今回は、「林業で育てる木は風の影響を受けやすい傾向にある」というお話です。
林業は木材生産を目的とした産業です。
木材を生産する上で求める立木の形状は「完満材」。
完満材は、末口(先端側の木の断面)と元口(根元側の木の断面)の直径差がほとんどない木材のことを言い、反対に末口と元口の直径差が大きい材を「うらごけ材」と言います。
簡単に説明すると、赤い点線が柱材となる部分、それ以外は端材になる部分で、左のイラストが理想とする木の形、完満材です。
端材となる部分が少ない完満材は、歩留まりが良いので、木材生産は完満材を目指した施業を行います。
木材生産という観点で言うと、完満材はうらごけ材より優れていますが、うらごけ材は完満材より風の影響を受けにくいというメリットがあります。
釣り竿を例に話をすると、釣り竿の形状は手元から先端に向かうほど細くなっています。
そのため、釣り竿を大きく振りかぶったときに起こる衝撃は、先端がしなやかに曲がることで衝撃の力が分散され、手元への負担がほとんどありません。
仮に、手元と先端の太さがほぼ同じ釣り竿があったとして、それを振り下ろす、というイメージをしていただくと、手首への負担がどうなるか、想像できるかなと思います。(この表現で、お分かり、納得いただけるでしょうか?)
同様に、林業で育てる木の形状が、先端が細く、根元が太い形状(うらごけ材)の場合、風が吹いた時、先端がしなやかに揺れるため、衝撃が吸収され、木の根元に対する曲げの力の影響はほとんどありません。
一方、末口の直径と元口の直径の差がほとんどない木(完満材)の場合、風が吹いた時、衝撃を吸収する力が弱く、”てこ”の原理が働き、根元に曲げの力が及ぶため、幹が折れてしまう可能性が出てきます。
一般的に、「幹や枝の形状が先端から根元にいくほど、太くなる円錐形になると曲げの力が均等化される」と言われています。
上図に示す矢印は、長い矢印ほど曲げの影響を受けているというイメージです。
なので、木(幹・枝)の形状は、完満材よりも、うらごけ材の円錐形の方が、曲げの力を均等化することができるというのが、うらごけ材のメリットです。
さて、木材生産を目的とする林業の主な森林は、スギやヒノキの人工林です。
こうした人工林では、木が密集していることで、下枝※が枯れるため、自ずと樹冠※の位置が高くなります。(生きた下枝がびっしり生えているスギ・ヒノキ人工林って、ほとんどないと思います。)
【補足】
※下枝=したえだ。赤い矢印の部分。木に生えている枝の中で、最も根元に近い枝(一番下にある枝)。
※樹冠=じゅかん。青い線で囲った部分。枝葉が覆っている範囲。
樹冠の位置が高いと言うことは、枝葉の量が少ないという風にも考えられます。(絶対とは言い切れませんが。)
枝葉の量が少ないと言うことは、葉で生産される光合成の生産量も少なくなります。
光合成で生産されたエネルギーは、消費しながら、先端から根元に向かいますが、全体の生産量が少ないと、根元まで十分なエネルギーを送ることが出来ません。
というのも、人工林内の木(以下、林木)は、高い位置にある樹冠全体を支えるため、幹上部でしっかり太らないといけません。
そのため、根元の幹が太るために必要なエネルギーが少なくなり、結果、末口と元口の直径差が少ない完満材になります。
ちなみに、人工林に限った話でも、針葉樹林に限った話でもなく、樹木が密集した環境であれば、天然林でも、広葉樹林でも、同じような現象が起こっています。
樹木の成長に応じて、一定の密度を保ちつつ、樹冠をコントロールすることで完満材という木材を生み出す、というのが林業です。
一方、孤立した木(以下、単木)の場合、下枝が枯れにくいため、樹冠の位置が低く、一番下の枝も光合成を行うため、樹幹下部も盛んに肥大成長し、結果、末口と元口の直径差が大きいうらごけ材になります。
スギやヒノキなどの針葉樹を例にすると、樹冠の位置が低いうらごけ材は、下の写真の様な樹木です。
←メタセコイヤ
単木はうらごけ材で、風が吹くと樹幹上部は激しく揺れますが、樹幹下部はほとんど揺れません。
林木は完満材で、風が吹くと、はじめ樹幹上部が小さく揺れ、やがて樹幹下部で大きく揺れ出し、結果、立木全体が揺れます。
さらに・・・
単木は樹冠の位置が低いため、重心も低くなります。
林木は樹冠の位置が高いため、重心も高くなります。
音楽で使われるメトロノームと同じ理屈で、重心を高くすると大きく揺れ、重心を低くすると小さく揺れます。
単木は曲げの力を均等化させる「うらごけ材」で、樹冠(重心)の位置が低いため、風が吹いても大きく揺れにくい。
林木は曲げの力を均等化させにくい「完満材」で、樹冠(重心)の位置が高いため、風が吹くと大きく揺れやすい。
林木は周囲に他の樹木があるため、お互いに風を遮りあう関係にあるので、簡単には倒れません。
しかし、強風が吹き続けると、大きく揺れ出し、写真のように樹冠が絡むこともあります。
また、数十年に一度の大型台風など、林木同士が互いに風を遮りあっている力以上の風が吹くと、一気に倒木することもあります。
さらに、林木は、間伐により立木密度が下がったり、周囲が皆伐されたりすると、ちょっとした強風で簡単に倒れてしまうこともあります。
単木の様な「うらごけ材」は、大きな節もあるため、林業では嫌われる木材です。
しかし、樹木という観点では、下枝も光合成を盛んに行っている健康的な樹木と言えます。
今回のお話で、理解して頂きたいのは、木材生産を目的とする林業で育てている樹木は、必然的に「風の影響を受けやすい樹木」に育つ傾向にあるということです。
という風に考えると、強度間伐や皆伐を行うことで、林木に与える風の影響が大きく変化するというリスクに気づくことが出来ます。
ただし、強度間伐や皆伐を否定しているわけでも、やってはいけないと指摘しているわけではなく、その行為が、林木に与える風の影響力を変えてしまうことを認識することが大切だと言うことです。
林業は、必然的に風の影響を受けやすい樹木を育てているので、その点と現場の環境を考慮した上で、施業や整備を行うことが必要だということです。
林業は産業であり、収益確保も重要なことなので、強度間伐や皆伐を、完全に否定してしまうと、施業の選択肢を狭めてしまい、経営面でマイナスになることもありえます。
木は山主にとって資産です。
そして、その資産は、風の影響を受けやすい資産なので、林業施業は現場に応じて、適した時期にその現地に適した施業を行う事が理想で、一律に35%間伐すれば、良いというものではありません。
適した間伐率を見極めるって、ホントに難しいんですが、現地によって適した間伐率があるという認識をもつことが大切だと思います。
知っていれば、それを目指すことが出来ますし、技術向上にも繋がります。
脱線しましたが、今回のお話をまとめると・・・
・「うらごけ材」は、木材の歩留まりは悪いけど、曲げの力を均等化させるというメリットがある。
・「完満材」は、木材の歩留まりは良いけど、曲げの力を均等化させにくいというデメリットがある。
・単木の形状は「うらごけ材」で、下枝が枯れず、樹冠(重心)の位置も低くなるため、風が吹いても大きく揺れにくい。
・林木の形状は「完満材」で、下枝が枯れており、樹冠(重心)の位置も高くなるため、風が吹くと大きく揺れやすい。
・林業は「完満材」を生産したいので、必然的に「風の影響を受けやすい樹木」に育つ傾向にある。
・林木は、風の影響を受けやすいという欠点を、密集(密度)で補っているため、間伐や皆伐によって、林木に与える風の影響が変化する。
林業で育てる木は、「風の影響を受けやすい傾向にある」という認識があれば、施業の重要性が見えてくると思います。
このことは、間伐とも関係してくるんです、、、それは、また別の機会にお話ししたいと思います。