3月4日(火)、嵐模様。
春の嵐。気温は冬へと逆戻り。
北寄りの冷たい風が吹き止まず、身も心も凍えそう。
只今、確定申告の季節でもあります。書類作成中。
内容的には例年並みというところで、作業はまもなく終わり、今週中には提出できそう。
その合間に駒仕事もボツボツと。
「兼成卿水無瀬」の盛り上げと彫り。
こちらは、あと1週間ほどでしょうか。
そんな折、今日、彫り始めたのが「守幸」一組。
出来上がりは、春爛漫の頃でしょう。
そんな今日この頃ではあります。
2月20日(木)、晴。
只今、下弦の月がうっすらと南の方向に見えています。
10日以上ぶりの更新になります。
あまりにも空白期間があったので、お見舞いと言いますか、気づかいのコメントを貰いました。
ありがとうございます。
毎日は至って元気にしています。
この間、取り立てて書くこともなく、その結果ではありますので、ご安心くださいませ。
今日は以上です。
2月8日(土曜日)、只今曇り。
おはようございます。
朝、起きて窓を開けると加茂の里は雪景色。
昨夜は少し雪が降ったようです。
街の屋根や田と畑、道路は白いのですが、取り囲む山の木々は黒いまま。白黒の珍しい景色に驚きました。
北の町では豪雪だというのに、丁度良い加減に降ったのですね。
今週は孫娘が一人来て、4日ほど泊まっていったのですが、昨日、雪積る富山に帰ってゆきました。
夕刻、無事、戻ったとののことで一安心。
そんな今日この頃です。
1月22日(水)、晴。
明日は、久しぶりのお客様。
ということで今日は、久しぶりに仕事場の整理整頓。
作業上、出しっぱなしになっている各種機材。
見かけ上でも小奇麗にと、奮闘。
後は例によって盛り上げ仕事。
これで一日が終りましたが、たまにはこんな日も必要かと。
1月19日(日)、晴。
このところ晴れ続きで、気温も上昇。
仕事ですが、相変わらずの毎日。
貧乏暇なしと言いますが、他にはすることが無い暇つぶしなのかもしれません。
仕事の多くは漆仕事、盛り上げです。
この時期、漆仕事は敬遠するのが良いのですが、生来の貧乏性ゆえ、いつも手を動かすことで気分が落ち着くのですね。
先に結果は「一日二日あと」と書きましたところ、結構、それを心配してくれる方々がいらっしゃるようです。
その結果ですが、実は二日程度で分かるのは、失敗した時のことで、本当に良かったかどうかが分かるのは1週間10日先になります。
その段階でイマイチがあると、その分は、工程の前に戻ってやり直しすることになります。
春以降は1日2日で表面が乾く(固まる)ところを、この時期は最悪。
ひどい時は何日経っても、漆の表面も濡れたまま。それが長引くと「漆が腐る」ことになります。
それを防ぐために、やんわりと更に二日とか三日がかりで湿度を掛けるのですが、その加減が微妙なのですね。
それが上手くいくと、万歳というワケなのです。
それを狙って、貧乏暇なし。
このところはそんな毎日が続きます。
1月15日(月)、曇り。
相変わらず、各地で地震が続いています。
そしてニュースでは、起きる可能性が高い南海地震や、30年前の1.17神戸淡路大地震のことを報じています。
思い起こせば、30年前の1月17日、私は出張で東京大井町の新阪急ホテルの10階ほどにいました。
明け方、「ビリビリ」とする音で目が覚めました。
太陽が昇りかけたときのことです。
太陽の熱で、鉄筋の駆体が伸びたりして「ビリビリ」と音がしたのだ。「安普請のホテルだなあ」と思いながらテレビのスイッチを入れました。
そうすると「先ほど京都近辺で大きな地震が発生しました。琵琶湖沿いの高速道路では通行できない状態になっています」。
「へ~ッ、そうか、先ほどのビリビリは、地震の為か」と知りました。震源地は京都だとのことですがもう一つはっきりしない。
ということで、NHKテレビを見続けました。
やがて30分ほどして、「震源は神戸あたり。壊滅的で被害が大きすぎて、通信が途絶えて情報が途絶えた」ことで、震源地の特定が遅れたようだと分かりました。
ホテルを出るまでテレビを見続け、この日は会議があって、新橋の東京本社に出かけました。
私はこの時52歳。大阪のコンピュータ部門の責任者を務めていて、3月31日に早期希望退職することにしておりましたが、テレビでは、神戸あたりではビルや高速道路が倒れたり、火事もあちこちに。
会議どころではありません。大阪にあるコンピュータがどうなっているかが心配で、大阪に戻ることを考えました。
新幹線はストップ状態ということでしたが、東京駅に着くと少しずつ動いているらしく、とりあえずJRで帰ることにしたのでした。
いつもなら3時間ちょっとで戻れるところを半日以上かかり、奈良の自宅に戻ったのは夜中だったように思います。
幸い自宅は、大きな揺れはあったとのことですが、特段の被害もなくヤレヤレ。ひと眠りして、翌朝に出社。
こちらも大きなトラブルは無い様子。
それから30年。
地震雷火事親父と言いますが、そんなことが記憶に残っています。
しかし、地震はいつ来るかわかりません。
今は、何時来るかわからない地震に少しでも備えることが必要だと思うのですが、その時はその時。
そんな思いがあるのみではあります。
1月13日(月)、晴。
今朝は雪景色。
今日のこの寒さでは、漆仕事は敬遠すべきのところではありますが、とにかくやってみたいという気持ちが勝って、「菱湖」の盛り上げをしました。
今日の仕事は、裏の文字。
この時期、二日がかりで漆が上手く固めたいとの思いであります。
無駄になるかもしれませんが、それでも良いのです。
結果は明日と明後日。
今は成功を念じるのみ。
1月10日(金)、雪のち曇り。
今日も一日中の寒空。
雪がチラついていました。
午後から、お二人来訪者がこられる予定でした。しかし雪のため後日に延期。
その午後。予期せぬ玄関から「ピンポーン」。
どなたかな、と思って玄関に出ると、若い人。
「用件は?」と尋ねたところ、「駒が見たい」とのこと。
「どんな駒をご覧になりたいのですか?」と尋ねると「熊澤さんが作った盛り上げ駒が見たい」とのことです。
「そうですか。でも、出来上がった駒は基本的にここには置いていないのですよ。事前にご連絡をいただくと準備できるのですが。でも、とにかくどうぞ」と招き入れようとしたところ、「車に、叔母さんと従妹が」ということで、来訪者は3人になりました。
聞けば、17歳。とにかく若い。
現在はアメリカから帰ってきて、またアメリカに戻るのだそうです。
「そうですか」と言いながら、たまたま置いてあった駒、2組を見てもらいながら「17歳。若いことは良いことですね」と、暫し会話。
本当に、若いことはいいことです。
こんな若い方の訪問は珍しいこと。
「駒は、手に取って見てください。そうでないと、駒の良さが分からないので」などと言いながら、1時間ばかり駒の話。
「6月ごろに、木津川市在住の叔母さんのところに、また来る」とのことで、夕刻に至りました。
「そうですか。その時は、事前に連絡くださいね」と。
今日は、これにて1日が過ぎました。
1月2日(木)、雪のち晴れ。
朝は雪。
車の屋根にも久しぶりの積雪でした。
仕事は、年の暮れに始めた「菱湖」の続き。
彫りは既に終えていて、その後の漆埋めは最終段階。
その辺りまで進めました。
ところで、今年の雪。
特に、日本海沿岸地方の積雪は例年の2倍3倍とか。
ニュースで皆さんの様子を見ていると、ハンディはものすごい。
辛抱強いのですね。