。でも、マニュアルをそのまま現場に当てはめると、逆に、それが危険要因となる可能性もある。マニュアルはあくまでマニュアルで、絶対安全ではないことを念頭にしないといけない。例えば、下刈り作業でヘルメットをしていないからヘルメットを着用しろと指導する。ヘルメットを着用したため熱中症になることもある。熱中症を予防するなら麦わら帽子の方が良い。下刈り作業で”転倒による頭部損傷を予防するヘルメット”か”熱中症を予防する麦わら帽子”か、どちらの方が作業の安全性が確保されるか、そういうことも想像できないといけない。だからといって、マニュアルを無視しろというわけではない。監督という立場上、マニュアル通りに指導しないといけないが、それが絶対に正しいと思わず、自分が行うマニュアル指導の裏に危険要因が潜むということを理解すること。それが根本にあるか否かで、現場作業員の受け取り方が違う。」
という指導もいただきました。
実際、マニュアル指導で終わらせず、現場目線でそれぞれの状況を理解しようとする姿勢を見せると、現場作業員の方々も、監督員に迷惑をかけないように・・・という雰囲気で仕事をしてくれました。こちらの立場としては、本当にありがたいことです。
さらに、もう1つ、師匠は、
「現場作業員もマニュアルを無視してはいけない。基本動作としてマニュアルは正しい。しかし、現場の状況に応じて、マニュアル動作が出来ない場合は、なぜ、マニュアル動作ができないのか、マニュアル動作が逆に危険になるのか、科学的、論理的に説明できないといけない。マニュアル通りに行うとこういう危険に繋がるから、そこはマニュアルから逸れるが、この状態から見ると、おそらくこういう状況だから、こういう方法にしないといけない、と、自分の考えを伝えられないといけない。今までこの方法で問題なかったなどと、単に経験則だけで語るのはダメ。なぜダメなのか、その理由を説明できないといけない。」
とも。
「要は、その方法を採用した根拠があるはず。”これまで大丈夫だったから”とか、”今までこれで問題なかったから”というのは、安全作業でも何でもない。単に、運が良かっただけ。」
「この世に全く同じ成長する木はない。だから、この木材は世界に1つしかない。というが、山作業も同じ。全く同じ条件で作業できる場はない。1つ隣の木に移れば、それは別物。重心も枝葉の広がり方も違う。土場で作業していても、運ばれる原木は全て異なる。工場の生産ルートで働いているのと全く違う。細かいけど、そういう認識を持つことが大切。踏み出した一歩のその先が絶対に安全という保障はないゾ。」
それくらい、気を引き締めて行けよ・・・ということを、教えていただきました。
だから、ちょっと、危険な目で”ヒヤッ”とすると、師匠に「ほらな。」と言われました。
あれは、結構、頭にくる。師匠にではなく、自分自身に。
”ヒヤッ”とすると、そうっと師匠に視線を送ると、目が合ってしまい、その目が「ほらな。」と訴えている。
今、思えば、僕がヒヤッとするのを先読みしていたのではないかと思います。何かあれば、すぐに動けるように。
師匠の教えその1が、とても長くなりましたが、ひとまず、以上です。
次に、
2.重大災害報告の読み込むこと
これは単純です。
林業・木材製造業労働災害防止協会などで災害発生に関する報告資料がありますが、それを読むことです。
単に読むのではなく、「災害が起こった状況を自分の頭の中でシミュレーションしながら読む」です。
頭の中で疑似体験を作りだし、その体験を自分の経験として蓄積させます。
師匠は、僕に、
「重大災害の報告はとても重要。林業の労働安全の基準は、過去の犠牲者や被災者の経験をベースにされている。こうした尊い犠牲がマニュアルにも生かされている。だから、マニュアルは安易に無視していいものではない。自分が被災したら、過去の犠牲者や被災者の経験を生かせていない、失礼にあたると思えよ。だから、災害報告は頭の中でシミュレーションしながら、きちんと読め。そのためには、現場経験がないとシミュレーションできやんぞ。木を伐らなくてもいいから、伐るつもりで木を観察しろ。」と言われました。
なので、今でも、時々ですが、林業・木材製造業労働災害防止協会のHPで報告を読んでいます。
http://www.rinsaibou.or.jp/cont03/03_frm.html
林業・木材製造業労働災害防止協会の「林材安全」などもオススメです。
過去の報告も読んでみると、やはり「掛かり木処理」の災害が多いです。
あと、高性能林業機械がらみの事故も増えているのが分かります(統計処理としていないので、感覚的な話ですが。)。
こういう傾向も見えてきますし、報告を読んでいれば、初めての作業でも、報告内容に近い場面であれば、気を引き締めるきっかけにもなります。
冒頭でも書きましたが、WLCやJLC、防護服など「林業の労働安全」では新たな動きが展開されています。
林業の労働災害の発生率は、過去からほぼ横ばいで、しかも、他の産業よりも高い数値を示しています。
労災保険料率も林業は高い部類(60/1000)に入ります。
林業では、低コストや生産性の向上が重要視されていますが、やはり労働安全の対策も重要です。
安全対策は、低コストや生産性の向上に結びつかないと考えがちになるかもしれませんが、それは逆だと思っています。
安全対策は事業計画・作業計画にも結びつくもので、全体から今日1日の計画、事業の進捗を共有することにも繋がります。
しかし、1度でも事故が起これば、事業の進捗に影響を及ぼし、生産性が低下し、コストも嵩みます。
さらに、林業界全体で、安全対策が高まり、林業の労働災害発生率が低下すると、労災保険料率も下がり、結果、人件費を抑えられることにも繋がってきます。
全国的に林業大学校が開校され、人材育成・後継者育成に力が入れられています。
WLCやJLC、新たな防護服という動きも展開されています。
こうした全国的な動きと新たな動きを取り入れて、林業界全体で労働安全対策の向上に向けた動きを展開すべきではないかと思います。
林業をより魅力のある産業にするためには、これまで以上に高い安全対策の実現は不可欠で、特にこれから林業という職業に飛び込もうとする人たちに対して、重要な課題だと思います。
労働安全対策は雇用側の責務に限らず、業界関係全体で取り組むべきとも思っています。
労災保険料率の低下→人件費の軽減→低コストとに繋がる可能性も十分に考えられるので、業界関係全体で取り組むメリットもあると思うのですが・・・。
個人的には、まず、
「危険を予測できる想像力を身に付ける」
「重大災害の報告を読み込む」
この2つから、取り組むことをオススメします。
重大災害の報告は、雨の日に読み込めます。
休憩の合間に、何か1つ、報告事例をイメージしながら、立木を観察するだけでも、想像力が身につきます。
これをするだけで、技術が備わると、申し分ないんですが・・・・。