那珂川大橋から旧緒川に向かって5km、百観音公園があります。標高120m位、駐車場からの比高も60m位の山(男体山と言う名前とか)の南向き斜面に約90体の観音像が点在しているところから、この名が付いたといわれています。
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文化六年(1809年)この地、旧緒川村那賀在住の小森清蔵という盲目の人が掘ったとされている石像の観音は、聖観音、千手観音、如意輪観音、十一面観音が主体で、中腹にある洞窟の両側に観音三十七体、最奥には大日如来座像が安置されています。また、この山中にも五十二体の観音像が散在しており、さらに山中に埋もれてしまっているものもあるようです。
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洞窟の一番奥にある大日如来像です(ストロボ使用)
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観音像のある一帯を過ぎ、最奥の展望台に向かう山道は、落葉の絨毯が敷きつめられ、ひっきりなしに新しい落ち葉が降ってきます。
左側の白い柵内の窪みは、佐竹義宣が金を掘らせた穴の跡という看板が付いています。
徳利提げて巫女帰り行く落葉哉 正岡子規(明治26年)
石仏の目鼻やさしく落葉風 顎鬚仙人
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文化六年(1809年)この地、旧緒川村那賀在住の小森清蔵という盲目の人が掘ったとされている石像の観音は、聖観音、千手観音、如意輪観音、十一面観音が主体で、中腹にある洞窟の両側に観音三十七体、最奥には大日如来座像が安置されています。また、この山中にも五十二体の観音像が散在しており、さらに山中に埋もれてしまっているものもあるようです。
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洞窟の一番奥にある大日如来像です(ストロボ使用)
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観音像のある一帯を過ぎ、最奥の展望台に向かう山道は、落葉の絨毯が敷きつめられ、ひっきりなしに新しい落ち葉が降ってきます。
左側の白い柵内の窪みは、佐竹義宣が金を掘らせた穴の跡という看板が付いています。
徳利提げて巫女帰り行く落葉哉 正岡子規(明治26年)
石仏の目鼻やさしく落葉風 顎鬚仙人