街を出る車窓から。
またしてもガラス越しです。
信号待ちでシャッターを切りました。
街中はまだまだこうした震災の爪痕が痛々しい。
この階段、周りの新しくできた建物から浮いていた。
恐らく、以前はこの先に家とかがあったのだろう。
今はコンクリートの石段と壊れた壁の一部だけが残ってた。
島国で、火山活動が活発な日本列島ではこうした光景が他人ごとではない。
頭で判ってはいてもやるせない。
一日も早く、気仙沼の街と住む方々の心の救済が成されることを祈らすにはいられない。
ISO100、24mm、F2.8、1/1000。
こうした災害の爪痕を見ると、被災地の復興を祈るとともに、
薄れかけていた自分の防災意識にハッとさせられます。
つい先日、長野県でも大きな地震があったばかり。
天災は注意して避けられるものではないけれど、
日頃からきちんと意識していれば、
今回の長野の皆さんのように適切な対応が素早くできるのですね。
地域とのつながりをおろそかにしがちな現代社会ですが、
何かあったときに助け合えるように、日頃から
ちゃんと近所づきあいをしておくことも大切なのかもしれません。
本当に人と人の和(輪)の力、毎度ながら驚かされます。
私が防災意識という発想を持ったのは、恐らく阪神淡路大震災の時。
当時の同僚の実家が直撃を受けたり、Nifey-Serve/FCCVでランクル60のオーナーさんが「家も家族(奥様、お子様)も全部失い、一つ残ったL/C60もNOx削減法で失う自分はどう生きて行けば良いのか」と書き残した等、衝撃的な事が重なりました。
現地に物資を積んでランクル(40系)で入るという看護婦さん(ボランディア)に使ってない毛布や箱買いの食糧を渡し送り出したという経験は、後の自分の防災意識に影響したのかもしれません。
私の「自動車は全輪が仕事するの(四輪駆動)が絶対」という選択条件も、雪や災害時の荒れた路面を見聞きした結果の事だし。
場合によっては災害時、自分や家族だけでなく周りの人を助けるのに「役立つかもしれない」車。
ささやかながら、車に求める防災意識と言えるかも。