帰ってきた特派員報告

2004年に沖縄移住しteacupブログ開設→gooブログへ引越し

トッチギ!

2018-06-23 12:35:00 | 本土出張
栃木県で仕事をしている。

家に帰ろうと思えば帰れる距離なので通いも考えたが、質の良い温泉が湧く処なので安宿に長逗留している。



電柱がないと空が広くていいやね。
どことなく川越に似た町並みで。



戦災が及ばなかったおかげで旧い建物が残っているわけだけど、おばあさん曰く、

「なぜか一発だけ焼夷弾が落ちてきたのよ。それで一人死んじゃった」

というわけでこの街の空襲による死者は1名らしい。


栃木県といえばやっぱりイチゴ?

ノンノン。

県民にいわせるとイチゴより愛されているのはコレ。


               関東レモン牛乳

レモンなのに、無果汁。

乳飲料、レモンなのに。

それは日清ヨーク「コーラ」の以来の衝撃だ。

恐る恐る飲んでみる。。。

ゲボーー。
すんません。

こればかりはいけません。

だって柑橘と牛乳だよ? それって昭和の給食のブラックペアですよ。

俺の「いらないモノ引き出し」にそっと入れました。


口直しにラーメンでも食うかな。

行脚をしている俺は、ご当地ラーメンにハマっているのだ。

ラーメンの本も愛読している。



ケンブリッジの教授がラーメンを熱く語る。

「インスタントラーメンを発明した安藤百福は96歳で死ぬまで毎昼チキンラーメンを食べてすごいとお思いだろうが、ワセリンを発明したロバート・チーズブローは、一日スプーン一杯のワセリンを食べて90まで長生きした。どちらが幸せだろうか」

「日本でラーメンを初めて食べたのは徳川光圀というのはデタラメだ!」

などと、香ばしい話が満載です。

こんな本が海外で売れているらしいが、ラーメンが世界的なブームになったのはいったいなぜでしょう。

円安とツーリズムのおかげとか、SNSの賜物など諸説ありますが、ワタクシは「れんげのおかげ」が大きいと思うんですね。
ガキの頃はほとんどの店ではれんげなんかついてなくて、ラーメンっていったらどんぶりを両手で持って、スープをズズズとすすって、最後は天を仰いで(ヒルスコーヒーのアラビア人のように)飲み干しすのが正しいとされる食べ物ですしたね。
ラーメン映画「たんぽぽ」にもそういうシーンがありました。
でもそれって外国人にはできない、っていうか完全にアウトな食べ方じゃないですか。
れんげが普及したおかげで、すすることなく丼に口をつけることもなくラーメンを食べることができたので受け入れられたのではないかと。
まあ、スパゲッティみたいにくるくると箸に巻き付けている野郎もいるけどね。


というわけで、今日の昼飯は「蕎麦ラーメン」を。

蕎麦屋のまかない料理が広まって、この地では好評らしい。

どれどれ。




    ・・・イッタイナンダコレハ・・・


温かいそばつゆに中華麺をぶっこんだだけの代物はラーメンではないし、言えば蕎麦粉を使っていないので蕎麦でもない。

震える箸で泣きながら食べた。ううん、悪いのは俺。蕎麦屋でラーメン食うなって話。

スープと麺が逆で、たとえば豚骨スープに日本蕎麦ならまだ食えたかもしれないのに、目の前には双方の良いところを見事に打ち消し合ってしまった非常に残念な食い物があり、こんなまかないがしょっちゅう出てきたらバイト辞めるわ。

かつて東西新聞社の栗田記者が

「ラーメンって異常な食べものだと思うの。暗い情熱に突き動かされているんじゃないかしら」

と言っていたが、俺の頭の中は異常と暗い情熱でいっぱいだ。


その夜、一杯のナンジャコレで頭のチューニングがすっかり狂ってしまった俺の晩飯は


焼酎とパン。

部下がこんな組み合わせを買ってきたら、そいつには重要な仕事は一切任すことはできない。

その部下が俺の頭の中にいるものだから、さあ大変。

コロ戦に勝っちゃったジャパンも、さあ大変!


すんませんね。こんな美味いもの食ったぜどうだすごいだろう、みたいな投稿してみたいんですが、ご縁がありませんで、へへ。




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